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D社社員うつ病自殺上告事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- D社社員うつ病自殺上告事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 最高裁 − 平成10年(オ)第217号、最高裁 − 平成10年(オ)第218号
- 当事者
- 上告人217号上告人・218号被上告人 株式会社D
被上告人217号被上告人・218号上告人 個人2名B、C - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2000年03月24日
- 判決決定区分
- 一部上告棄却・一部破棄差戻
- 事件の概要
- Aは、大学卒業後の平成2年4月に217号上告人(218号被上告人・第1審被告・第2審控訴人)に雇用され、ラジオ局推進部で勤務していたところ、特に平成3年度に入ってから、深夜勤務・徹夜勤務を含む長時間労働が続いたことからうつ病に罹患して、同年8月27日に自殺した。
Aの両親である217号被上告人(218号上告人・第1審原告・第2審被控訴人B、C)は、Aの自殺は過重な労働が原因であるとして、上告人に対し、2億2000万円余の損害賠償を請求した。
第1審では、概ね原告の主張を認め、被告に対し1億6000万円余の損害賠償を命じたが、第2審では、Aが常軌を逸した長時間労働に起因してうつ病に罹患し自殺したことは認めながら、A及び被控訴人らにも過失があったとして、3割の過失相殺を認めた。そこで、上告人はAの自殺について責任がないことを主張して上告する一方、被上告人らは、過失相殺を不服として上告した。 - 主文
- 1 平成10年(オ)第217号上告人の上告を棄却する。
2 原判決中平成10年(オ)第218号上告人らの敗訴部分を破棄し、右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
3 第1項に関する上告費用は、平成10年(オ)217号上告人の負担とする。 - 判決要旨
- 労働基準法は労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法65条の3は、作業の内容等を特に限定することなく、事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するよう努めるべき旨を定めていることからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。
Aは、所定労働時間後にしか起案等を開始することができず、そのために長時間にわたる残業を行うことが常況となっていた。起案等の業務の遂行に関しては、時間配分につきAにある程度の裁量の余地がなかったわけではないとみられるが、上司が期限の遵守を強調していたと窺われることなどに照らすと、Aは業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的、包括的な業務上の指揮又は命令の下に当該業務の遂行に当たっていたため、継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものと解される。ところで、1審被告においては、かねて従業員が長時間にわたり残業を行う状況があることが問題とされており、また従業員の申告に係る残業時間が必ずしも実情に沿うものでないことが認識されていたところ、上司らは遅くとも平成3年3月頃には、Aのした残業時間の申告が実情より相当に少ないものであり、Aが業務遂行のために徹夜まですることもある状態にあることを認識しており、同年7月頃にはAの健康状態が悪化していることに気付いていたのである。それにもかかわらず、上司らはAの業務量等を適切に調整するための措置を採ることはなく、かえって同年7月以降はAの業務負担は従前より増加することとなった。その結果、Aは心身共に疲労困憊した状態になり、それが誘因となって、遅くとも同年8月上旬頃にはうつ病に罹患し、同月27日、うつ状態が深まって、衝動的・突発的に自殺するに至ったというのである。
原審は、右経過に加えて、うつ病の発症等に関する知見を考慮し、Aの業務の遂行とそのうつ病罹患による自殺との間には相当因果関係があるとした上、Aの上司には、Aが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失があるとして、1審被告の民法715条に基づく損害賠償責任を肯定したものであって、その判断は正当として是認できる。
原審は、Aにはうつ病親和性ないし病前性格があったところ、このような性格は、結果としてAの業務を増やし、その処理を遅らせ、その遂行に関する時間配分を不適切なものとするなどの面があったことを否定できないのであって、この性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が、うつ病罹患による自殺という損害の発生及び拡大に寄与しているというべきであるから、1審被告の賠償すべき額を決定するに当たり、民法722条2項の規定を類推適用して斟酌すべきであると判断した。
身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において、裁判所は、加害者の賠償すべき額を決定するに当たり、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度で斟酌することができる。しかしながら、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。しかも、使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は、各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して、その配置先、遂行すべき業務の内容等を定めるのであり、その際に各労働者の性格をも考慮することができるのである。したがって、労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を心的要因として斟酌することはできないというべきである。
これを本件について見ると、Aの性格は一般の社会人の中にしばしば見られるものの一つであって、Aの上司らは、Aの従事する業務との関係で、その性格を積極的に評価していたというのである。そうすると、Aの性格は同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであったと認めることはできないから、1審被告の賠償すべき額を決定するに当たり、Aの性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を斟酌することはできないというべきであって、この点に関する原審の前記判断には法令の解釈適用を誤った違法がある。
原審は、1審原告らはAと同居し、その勤務状況や生活状況をほぼ把握していたのであるから、Aがうつ病に罹患し自殺に至ることを予見することができ、またAの状況等を改善する措置を採り得たのに具体的措置を採らなかったとして、賠償額を決定するに当たり斟酌すべきであると判断した。しかしながら、Aは大学を卒業して1審被告の従業員となり、独立の社会人として自らの意思と判断に基づき1審被告の業務に従事していたのであり、1審原告らがAと同居していたとはいえ、Aの勤務状況を改善する措置を採り得る立場にあったとは容易にいうことはできない。その他、原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、右原審の判断の違法は、原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中1審原告らの敗訴部分は破棄を免れない。 - 適用法規・条文
- 02:民法709条,
- 収録文献(出典)
- 判例時報1707号87頁
- その他特記事項
- 本件は東京高等裁判所に差し戻された後、損害賠償金総額約1億6800万円で和解した。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 − 平成5年(ワ)第1420号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 1996年03月28日 |
東京高裁 − 平成8年(ネ)第1647号(控訴)、東京高裁 − 平成8年(ネ)第4089号(附帯控訴) | 一部変更・一部棄却(上告) | 1997年09月26日 |
最高裁 − 平成10年(オ)第217号、最高裁 − 平成10年(オ)第218号 | 一部上告棄却・一部破棄差戻 | 2000年03月24日 |