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N区非常勤保育士雇止控訴事件

事件の分類
解雇
事件名
N区非常勤保育士雇止控訴事件
事件番号
東京高裁 - 平成18年(ネ)第3454号
当事者
原告一審 4名A、B、C、D
被告一審 N区
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年11月28日
判決決定区分
控訴一部認容・一部棄却
事件の概要
 一審原告(以下「原告」)らは、平成4年7月から平成7年2月にかけて、一審被告(以下「被告」)の非常勤保育士として任用された者であり、平成15年度まで毎年1年間の任用を繰り返していた。

 被告は、財政5カ年計画等に基づき非常勤保育士等の職を廃止することとし、原告らに対し平成16年3月31日の任期満了をもって雇止めすることを通知した。これに対し原告らは、原告らの任用は一般職の公務員とは異なり雇用契約の締結であって、解雇に当たっては解雇権濫用の法理が適用されるべきところ、本件解雇は、(1)信義則違反であること、(2)希望退職募集や配転など解雇回避努力を尽くしていないこと、(3)労組と協議していないこと、(4)不当労働行為に当たることを挙げて、解雇無効を主張し、非常勤職員としての地位の確認、稼働についての期待権侵害による慰謝料100万円の支払等を請求した。

 第一審では、原告らの任用関係は私法上の雇用契約とは異なり公法上の任用関係であるから、解雇権の濫用法理が類推適用されて原告らが再任用されたと同様の地位を有することになると解する余地はないとして、原告らの非常勤職員としての地位を否定した。一方、被告は原告らを任用するに当たって、長期間の稼働に対する期待を抱かせる説明がなされたこと、再任用手続きも本人の意思を明示的に確認しないで行われていたこと、保育士の職務は継続性が求められること、原告らの再任用が9回から11回にも及ぶことを挙げて、原告らの期待は法的保護に値すると認め、期待権侵害に対して、原告1人当たり40万円の慰謝料の支払いを命じた。
 この判決に対し、被告は損害賠償責任を認めた部分の取消しを求める一方、原告らは非常勤職員としての地位の確認と賃金の支払いを求めた外、慰謝料として1人当たり275万円を支払うよう求めて、双方が控訴した。
主文
1 一審原告らの控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(1)一審被告は、一審原告A及び同Bに対し、各220万円及びこれに対する平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。

(2)一審被告は、一審原告Cに対し、200万円及びこれに対する平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)一審被告は、一審原告Dに対し、110万円及びこれに対する平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)一審原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

2 一審被告の控訴をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、一、二審を通じてこれを2分し、その1を一審原告らの、その余を一審被告の各負担とする。
判決要旨
1 一審原告らの期限付き任用の法的性質

 被告は地方公共団体であり、地方自治法、地公法等に基づき、原告らを地公法3条3項3号の特別職たる非常勤職員として雇用期間を定めて任用していたこと、被告から原告らに対し、任用時及び再任用の都度発令通知書の交付などの任用行為が行われていたものであるから、本件勤務関係は公法上の任用関係であると認められる。

 原告らは、その担当職務の内容、任用された際の事情、再任用が繰り返されてきた状況により、継続的に勤務していたとの実態が認められるものではあるが、被告の任用権者等が自由な判断をして労働条件を決定することはできないし、非常勤保育士を希望する者が被告の任用権者等と交渉をして労働条件を決定する余地もなく、原告と被告との間で雇用契約の締結に該当するような事実はみられない。したがって、原告らの任用は、その行政処分の画一性・形式性からすると、期間を1年として任用され、その期間満了により任用の効力が失効したものといわざるを得ない。そうすると、原告らは、平成15年度に、任用期間を同年4月1日から平成16年3月31日までの1年間として再任用されたものであり、平成16年度において新たな再任用行為がなかった以上、解雇権濫用の法理が類推適用されない限り、上記任期終了と同時に、当然に公務員としての地位を失うというほかない。

2 本件再任用拒否が解雇権濫用法理の類推適用により無効となるか

 私法上の雇用契約においては、期間の定めのある雇用契約が多数回にわたって反復更新された場合、あるいは期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態となった場合、雇用の継続が期待され、かつその期待が合理的であると認められるときには、解雇権濫用の法理が類推適用される余地があると解されている。本件においても、原告らの職務内容が継続性の求められる恒常的な職務であること、任用回数は9回から11回と結果的に職務の継続が長期間に及んでいたこと、再任用が形式的であったこと、原告らに対する被告の採用担当者の言動が長期にわたる職務の継続を期待させるものであったこと等の実態がある。更に、原告らが再任用されなかった後、被告は区立保育園において慢性的な人手不足状態にあり、通年パート保育士、保育補助、育児休業代替任期付職員など多数採用していること、被告が非常勤保育士廃止の根拠に挙げていた財政危機が実態として根拠に乏しく、財政の視点からは平成16年3月末時点での本件再任用拒否の必要性・合理性に疑問があること、非常勤職員の新規採用の抑制、非常勤保育士の配転等再任用拒否を回避するための努力がなされた形跡が見受けられないことのほか、被告は交渉を希望する組合に対して原告らの地位や再就職問題について具体的な提案をするなどの対応はとっておらず、再就職先の確保に関しても情報提供に留まり、斡旋といえるものではないなど再任用拒否についての協議の不誠実性などの事情も認められる。これらの事情を総合すると、原告と被告との間の勤務関係においては、解雇権濫用法理を類推適用される実態と同様の状態が生じていたと認められる。

 そこで、任期を1年として多数回にわたり任命された地方公共団体における非常勤職員について、解雇権濫用法理の類推適用が可能かどうかを検討すると、まず反復継続して任命されてきた非常勤職員の側では、期間の定めのない就労の意思があったとしても、任命する側では、非常勤職員については条例による定数化がされていないため、報酬等に関する予算措置もあって任期を1年と限っているのであるから、期間の定めのない任用の意思を考えることができない。また、任命行為は行政行為であって、契約当事者の明示又は黙示の意思表示の合致のみによっては任命の効力は生ぜず、任命権者による告知によって効力を生ずるものであるから、期間の定めのない任命行為を認定することも、当事者双方の意思を推定する規定である民法629条1項を類推適用することも困難である。

 本件においては、私法上の雇用契約の場合と、公法上の任用関係である場合とで、多数回の更新の事実や雇用継続の期待という点で差異がないにもかかわらず、公法上の任用関係である労働者が私法上の雇用契約に比して不利となることは確かに不合理であるといえるが、行政処分の画一性・形式性を定めた現在の法令を適用する限りは、当事者双方の合理的意思解釈によってその内容を定めることが許されない行政処分にこの考え方を当てはめるのは無理があると考えられ、現行法上は解雇権濫用法理を類推して再任用を擬制する余地はないというほかない。以上によれば、原告らは、いずれも平成16年3月31日をもって、被告の非常勤職員としての地位を失っている。

3 本件再任用拒否により原告らの期待権を違法に侵害したか

 最高裁判決においては、任用予定期間満了により既に退職した非常勤職員には、再任用を要求する権利は認められず、不再任用自体を理由とする損害賠償請求を認めることはできないが、任命権者が職員に対して、任用の継続を確約ないし保障するなど、任用予定期間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬものと見られる行為をしたというような特別の事情があり、任用の継続が保障されているとの誤った期待を抱かせた行為により生じた損害については、不法行為が成立する余地もあると判断されている。

 被告は、原告らが非常勤保育士の任用を希望した際や任用した際に、原告らに対し再任用を要求する権利が発生する余地がないことを説明すべき必要性が高い事情にあったにもかかわらず、原告らがその説明を受けていなかったものであり、却って、採用担当者において、長期の職務従事の継続を期待するような言動を示していたこと、原告らの職務内容が常勤保育士と変わらず継続性が求められる恒常的な職務であること、結果的に職務の継続が10年前後の長期間に及び、再任用が形式的でしかなく、実質的には当然のように継続していたことに照らすと、原告らが再任用を期待することが無理からぬものとみられる行為を被告においてしたという特別な事情があったものと認められる。したがって、原告らが再任用されるとの期待は法的保護に値するというべきであるところ、被告は原告らを再任用せず、原告らの上記期待権を侵害したのであるから、被告は原告らに対して、その期待権を侵害したことによる損害を賠償する義務を負うべきである。

4 損害額
 本件では、実質的にみると雇止めに対する解雇権濫用法理を類推適用すべき程度にまで違法性が強い事情の下に、被告は原告らの期待権を侵害したこと、しかるに私法上の契約と異なることから原告らはその地位の確認を求めることはできないこと、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、原告らそれぞれにつき、報酬の1年間分に相当する程度の慰謝料額を認めるのが相当であり、また弁護士費用もその1割程度を相当因果関係ある損害として認めるのが相当である。
適用法規・条文
04:国家賠償法1条、05:地方公務員法3条3項、
収録文献(出典)
労働判例951号47頁、労働経済判例速報1996号3頁
その他特記事項