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S社うつ病自殺控訴事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
S社うつ病自殺控訴事件【うつ病・自殺】
事件番号
東京高裁 - 平成13年(ネ)第1345号
当事者
被控訴人兼控訴人(1審原告) 個人2名E、F
控訴人兼被控訴人(1審被告)G
控訴人兼被控訴人(1審被告)株式会社
業種
卸売・小売業・飲食店
判決・決定
判決
判決決定年月日
2002年07月23日
判決決定区分
1審原告ら控訴 一部認容、一部棄却、1審被告ら控訴 棄却(上告)
事件の概要
 Aは、昭和45年の入社以来1審被告(被告)会社に勤務していたたが、課長に昇進した平成7年2月から断続的に欠勤するようになり、父の病状が芳しくないこと、課長職が重荷であること等を被告Gに訴えて退職を申し出たが、被告Gはこれを慰留した。Aは、平成8年4月に自殺未遂を起こしたが、これを知った被告Gは会社に報告せず、Aに対しあくまでも継続勤務するよう説得した。同年5月、Aはうつ傾向との診断を受け、その後も勤務を継続していたが、信頼する同僚が大阪に転勤した直後の同年9月24日、自殺した。

 Aの妻である1審原告(原告)E及びAの娘である原告Fは、Aの自殺の原因は被告会社及び被告Gにあるとして、不法行為ないし安全配慮義務違反を理由に、被告らに対し、逸失利益、慰謝料、葬儀費用として、原告Eについては5577万2203円、原告Fについては5075万4631円、被告会社に対し、退職金、弔意金、香典として、原告Eについて2778万7169円の支払いを請求した。
 第1審では、被告Gや被告会社の対応とAの自殺との間には因果関係がみられるものの、A個人の要素も大きいとして、Aの自殺についての被告らの寄与度を3割と認めるとともに、家族である原告らにも過失があったとして、5割の過失相殺を認め、原告Eについては665万0909円、原告Fについては645万0909円の損害賠償を認めた。これに対し、原告、被告とも不服として控訴した。
主文
1 一審原告らの本件控訴に基づき、原判決を次ぎのとおり変更する。

(1)一審被告らは、一審原告Eに対し、連帯して、862万2941円及びこれに対する平成8年9月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)一審被告らは、一審原告Fに対し、連帯して、838万2941円及びこれに対する平成8年9月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)一審原告らの一審被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

2 一審被告らの本件控訴を棄却する。

3 訴訟費用は、第1、第2審を通じてこれを8分し、その1を一審被告らの負担とし、その余を一審原告らの負担とする。
4 この判決第1項(1)(2)は仮に執行することができる。
判決要旨
1 予見可能性の有無

 (1)Aは、平成7年2月8日に企画課長昇任の内示を受けた後休暇を取るようになり、発令の同月21日も欠勤したこと、(2)一審原告(原告)EがAに対し勤務継続を頼み、Aは辞職を思い止まったものの休みがちになり、会社を辞めたいと友人に話したこと、(3)一審被告(被告)Gは、Aの断続的な欠勤について知っていた上、辞めたいというAに「自殺できるならしてみろ」といった表現でAを激励し、Aは泣いていたこと、(4)Aは平成8年4月15日から22日まで欠勤し、同日原告Eが被告Gに対しAの退職希望を伝えたこと、(5)同日被告GがAを叱責する口調で継続勤務を説得したが、Aは泣きながら頑なにこの説得を拒んだこと、(6)同年5月7日にはAから被告Gに対し、診断書を添えて1ヶ月の休暇の申し出がなされたこと、以上の事実に照らせば、Aが、一家の支柱であり課長職という立場にあることを自覚しながら、課長職が重荷であるなどといって出社を嫌がり、上司である被告Gからの強い説得に対しても涙を流しながら頑なにこれを拒絶するといった場面は通常では考え難いものというべきである上、Aについて医師からも1ヶ月の休養を要する旨の診断書が提出されたのであるから、被告Gとしても、Aの精神状態が単なる一時的な気分の落ち込みではなく、医師の治療によらなければ回復できない病的状態にあること、医学的見地からもAは相当期間の休養を要する状態であったことを知ることができ、このままAに勤務を継続させた場合にはAの心身に更に深刻な影響が及び、状況によっては自殺などの最悪の事態が生じることもあるものと予見できたものというべきである。そして、被告Gが、Aが自殺未遂事故を起こしたことを知った平成8年5月下旬以降はより一層予見が可能であったというべきである。

原告Eが、Aの自殺が確実に起きるとか、差し迫った自殺の危険性があると判断していたならば、どのようにしてでもAを退職させたと考えられるから、原告Eにはそれまの予見はなかったものということができる。しかし、だからといって、原告Eに自殺企図についての予見可能性がなかったとはいえないのであり、原告Eにとっては、Aが立ち直り勤務を継続してくれることに勝ることはないのであるから、仮に原告Eがそのような期待を抱いたとしてもそのこと自体を直ちに責めることはできす、また、原告Eにそのような期待が全くなかったとは断定できないけれども、Aが再び自殺の企てなどをしないように精神科の医院を受診させたり、Aの身を案じながらAの様子を見守っていたものというべきであるから、原告E及び被告らにAの自殺企図についての予見可能性があったことを否定する根拠とはならない。

2 注意義務違反の有無について

 被告Gらは、自分の個人的な利害や関心からAに対し勤務を継続するよう説得したものではなく、むしろ、真面目で勤務成績も優秀であったAへの期待があり、Aを発奮させることができれば、従前通りAが勤務を継続することができると軽信してAの退職の希望を受け入れず、1ヶ月の休暇申し出を撤回するよう慫慂したものというべきであるが、Aの精神状態は既に病的な状態にあって、医師の適切な措置を必要とする状況であり、このことは被告Gも認識することができたものというべきである。したがって、被告Gには、少なくともAが医師の診断書を提出して1ヶ月の休養を申し出たときには、部下について業務上の事由による心理的負荷のため精神面での健康が損なわれていないかどうかを把握し、Aの休養の要否について慎重な対応をすることを要請されていたものというべきであるから、被告Gにはそのような注意義務に違反した過失があり、また被告会社も同様に従業員の精神面での健康状態についても十分配慮し、使用者として適切な措置を講ずべき義務に違反したものというべきである。

3 因果関係の有無及び過失相殺

 Aは、十二指腸潰瘍を患い治療を受けたこともあって、もともと精神的な負荷に対する耐性に弱い面があったことが窺われ、幼い頃から男手で育ててくれた父親の症状が悪化して勝手に徘徊したり、原告Eでは抑えきれないことがあり、父親に対する心配と原告Eの苦労への思いで心労が重なっていたこと、その後父親を失ったことにより精神的な痛手を被ったこと、平成8年9月17日に信頼する同僚が大阪転勤の内示があり、Aは精神的な支えの一つを失うことになったこと、Aは真面目で几帳面な性格であり、責任感が強く、悩みを発散させることを苦手とする性格であったことの事実が認められ、これらの様々な要因が重なってAは再度の自殺の企てに及んだものと認められるが、被告Gが平成8年5月7日にAから1ヶ月の休暇願が出された際にこれに対し適切な対応をし、あるいはAが自殺を図ったことを知った時点で、それまでのAに対する対応の仕方について再考し、Aの精神面での健康状態を調査して改めてAについて休養の必要性について検討していれば、Aが自殺により死亡することを防止し得る蓋然性はあったものというべきである。

 したがって、被告らの注意義務違反とAの死亡との間には因果関係があるものというべきであるが、上記のとおりAの再度の自殺の企ての原因には様々な事情が競合し、Aの自由な意思が介在している面も否定できず、A自身の性格や素因から来る心因的要因が寄与しているものと認められ、Aの死亡による損害の全部を被告らに賠償させるのは公平を失するものというべきであるから、被告らの損害賠償責任の範囲を判断するに当たっては、民法722条を類推適用して、Aの性格や訴因から来る心因的要因を斟酌すべきものと考えられる。

 ところで、Aの勤務の継続や休暇願の撤回については、Aや原告Eが強く申し出れば退職することや休暇を取ることも可能であったと考えられ、Aや原告Eが医師に対して自殺未遂を打ち明けていれば、同医師はもっと強力に自殺を防止する措置を採ったものと認められる。しかるに、原告Eは結果的にはAの退職や休暇について被告Gの説得を受け入れる形になり、またAや原告Eが医師にAの自殺未遂の話をしなかったのであるから、Aの自殺という結果が生じたことについて被害者側にも落ち度があったものというべきである。したがって、民法722条により、本件不法行為による損害賠償額を算定するに当たってはこの事情も斟酌すべきである。そして、同条の過失相殺の類推適用により、上記の事情を併せて損害額から8割を控除し、残余の2割について被告らに賠償させるのが相当である。

4 損害額
 Aの死亡時の年齢は46歳であり、稼働可能期間の終期である67歳までの期間は21年間である。Aの年収は、平成8年度の45歳ないし49歳の男子労働者の平均年収(706万2500円)によるのが相当である。そして、生活費控除を4割として算定すると、Aの逸失利益は5432万9411円となる。本件不法行為によりAが被った慰謝料は2200万円、葬儀費用120万円、弁護士費用は原告各自75万円とするのが相当である。
適用法規・条文
02:民法709条、715条、722条、
収録文献(出典)
労働判例852号73頁
その他特記事項
一審被告による控訴部分は上告された。