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老舗旅館不当配転等損害賠償請求事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- 老舗旅館不当配転等損害賠償請求事件
- 事件番号
- 神戸地裁 − 平成12年(ワ)第2916号
- 当事者
- 原告個人1名
被告旅館A - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2002年10月30日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告は有馬温泉の老舗旅館Aを経営する株式会社であり、原告は平成7年12月からその仲居として雇用されていた女性である。
被告は、毎年夏及び冬、従業員に対し各15万円程度の賞与を支給しており、原告に対しても、平成10年夏期、同年冬期、平成11年夏期の人事考課Cにより、それぞれ、15万2500円、13万7200円、9万5300円の賞与を支給していたところ、平成11年冬期は0円、平成12年夏期は1万円、同年冬期は3万8100円、平成13年夏期は3万8100円と賞与を大幅に減額した。原告は平成12年9月に被告に対し賞与の支給について説明を求めたところ、被告は業績、能力、執務態度を厳正に評価したもので、差別ではない旨回答した。原告はこの回答に納得せず、同年10月、被告を相手方として、原告に対する最低の評価による平成11年冬期賞与及び平成12年夏期賞与の支給が原告の名誉を著しく傷つけたことを理由として、神戸簡易裁判所に対し損害賠償を求める調停を申し立てたが、不調に終わった。
被告は、平成13年5月28日、原告に対し、客室係から厨房洗い場係に配置転換する本件配転命令を通告したところ、原告は、入社当初から客室係として職務が特定していたから、職種の異なる厨房洗い場係に配置転換を命ずるには原告の承諾を要すると主張して、本件配転命令を拒否した。本件配転命令以後、被告は原告に客室係の仕事をさせなかったことから、原告はノイローゼ状態となり、同年7月15日自殺を図るに至った。原告は命は取り留めたが、同年8月6日をもって被告を退職した。
原告は、被告の違法な本件配転命令及び職場八分といった嫌がらせ行為によって退職を余儀なくされたとして、これによって被った精神的苦痛に対する慰謝料として200万円、恣意的な賞与の差別支給による精神的苦痛に対する慰謝料として100万円、弁護士費用70万円を請求した。
これに対し被告は、原告の賞与は人事考課に基づき適正に算定されたもので差別支給には当たらないことを主張し、また本件配転命令については、原告は従来から自己中心的言動が多く、平成13年4月21日には、原告が4組14人の接客を1人で行う予定であったにもかかわらず、原告は臨時客室係を補助につけることを強硬に主張したため、他の宴会係についていた臨時客室係を原告の補助につけ、そのため他の宴会係は団体客14名の接客を1人で行わざるを得なかったこと、同年5月27日、原告は当日予約の新規の宿泊客を担当するよう割り当てられたがこれを拒否したことを挙げ、原告の客室係としての執務態度が余りに劣悪であったことから、客室係の業務の適正な遂行を妨げられるのを防ぐため行った正当な命令であるとして争った。 - 主文
- 1 被告は、原告に対し、金115万円及びこれに対する平成13年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを3分し、その1を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
4 この判決の第1項は仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 賞与の差別支給に基づく損害賠償について
原告は、被告の原告に対する賞与の支給が恣意的な差別支給で違法であると主張するところ、確かに原告の賞与は平成11年冬期を境にして明らかに減額となっていることが認められる。しかし、被告における賞与の支給は、被告の就業規則の定めに従い、各従業員の勤続・勤怠・勤務成績等を勘案した査定に基づいて支給されることになっており、かつその査定は詳細な評価項目、着眼点等をまとめた「人事考課の手引書」に依拠して、複数の職制によってなされているところ、平成11年冬期以降の原告の賞与が減額となったのは、上記査定の評価が低下したからにほかならず、そのことから直ちに被告のした賞与の支給が労働基準法3条に違反する不当な差別支給であると認めるのは困難である。
2 違法な配置転換に基づく損害賠償請求について
被告の就業規則は、従業員の職場配置につき「従業員の体力、体質、技能、経験、勤務成績等を勘案して適正な配置を行う」と規定し、かつ、「従業員は会社が業務の都合で転勤を命じ、又は職場・職種の変更を命じた場合には、正当な理由のない限りこれに従わなければならない」と定めていることからすれば、原告の承諾がないことを理由に本件配転命令が違法であるとする原告の主張は採用できない。しかし、本件配転命令が、業務上の必要がないにもかかわらず、被告がその有する配転権を濫用して行ったものであったとすれば、本件配転命令は違法無効であって、原告はこれに従う必要はないと解される。
被告は、本件配転命令は、原告の客室係としての執務態度が余りにも劣悪であったことから、やむを得ず行ったものであると主張するところ、確かに原告は人事考課において客室従業員の中で最低の評価を受けるなど、余り芳しい評価を受けていなかったことは既に認定したとおりである。しかし、そのことから直ちに、客室係業務の適正な遂行を妨げられるほどに原告の執務態度が劣悪であったというのは飛躍が過ぎると思われる。また、被告が原告の勤務態度の劣悪さを示す具体例として主張する、平成13年4月21日及び同年5月27日の出来事についてみても、通常客室係の接客する人数は9名前後で、それを超える多人数を担当する場合には補助がつくようになっていることからすれば、平成13年4月21日に関しては臨時客室係を補助につけることを原告が被告に求めたことには無理からぬ所もあり、同年5月27日の件に関しても、当日は接客数が10名でも補助がついた客室係がいたことからすれば、原告が補助を求めて追加担当を拒絶したことも一概に原告の我が儘と決め付けることはできない面があり、これらをもって、原告を客室係としておけないほどに執務態度の劣悪さを示すものとはにわかには認め難い。加えて、当時被告において、客室係に余剰人員があったことや、厨房の洗い場の人手が不足していたことを窺わせる証拠もないことに照らせば、原告を客室係から厨房の洗い場に配転しなければならない差し迫った業務上の必要性があったものとは認め難い。むしろ、職種の特定はされていないとしても、被告も認めるとおり、客室係の接客業務と厨房の洗い場業務とは明らかに業務内容や勤務形態が異なっており、原告からすれば、客室係から厨房の洗い場係への配転を命ぜられることは、客室係として失格との烙印を押されたに等しいものと受け止めることは容易に想像できることに鑑みると、本件配転命令は、むしろ、原告にそのような精神的ショックを与え、ひいては原告を被告から追放しようとして行ったものと推認されてもやむを得ないところである。以上からすれば、被告のした本件配転命令は、その業務上の必要に基づくものとは認め難く、その配転権を濫用した違法無効な配転命令であったと認めるのが相当である。
3 損害
原告は、被告から本件配転命令を受け、以降、客室係として稼働することを拒絶されたため、それが大きなストレスになってうつ状態となり、挙げ句、平成13年7月15日には自殺を図り、幸い命は取り留めたものの、結局職場復帰をあきらめ、同年8月6日をもって退職したことが認められ、これに本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、原告が本件配転命令によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は100万円を下らないものと認めるのが相当である。また、弁護士費用は15万円を認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 02:民法709条,
07:労働基準法3条, - 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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