判例データベース

H銀行行員うつ病自殺事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
H銀行行員うつ病自殺事件【うつ病・自殺】
事件番号
札幌地裁 − 平成14年(ワ)第2587号
当事者
原告個人1名

被告株式会社H銀行
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年01月20日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 A(昭和43年生)は、大学卒業後の平成3年4月に被告に入行し、いくつかの支店を経験した後、平成12年4月に本件支店得意先係に配属された。Aは、同年上半期において、個人向けローンでは高い実績を上げ、5段階評価の2番目のA評価を受けたが、法人向け融資の分野では実績を上げられないでいた。

 Aは、午前8時頃出勤し、帰宅は午後10時ないし11時頃になることもあったが、平均すると午後9時頃帰宅しており、休日出勤は比較的少なかった。また、Aは毎年被告の実施する健康診断を受診していたが、特段の異常は見られなかった。

 被告では、平成12年下半期に、投資信託の販売強化策が行われたところ、Aは販売目標に達しなかった。平成13年2月の渉外会議において、Aは販売実績についての質問に答えられなかったため、支店長から厳しく注意を受けたほか、休暇を申請しながら、引継書を提出することなく仕事を休んだことから、上司から注意を受けた。

 Aは、N社からファームバンキングサービス解約の申し出を受けたにもかかわらず、解約処理をせずに禁止されている立替払を行っていたが、同月19日それが発覚し、必要書類の提示を求められたことから、そのまま銀行を立ち去り、同月22日(推定)自殺した。
 Aの父親である原告は、被告における業務が、労働時間、業務内容及び上司の指導の厳しさにおいてAに過剰な負担を強いるものであり、Aはその負担に耐えきれずにうつ病に罹患して自殺したものであるとして、被告に対し、不法行為又は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき、総額1億3000万円の損害賠償を請求した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 Aの自殺と業務等との相当因果関係について

 Aには相当の残業があり、販売目標が課されていたものの、社会通念上許容される範囲を超えた過剰なものであったと認めることはできない。また、支店長や次長がAに対して会議の場で行った指摘や指導は相当厳しいものであったと推認されるものの、職場の上司の指導として社会通念上許容される限度を超えた過剰なものとまではいえず、Aに対して限度を超えた過剰に厳しい指導を行った事実を認めることはできない。また、Aは思うように販売実績を上げることができず、会議において支店長から厳しく注意されるなどして、相当のストレスを感じていたとは考えられるものの、平成13年2月10日に引継書を提出せずに仕事を休んだことを除き、通常の業務を従来通り遂行しており、Aの業務や言動に関して特に異常な点は見受けられなかったこと、Aは毎年健康診断を受けていたが、精神障害を発病したとの診断はなされなかったことなどからすれば、Aがうつ病に罹患していたと認めることは困難である。

 以上によれば、Aには、許容される範囲を超えた過剰な業務負担があったとはいえず、上司による限度を超えた指導、あるいはいじめがあったとも認められず、またAがうつ病に罹患し、自殺に至ったものと認めることもできないのであるから、Aの自殺と被告の業務との間に相当因果関係を認めることもできない。

 なお、Aは、投資信託の販売目標の達成ができなかったこと等について従前から相当の精神的ストレスを感じていた上に、被告において禁止されていた行員による立替払が発覚したことに衝撃を受け、思い悩んだ末自殺した可能性が高いものと考えられる。しかし、Aが社会通念上相当な範囲を超えた過剰な業務を負担していたとまでは認められず、また支店長らがAに対して過剰に厳しい指導やいじめを行っていたとも認められない以上、Aが本件立替払の発覚について悩み、自殺に至ったとしても、あくまでもAの個人的な考え方や受け止め方によるものであり、Aの自殺について被告が債務不履行や不法行為責任を負う前提としての、業務自体との相当因果関係を認めることはできない。

2 被告の過失又は債務不履行の有無について

 一般に、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身を損なうことがないよう注意する義務を負うと解され、その義務違反があった場合には、雇用契約上の債務不履行(いわゆる安全配慮義務違反)に該当するとともに、不法行為上の過失をも構成すると解すべきである。しかしながら、Aが社会通念上許容される範囲を超えた過剰な業務を負担していたとも、支店長らがAに対して限度を超えた厳しい指導やいじめを行ったとも認められず、またAがその結果自殺したものとも認められないのであるから、被告がAの自殺についてこれを防止すべき義務を負う旨の原告の主張は、その前提を欠くものである。
 Aには、引継書を提出せずに仕事を休んだこと以外に異常な言動は見受けられず、Aから健康状態等を理由に業務の変更等を求める申し出もなかったことに照らすと、被告において、Aの自殺等不測の事態が生じ得る具体的危険性まで認識し得る状況にあったとは認められないから、被告において、Aの精神状態に特段配慮し、労働時間又は業務内容を軽減するなどの措置を採るべき義務が生じたということはできない。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例889号89頁
その他特記事項
本件は控訴された。