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H交通社男女昇格差別事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
H交通社男女昇格差別事件
事件番号
東京地裁 − 平成17年(ワ)第27196号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社H交通社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年11月30日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は旅行代理店業を営む株式会社であり、原告は昭和42年9月に被告に採用されて、平成13年12月28日に退職した女性である。

 昭和61年1月当時、被告では、男性社員は年功的に職能等級が上昇するのに対し、女性社員は一部を除いて一般職の2等級に留まっていた。原告は昭和54年4月1日に2等級2格に昇給し、平成2年の賃金制度の改定により、従来の2職級2格に相当する一般職1級に格付けされた。原告はこの時点で一般職1級の在級年数が改定前の2等級2格の時期も含めて11年に、平成11年の改定時には同在級年数が20年に達していた。平成11年の原告の人事考課表では、昇格評定はB「できれば昇格させたい」とされたが、平成12年及び13年の人事考課表ではC「今回昇格の必要なし」とされていた。

 原告は、昭和61年1月当時、同時期に入社した男性社員が自分より2ランクは上位に昇格していることを知り、昭和54年に2職級2格になった後に一切昇格していないことを認識しており、そのことが精神的負担となっていた。原告は平成10年に組合を通じて被告に対し異議の申立てを行ったものの昇格が実現しなかったことから、平成12年4月にも組合を通じて異議申立てを行ったが、被告から納得できる回答を得られなかった。原告は、平成13年12月28日、早期退職優遇制度を利用して退職したが、原告はその経験年数、担当職務、職務遂行能力からすると、平成2年には監督職1級、平成9年にはS1の等級に昇格して然るべきであるのに、女性であることを理由に一般職に留め置かれるという差別を受けたとして、賃金差額2434万4760円、賞与差額440万6419円、退職金差額1060万5698円、差別といじめによる精神的苦痛に対する慰謝料600万円、上記合計金額の10%に当たる弁護士費用454万円を請求した。

 これに対し被告は、監督職以上への登用は各人の職務能力の優劣の査定を基に経営者が決定すべきものであり、女性であることを理由として差別したものではなく不法行為には当たらないこと、仮に原告が主張する不法行為があったとしても、損害賠償請求権は時効により消滅していることを主張して争った。
 なお、本訴の提起に先立ち、原告は平成17年6月15日に民事調停を申し立てたが、同調停は同年12月21日に不成立に終わった。
主文
1 被告は、原告に対し、123万5360円及びこれに対する平成18年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを50分し、その1を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 不法行為について

 被告の登用制度として、職務等級について年限昇格制が採用されており、平成2年の改定時においては、一般職1級(J1)から監督職(S3)への昇格には在級10年とあることが認められる。原告はこの間昇給はしているものの、昇格を受けることなく推移しているところ、原告には昇格しない例外的事由たる評価Dを1項目でも受けたとか(あるいは評価項目で1項目でも評点1がある場合とか)、勤怠不良といった事情が見当たらない。この点、被告は原告についての平成11年の人事評価表に評点1があることを例外事由とする趣旨のようであるが、当時の専務や常務が原告について監督者として相応しくないとの発言をしたこと、そのため、まず結論ありきで全社査定会議において原告の査定表の一部を評点1に書き換えたとの供述があり、もしそのような事情で原告が昇格しないこととなったのであれば、それ自体が合理性・客観性に欠けるものとして原告に対する違法・不当な取扱いになるものというべきである。また、翌年の原告の昇格に関する人事考課表で上司が協調性について評点1をつけているのも、原告に対して当時の職制が不当な対応をとったことに起因して原告と職場の関係が良くなくなっている状況下で付けた評価であり、客観性に欠けるものというべきである。

 上記のような原告の処遇状況に、原告とほぼ同時期入社の男性社員との職能等級の上昇状況の比較、更には被告の社内全体あるいは原告の所属する職場の男性社員と女性社員との間の職能等級に関する昇格上の差異をも参照すると、被告は男性社員を女性社員に比較して優遇している状況が看取できる。そして、平成11年の第1次及び第2次の人事考課者による原告に対する昇格評価がBであるにもかかわらず、翌12年4月に監督職であるS3に昇格していない状況からすると、原告は、被告から女性であることを一因とした不当な差別を受けているものであることを有効に推認することができる。

 被告は、年限昇格制の適用は一般職に限られ、一般職から監督職への昇格には妥当しない旨主張するが、平成2年には従来の職能等級を一般職と監督職に分けて、年限昇格制についても特に勤務成績が不良な者を除き一般職1級から上位等級への昇格の在級年数を10年と改定していることが認められ、その後も一般職1級に相当するJ1について10年の在級年数で監督職に相当するS3への昇格が規定されていることからすると、被告の主張は採用できない。また被告は、10年の在級年数の規定は監督職(S3)への登用資格を規定したに過ぎないと反論するが、一般職1級(J1)から監督職3級(S3)への昇格のための有資格の在級年数は2年であること、実際に10年の登用有資格とすると、反対解釈すれば男性従業員も含めて10年間も一般職から監督職への昇格ができないことになり、被告の説明には体系上・規定上の整合性がなく、実際の運用にも適合しないものとして採用できない。してみると、原告は平成2年には監督職3級に昇格していて然るべきであったというべきである。しかし、他方、原告が主張するように、平成9年にはS1の等級に昇格していて然るべきであったかどうかは、年限昇格制も一般職1級までしか規定されていないことからすると疑問といわざるを得ない。

 以上によれば、被告は、従業員につき男性を優遇し、女性を上位の職能等級に登用しない傾向にあり、原告についてもそのような処遇傾向が当てはまり、被告の原告に対する処遇は平成2年以降は妥当性を欠くものとして、あるいは少なくとも平成11年以降は上記のように不当な取扱いが推認されるものとして不法行為等を構成するものといわざるを得ない。それ故、原告は、平成2年4月1日以降、少なくとも監督職3級の職能等級による賃金を得ることができたのに、被告の不当な差別待遇により一般職1級、その後はJ1に据え置かれることにより、その後の現実に支給された賃金との差額相当分の損害を被ったものである。

2 消滅時効について

 不法行為の時効の起算点については、民法724条で、被害者が損害及び加害者を知った時から進行するとしている。これを本件についてみると、原告は平成10年には組合を通じて自己の登用に関する苦情処理を被告に申し立てるなどしていること、平成11年の昇格査定について平成12年4月に組合を通じて異議の申立てを被告にしていることからすると、原告は既にこの頃までには被告が原告に対し女性であることを理由とした差別処遇に及んでいること(加害者及び加害行為の認識)、遅くとも平成2年あるいは平成11年には監督職3級に昇格していて然るべきであったにもかかわらず被告により不当にそれが実行されていないこと(不法行為の認識)、そのため、同期入社の男性社員と比べて賃金が低いままであるため、その差額分につき損害が生じていることをいずれも認識していたものであることが認められる。また、原告は平成13年12月28日に早期退職優遇制度の適用を受けて退職しているところ、少なくとも原告が被告を退職して以降は、上記差額分の損害が生じていること(損害の認識)を認識しているものと考えることができる。そして、本件のように、被告による違法行為が継続して行われ、そのため損害も継続して発生する場合、消滅時効は、各損害について別個に進行するものと解される。

 ところで、原告は本訴の提起(平成17年12月27日)をするまでに、民事調停を平成17年6月15日に申立て、同調停は同年12月21日に不成立となっており、民事調停法19条により調停申立時に訴えの提起があったものとみなされ、原告は平成16年12月に催告しているようであるから、同日から遡って3年以内に生じた不法行為債権については時効が完成していないと考えることができる。

 これに対し原告は、本件提訴直前に至るまで比較対象者に支給されている賃金を提訴可能なほどに知ることができなかったと主張するが、損害を知るとは、その程度や数値を具体的に詳細に知ることまでを要するものではなく、原告は退職の時点で、被告に対する賠償請求が事実上可能な程度には自分の昇格差別による損害を知っていたものと考えられ、比較対象者に支給されている賃金の具体的な数値を単に確定し得ないからといって原告が本訴提起直前まで権利行使をし得なかったとはいえないものというべきである。

3 損害について

 平成13年11月分までの賃金及び賞与については消滅時効が完成していることになり、同年12月分の既払い賃金とこの時点のS3の月例賃金との差額分についてのみ時効が完成していないものと考えられ、その差額は3万5360円となる。それ故、原告は被告に対し、消滅時効の成立していない平成13年12月分の賃金につき1月当たりの差額分である3万5360円を請求できることになる。

 退職金については、原告に実際に支給された金額は2180万1394円であるところ、原告には差額は生じていない。
 原告は、不当な査定により一般職に据え置かれ、昇格しないことが相当程度のストレスなり精神的負担となっていたことが認められる。これに加えて、被告が女性を上位の職能等級に登用しない傾向を有し、会社の上層部を含む組織的な不当な対応をしていること、原告自身も昇格しないことへの苛立ちと苦痛から会社へ嫌気がさして早期退職を選択するに至っている面が見受けられることなど、積年の原告の精神的苦痛を慰謝するためには100万円を慰謝料として定めるのが相当と考える。そして、弁護士費用として20万円を認めるのが相当である。
適用法規・条文
02:民法709条、724条,
収録文献(出典)
労働判例960号63頁
その他特記事項
本件は控訴された。