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S電機サービスうつ病自殺事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
S電機サービスうつ病自殺事件【うつ病・自殺】
事件番号
浦和地裁 − 平成9年(ワ)第1194号
当事者
原告 個人2名E、F
被告 個人1名G
被告 株式会社
業種
卸売・小売業・飲食店
判決・決定
判決
判決決定年月日
2001年02月02日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告会社は、S電機株式会社電機製品の部品の販売等を業とする株式会社であり、被告Gは、昭和62年から平成6年12月1日まで被告会社関東事業部電化課長、同日以降、同部品部長の職にあった者であり、昭和62年以降Aの直属の上司であった。Aは、昭和45年4月に被告会社に入社し、昭和62年頃には関東事業部電化課に配属になり、平成3年同部企画係長になった者であり、原告Eはその妻、原告Fは娘である。

 Aは、課長に昇進した平成7年2月21日以降断続的に欠勤し、同年6月8日、被告Gに対し、父の病状が芳しくないこと及び自分にとって課長職が負担であることを告げ、退職の意思を示したところ、被告Gはプレッシャーをかけない旨約束して慰留した。平成8年4月18日Aは自殺未遂を起こし、Aと同期の課長Sはそのことを被告Gに告げたが、被告Gはそのことを自らの判断で会社に報告せず、同月23日にA宅を訪れ勤務継続を熱心に説得した。

 Aが初めて受診した同年5月1日、Aはうつ傾向にあり、医師はAの状態について、診断書には自律神経失調症、カルテには神経症及び出社拒否と記載したが、同日には薬を処方せず、その後も抗不安剤は処方するも抗うつ剤は処方しなかった。その後、Aは被告会社において勤務を続けたが、同年9月17日に信頼するSから大阪に転勤を告げられた1週間後である同月24日自殺した。
これについて原告らは、Aの自殺の原因は被告会社及び上司であった被告Gにあるとして、被告Gに対しては不法行為に基づき、被告会社に対しては不法行為ないし安全配慮義務違反に基づき、連帯して、逸失利益、慰謝料、葬儀費用として原告Eに対し5577万2203円、原告Fに対し5075万4631円を請求し、更に被告会社に対して、退職金、弔慰金及び香典として、原告Eについて2778万7169円の損害賠償を請求した。
主文
1 被告らは、連帯して、原告Eに対し、665万0909円及びこれに対する平成8年9月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を、原告Fに対し645万0909円及びこれに対する平成8年9月24日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2 原告らのその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを3分し、その2を原告らの連帯負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 予見可能性の有無

 被告GはAの断続的欠勤を知っており、Aが、父の病状が芳しくないこと、課長職が負担であることを告げ退職の意思を示したことからすると、被告らはAに自殺の危険性があったことについて予見可能であったと認められる。

 これに対し被告らは、Aの自殺を予見することは不可能であった旨反論する。しかしながら、使用者は、日頃から従業員の業務遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して従業員の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うのであって、相当の注意を尽くせば、Aの状態が精神的疾患に罹患したものであったことが把握できたのであり、精神的疾患に罹患した者が自殺することはままあることであるから、Aの自殺について予見可能性はあったというべきである。

2 注意義務違反の有無

 被告GにはAに対する悪意はなく、むしろAへの期待があったこと及び原告らの希望がAの勤務継続にあったことが窺われるが、被告GのAに対する対応は相当であったとはいえず、結局Aを追い詰めたものと認められる。使用者に代わって従業員に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の注意義務の内容に従ってその権限を行使すべき義務を負うというべきであり、Aに対し業務上の指揮監督権限を有していた被告Gには、同義務に違反した過失があるというべきである。

3 Aの自殺と業務との因果関係

 医師はAが自殺未遂をしたことを知らなかったこと、自殺未遂の事実を知っていれば診断結果に違いが生じた可能性もあることが認められるなどの事実からすると、Aがうつ病に罹患していたか否かは必ずしも明らかでないが、自殺を惹起するような精神的疾患に罹患していたことは認められるというべきである。

 Aの課長昇進後の職務は、それ以前に比べれば高度かつ責任の重いものではあるものの、特段過剰にはなってはいなかったこと、Aは課長に昇進した頃から長期の休暇を断続的に取っており、自殺未遂直後の平成8年4月23日、原告ら方において被告GがAの勤務を継続させるべく説得していること、Aが課長に昇進した頃、父の痴呆が悪化し、Aは原告Eに対し苦労をかけたと考えていたこと、Aは医師に対し、課長に昇格したことが非常に負担である旨申告していたこと、医師はAについて、勤務からしばらく離れることが必要であると診断していたこと、Aは被告Gに対し、退職の意思を表明したが理解を得られなかったこと、Aは誰に対しても自分の悩みを具体的かつ詳細に相談したことはなかったことが認められる。

 以上の事実によれば、Aの自殺は、父の病状の悪化、それにより原告らに負担をかけていることへの後めたさ、父の死亡、Aの生真面目かつ完全主義的で、自分の悩みを他人に話すことを苦手とする性格、特に部下との関係を中心として、課長の職責を的確に果たせないことへの不満、上司である被告Gや妻である原告Eに自分の悩みを理解してもらえず、仕事に追い詰められていったことへの不満、精神的な支えとなっていたSの大阪への転勤等のすべてが原因となっているものと見るべきである。したがって、被告らの行為とAの自殺との間には因果関係は認められるものの、Aの昇進後の職務に対する労働が過剰な負担を課すものとはいえないこと、Aの置かれた状況において、誰もが自殺を選択するものとはいえず、本人の素因に基づく任意の選択であったという要素を否定できないことに鑑みると、Aの自殺という結果に対する寄与度については、A本人の固有のものが7割であって、被告らの行為によるものは3割であると見るのが相当である。

4 損害及び過失相殺

 逸失利益は、Aの年収731万5908円、就労可能期間21年間、生活費控除率40%として、原告ら各2813万9396円、慰謝料は原告ら各1100万円、葬儀費用は120万円と認められる。退職金請求権は、Aの死亡によって発生するものではあるが、被告会社の退職金支給規則に基づき発生するものであって、同退職金は被告らの不法行為によって発生した損害ではないというべきである。また、弔慰金及び香典の各請求権についても、Aの死亡によって発生するものではあるが、被告会社の慶弔見舞金支給規定に基づき発生するものであって、被告らの不法行為によって発生した損害ではないというべきである。

 原告Eは、SにAのことを相談した翌日である平成7年6月8日、会社までAを尾行し、Sに対し、躊躇するAを社屋へ連れ込むよう依頼したこと、Aが自殺未遂に利用した自動車をそのまま使用させたこと、平成8年4月22日、被告G及びSと話し合った上、勤務を継続させるべくAを説得したこと、原告Fが使用する自動車を被告会社の関連会社から購入したこと、被告Gに中元等を届けたこと、海外旅行を計画したこと、自殺未遂や診断書を撤回したことを医師に報告せず、定期的な通院をしなかったことなどが認められる。
 本件のような事案において、以上の事実を直ちに過失といえるかは問題があるが、以上の事実は原告らの領域で生じたことであり、自殺者本人を支える家庭の重要性を考慮すると、過失相殺類似のものとして信義則上相殺すべきであり、その割合は5割と認めるのが相当である。なお、弁護士費用は、原告Eについては60万円、原告Fについては58万円とするのが相当である。
適用法規・条文
02:民法415条、709条、715条,
収録文献(出典)
労働判例800号5頁
その他特記事項
本件は控訴された。