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A市臨時調理員賃金差別事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- A市臨時調理員賃金差別事件
- 事件番号
- 那覇地裁 - 平成12年(ワ)第386号
- 当事者
- 原告 個人2名B、C
被告 A市 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2001年10月17日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 原告B(昭和11年生)は昭和47年9月に、原告C(昭和10年生)は昭和47年9月に臨時職員世話人となった後、昭和54年に、それぞれA市教育委員会に臨時調理員として雇用され、平成12年3月まで勤務していた女性である。
地方公務員法22条5項は、任命権者は緊急の場合又は臨時の職に関する場合において、6ヶ月を超えない期間で更新を1度に限り臨時的任用を行うことができると定められている。原告らはこれを受けたA市教育委員会の規則に基づき、各学期ごとに雇用契約が締結され、給食提供期間中だけ雇用され、その後は任期満了により失職することが27年6ヶ月にわたって繰り返されていた。
臨時調理員は、各学期ごとに給食提供期間中だけ雇用され、その後は任期満了により失職し、過去6ヶ月間の稼働実績に応じて雇用保険の給付を受けることができ、平成6年からは社会保険の適用が認められた。臨時調理員の給与は日給制で、平成7年度は6100円であったが、平成10年度には6290円となった。また、臨時調理員には時間外勤務手当、期末手当は支給されたが、交通費、退職金は支給されなかった。
原告らは、雇用期間中は、業務内容も労働時間も正規調理員と同様であること、雇用期間は学期中に限られているが反復継続して雇用されていること、休業期間中といえども次学期以後の継続雇用のための準備期間として被告の一定の指揮下に置かれていたこと、昭和52年に試験制度が導入されるまでは臨時調理員から順次正規調理員に雇替えがなされていたことなどから、正規調理員と同一の業務を行って継続雇用されてきたと主張した。また、原告らは、調理員の職務は緊急の必要性や臨時の業務を目的とするものではないから、正規職員として雇用されるべきであり、同一労働同一賃金の原則が適用されるべきであって、臨時調理員の給与を正規調理員の給与よりも著しく低くしたことは公序良俗に反すること、被告に賃金決定に関する裁量権があるとしても、本件臨時調理員と正規調理員との賃金格差は社会通念上許容し得る範囲を逸脱していることを主張して、不法行為に基づき、被告に対し正規調理員との賃金格差に当たる4099万1591円を請求した。 - 主文
- 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。 - 判決要旨
- 1 調理員は正規調理員として雇用されるべきか
地方公務員法22条5項を受けて、A市教育委員会臨時職員の身分取扱いに関する規則では、臨時職員の任用期間は6ヶ月を超えない期間とし、その期間でのみ更新を認めている。また、臨時職員として通算する在職期間が1年に達する者でその達する日の属する任用が終了した日から1年を経過しないものは、再び臨時職員となることはできないと規定しつつ、調理員及び教育長が認める者についてはこの限りでないとしている。
被告においては、旧文部省基準を超える員数分に恒常的に臨時職員を充ててきたというのであるから、地方公務員法22条5項にいう緊急の場合に当たるとはいえない。しかし、(1)調理員は学校給食が行われる期間のみに必要とされる仕事であり、給食期間中は極めて多忙となること、(2)毎年、各学校の児童数には変動があるが、給食水準を一律に維持する必要があることから、各現場で各年度ごとに調理員の定数と必要人員との間に乖離が生じ、その員数及び配置の管理が必要となること、(3)被告が旧文部省基準を超える独自の調理員配置を実施するには正規調理員の定員では不足であったが、直ちに定員を増加させることは困難であったこと、(4)調理員には特別な資格は必要なく、高校卒業程度の学力を有する者であれば就労可能であることからすれば、調理員を臨時の職に関する場合として任用したことには相応の理由があるといえ、少なくとも、すべての調理員を正規職員とすべきであるとする原告らの主張には理由がないというべきである。
2 同一労働同一賃金の原則に反するか
原告の指摘する「男女労働者と家族的責任を有する労働者の機会均等及び均等待遇に関する勧告(ILO165号)」、「短時間労働者の雇用管理の改善に関する法律」、「事業主が講ずべき短時間労働者の雇用管理の改善等のための措置に関する指針」の諸規定によれば、短時間労働者について、賃金を含めた労働条件の面でできるだけ通常の労働者と均衡のとれた雇用をするよう社会的に配慮すべきことが要請されているものと解され、また、我が国が批准する「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際条約」、「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約」等の諸規定においても、同一価値の労働に対して同一の報酬が原則であって、特にこれに反する男女間における不合理な差別を禁止していると認められる。しかしながら、上記の諸規定を根拠とする同一労働同一賃金の原則が、労働関係を直接規律する法規範となり、これに反する賃金格差が直ちに公序良俗に反し、雇用主に賃金の支払義務が生じるものと解することはできない。
なぜなら、これまで我が国の雇用形態においては、いわゆる年功序列制度が主流とされるとともに職歴による賃金加算や各種手当ての支給など様々な制度が設けられ、同一労働に単純に同一の賃金を支給してきたわけではないし、またそのような支給形態が違法とされてきたものではない上、仮に同一労働同一賃金の原則を現実に採用しようとしても、その労働価値が同一であるか否かを客観性をもって評価判定するに際し著しい困難を伴い、実現が容易でないからである。しかも、本件において、正規調理員と臨時調理員は、そもそも採用方法が異なり、特に昭和52年度からは試験制度が導入され、正規調理員には一定の能力が求められており、給食調理という業務面においては格別の相違がないとしても、学校給食がない期間中、正規調理員は厨房設備の整備や補修、食器の補修、プレートの書換等を業務とし、研修への参加と健康診断の受診等が義務付けられ、しかも被告による拘束下で公務員としての制限に服する状態にあるのに対し、臨時調理員は休業期間となれば雇用保険の給付金を受給し、他の仕事に就くことも自由であって、歴然とした差異が認められる。このほか正規調理員は、長年月にわたって被告の組織内で就労することが予定され、場合によっては組織を管理する地位に就く可能性も含めて、調理能力や資質、素養等が評価されるべき地位にある点においても異なっている。したがって、臨時調理員の労働と正規調理員の労働とが全く同一価値であると評価するのは困難であるから、同一労働同一賃金の原則の法規範性を検討するまでもなく、これを適用する余地がないことは明らかである。
3 正規調理員と臨時調理員との賃金格差は被告の裁量権を逸脱しているか
原告らが27年6ヶ月にわたって断続的に調理員の仕事を続け、給食調理の面においては正規調理員と同等の業務を行っているとしても、正規調理員と臨時調理員の区別は相応の理由があると考える上、業務自体にも差異があり、同一人物の雇用が断続的に繰り返されているからといって、原告らの任用を継続雇用と考えることはできない。そして、このような職制上の差異は、学歴や身分上固定的なものではなく、原告らにも試験を受けて正規調理員に採用される機会が認められており、実際に臨時調理員から試験に合格して正規調理員になった者もいる。また、臨時調理員の日給は6350円と、他の臨時職員の日給との均衡を考えて決定されており、他市の臨時調理員の日給5200円(E市)、6000円(F市)、5500円(G市、H市、I市)、5600円(J市)、5700円(K市)より高くなっている。そして、組合との団体交渉では、正規調理員が月給であるのに対し、臨時調理員は日給、非常勤調理員は時間給と区別されている点や、正規調理員以外には退職金がない点が問題として挙げられており、これらの交渉の成果として、臨時調理員の日給が徐々に増加してきたという事実も認められる。更に、被告は賃金支給の面で原告らに正規調理員と同一の扱いを期待させていたわけではなく、退職金が原告らに支払われないことも含めて、採用当初から原告らは認識し得たことなのであるから、被告の側に信義に反するといった事情も認められない。以上の諸点に鑑みれば、原告らに対する賃金の設定が、被告に許容される裁量の範囲を明らかに超える程不当に低いものとはいえない。
また、原告らは、臨時調理員に昇給及び退職金がないことをもって、公序良俗に反する不当な賃金格差であると主張する。確かに、断続的とはいえ同一職場に27年間余り勤務しながら、退職時に全く金銭が支給されないことに関して、原告らが強い不満の心情を抱いたことは理解できないではなく、この点は将来に向けて検討すべき課題であると思料される。しかし、臨時調理員の雇用が短期間であって継続雇用とは認められないこと、原告らが失業期間中雇用保険の給付を受けていたこと、原告らにも正規調理員の採用試験の受験の機会が与えられていたこと、退職金が支給されないことは採用時から明確にされていたこと、日給は年々増加してきていることなどからすれば、被告において、公序良俗に反するほどの賃金格差を生じさせているものとは認められない。 - 適用法規・条文
- 05:地方公務員法22条5項
10:パートタイム労働法
02:民法 - 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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