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公立中学校教員過労自殺公務認定事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
公立中学校教員過労自殺公務認定事件【うつ病・自殺】
事件番号
仙台地裁 − 平成17年(行ウ)第23号
当事者
原告個人1名

被告地方公務員災害補償基金宮城県支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年08月28日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
 T(昭和37年生)は、昭和61年4月から公立中学校教員として勤務し、平成6月から仙台市立H中学校で勤務していた者である。

 Tは、H中学校に赴任後、クラス担任及び英語の担当並びに生徒会の指導を担当したほか、バドミントン部の顧問に任命された。部活動の時間帯は、夏期休業中を除き、平日は午後4時45分ないし6時15分まで、土曜日は午後0時から4時まで、日曜日及び祝日は午前9時から午後3時までとされており、Tは顧問としてこれに従事した。Tは平成10年4月から、教員免許を持たない社会科の授業を担当することとなり、同年6月以降、自殺までの間における勤務時間は、6月278時間50分、7月279時間40分、8月(23日間)251時間20分であり、1ヶ月当たり100時間を超える超過勤務をしていた。また、Tはこの勤務時間に加えて、7月に全国中学校バドミントン大会(全中大会)の総務部部長を委嘱されたことから、深夜まで全中大会の職務も行っていた。

 Tは、同年6月末頃から、同僚に対し、不眠、頭痛、食欲不振等を訴えるようになった。同年8月23日から全中大会が開催されたが、トラブルやクレームが起こり、Tは自宅に電話して妻である原告に対し疲れていること、眠れないことなどを訴え、翌24日午前6時頃、滞在中のホテルの自室において首吊り自殺をした。
 原告は、平成12年10月11日、Tの自殺について被告に対し公務災害認定を請求したが、平成15年5月23日、公務外認定処分がなされた。原告はこれを不服として審査請求更に再審査請求を行ったが、いずれも棄却されたため、被告の行った処分の取消しを求めて提訴した。
主文
1 地方公務員災害補償基金宮城県支部長が平成15年5月23日付けで原告に対して行った地方公務員災害補償法に基づく公務外認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 中体漣関連業務が公務に当たるか

 Tは、平成10年度において、H中学校バドミントン部の顧問に任命されていたとともに、日本中学校体育連盟(中体漣)関連業務に従事していたことが認められる。そして部活動の顧問は、校長により任命されること、部活動の顧問に任命されると自動的に市中体漣の専門部員になり、その中から役員が選任されること、県中体漣の専門部役員は各地区中体漣役員から選出されること、大会運営は開催地区の県中体漣バドミントン部会が実行委員会を組織して行われることになっており、実行委員会の役員は県中体漣の構成員の中から選任されるものと解されることからすれば、校長による部活動顧問への任命は、その後の市中体漣、県中体連及び全中体漣実行委員会の役員に正式に選任された場合には、これに就任すべき旨の職務命令を包含するものと認めるのが相当である。そうすると、中体連関連業務は、公務とは無関係の行為ということは困難であって、学校長の職務命令によって行われる公務に当たるというべきである。

2 本件災害は公務に起因するものか

地方公務員災害補償法31条の「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、同負傷又は疾病と公務との間には相当因果関係のあることが必要である。そして、地方公務員災害補償制度が、公務に内在又は随伴する危険が現実化した場合に、使用者に何ら過失はなくても職員に発生した損失を補償するとの趣旨から設けられた制度であることからすれば、上記相当因果関係が認められるには、公務と負傷又は疾病との間に条件関係があることを前提とし、これに加えて、社会通念上公務が当該疾病等を発生させる危険を内在又は随伴しており、その危険が現実化したと認められることを要するものと解すべきである。

Tの性格は、勤勉で責任感が強く、几帳面であり、常に周囲の人間との協調性を考えて行動するという面があり、うつ病等の精神疾患の精神的要因であるメランコリー親和型性格と共通する側面を有するものの、かかる性格は実社会において比較的よく見られる程度のものというべきであり、またTは本件災害以前において精神疾患に罹患したことはないことからすると、Tの上記性格は、個体としての脆弱性を強める程の精神的要因として大きく評価することはできない。また、Tが他にうつ病に罹患しやすい内的要因を有していたとは証拠上認め難い。

 Tは、平成10年度においても前年度から引き続き学級担任、生徒会指導、部活動指導の職務に従事しており、これに加えて同年4月以降、免許外科目である社会科を初めて担当するようになったことが認められる。社会科は指導経験がない科目である故、Tは指導方針等について悩み、授業の準備に多くの時間と労力を費やしたものと推認でき、Tに相当な精神的負荷を与えるものであったというべきである。そして、Tは、同年7月に全中大会実行委員会の総務部部長に就任したが、同大会運営等を総括する総務部の重責は多大なものであったと解される。加えて、その頃から、Tが生徒会指導において、文化祭、体育祭、生徒会選挙の各実行委員会の指導が重なっていたこと、また、Tが副委員長を務めていた県中体漣が開催する県中総体が同月24日、25日に開催される予定であったために、Tはその準備等を行わなければならなかったことから、全中大会の職務は県中総体の終了後の短期間に集中的に行わなければならなかったものと認められる。そのため、Tは7月下旬以降、学校における超過勤務に加え、自宅においても深夜に至るまで、全中大会の準備の職務に従事していたと認められ、これにより極めて大きな精神的負荷が与えられていたというべきである。更に、Tが全中大会の役員になることは、同年7月7日の委嘱以前の時点において実質的に決定されており、H中学校における年度予定は年度当初の時点で決定されていることをも考え併せると、Tは総務部部長に正式に委嘱を受ける以前から、同年7月の職務の状況を把握しており、この時期が近づくにつれて次第に不安感、重責感が募り、それが多大な精神的負荷となっていたものと推測され、このことから、同年6月以降、不眠、食欲不振等のうつ病エピソードを訴えるようになったものと理解するのが合理的である。そしてTは、同年7月中旬以降、疲労感を訴え、自信の低下ないし将来に対する悲観的な訴えをするようになったことからすれば、遅くとも、この時期頃までには軽症のうつ病に罹患していたものと認めるのが相当である。

上記のように、Tの従事していた職務内容は、質的に極めて大きな精神的負荷を与えるものであったと認められる上、Tは同年6月以降、1ヶ月に少なくとも約100時間以上の超過勤務を行っていたと認められるところ、長時間労働が100時間を超えると精神疾患の発症が早まるとの報告があることに照らせば、Tが従事していた公務は、労働時間の量から見ても、極めて大きな精神的負荷を与えるものであったというべきである。そして、公務以外にTに対してうつ病を発症させる外的要因となり得る事情は認め難いことをも総合考慮すると、Tが従事していた公務は、社会通念上、うつ病を発生させる危険を内在又は随伴しており、その危険性が現実化したといえる関係にあるものと認めるのが合理的であり、Tが従事していた公務とうつ病との間には相当因果関係があると認められる。
 Tがうつ病に罹患したことと本件災害との間に相当因果関係が認められることは当事者間に争いがない。そうすると、本件災害はTが従事していた公務に起因するものと認められるから、本件災害の公務起因性を否定した本件公務外認定処分は違法というべきであって、取消しを免れない。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条
収録文献(出典)
判例時報1994号135頁
その他特記事項