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京都市財団法人嘱託職員賃金差別事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
京都市財団法人嘱託職員賃金差別事件
事件番号
京都地裁 − 平成18年(ワ)第3346号
当事者
原告 個人1名
被告 京都市財団法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年07月09日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 被告は、女性の自立と広範な社会参加を支援する事業を幅広く展開し、男女共同参画等の実現を目的とし、京都市男女共同参画センターを管理運営する財団法人であり、原告は平成6年2月に被告に嘱託職員として雇用され、平成12年3月末日に一旦退職して(当初雇用期間)大学院に入るなどした後、平成16年4月1日、被告に再度嘱託職員として雇用され、1年間の雇用契約を更新した後、平成19年3月末に退職した(本件雇用期間)女性である。
 原告は、労働の内容が一般職員の労働と同様であるにもかかわらず、被告が一般職員よりも低い賃金を支給したことは、幸福追求の権利を定めた憲法13条及び法の下の平等を定めた憲法14条に違反すること、社会的身分による労働条件の差別的取扱を禁止した労働基準法3条及び賃金の男女平等を定めた同法4条、ILO条約その他国際条約等で定められた同一価値労働同一賃金並びに民法90条に違反するから無効であるとして、不法行為に基づき、一般職員との賃金及び退職手当との差額506万8543円の支払いを請求した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 本件賃金処遇が憲法13条及び14条に反し不法行為となるか

 憲法の規定は国又は公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、専ら国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではないところ、被告は京都市が全額出資して設立された財団法人であり、被告の行為に憲法13条及び14条が直接適用されるかには疑義があり、実体法規の解釈に当たって憲法の規定を考慮要素とすることによってその趣旨を適用するのが相当である。

 そして、憲法14条は機会の平等を規定しているところ、労働基準法3条、4条等の解釈・適用を通じて私人関係を規律することとなる。しかし、憲法13条はその文言自体抽象的であり、それ自体から賃金処遇についてどうあるべきかを具体的に明らかにしておらず、仮に同条が直接に適用されるとしても、具体的な法規範性を見出すことは困難であり、実体法規の解釈に当たって考慮要素としてどのように参酌すれば良いのかも明らかでない。また憲法13条は自由権であって、現に存在する差別を積極的に是正するという積極的な効果をもたらすような人権規定ではない。

以上のとおり、本件賃金処遇が憲法13条及び14条に直接反するとの原告の主張は採用できない。

2 本件賃金処遇が労働基準法3条に反し不法行為といえるか

 労働基準法3条が憲法14条の趣旨を受けて社会的身分による差別を絶対的に禁止したことからすると、同法同条の「社会的身分」の意義は厳格に解すべきであり、自己の意思によっては逃れることのできない社会的身分を意味すると解するのが相当である。また、同条の解釈は民事上の損害賠償請求の場合においても特定の行為が違法か否かの基準となるのであるから、上記場面においても同様に解釈するのが相当である。そして、嘱託職員という地位は自己の意思によって逃れることのできない身分ではないから、同条の「社会的身分」には含まれないというべきである。よって、本件賃金処遇が労働基準法3条に違反し違法であるとはいえない。

3 本件賃金処遇が男女平等を定める労働基準法4条に反し不法行為となるか

 被告は相談員として採用する嘱託職員については、募集に当たって性別を問わないものとしていたことが認められ、嘱託職員に適用する給料表を男女別に作成していたわけではないことを考慮すると、原告が女性であることを理由にして機会の平等を侵害するような作為を行ったとは認められない。したがって、原告についての本件賃金処遇が女性であることを理由とする差別的な取扱いといえないことは明らかである。

 原告は、被告の嘱託職員は京都市退職者を除いて全員女性である旨及び非正規職員のうち女性が多数であり、非正規職員に対して一般職員より低い処遇をすることは女性の待遇を低くすることであって、間接差別である旨主張する。しかし、京都市役所を退職した女性であっても被告の嘱託職員となり得ること、被告における業務の内容及び利用者である女性から見た場合、女性が業務を担当する方が利用しやすい側面があること、女性の立場から女性の社会における地位の向上に役立つ仕事をしたいとして被告への就職を希望する者も多いと考えられることを考慮すると、嘱託職員の待遇それ自体が間接的に女性を差別するものになっているとは認め難い。また、そもそも労働基準法4条は機会の平等を定めた規定であると解されるところ、本件賃金処遇が非正規職員のうち女性が多数であることによって、原告についてどのような機会の平等を侵害しているのかについて、具体的な主張はない。よって、本件賃金処遇が労働基準法4条に違反するとはいえない。

4 本件賃金処遇が同一価値労働同一賃金の原則ないし公序等に反し不法行為となるか

 ILO100号条約は、同一価値労働同一賃金の原則について言及しているが、その具体的な実現については、各加盟国が策定していく具体的な適用促進策によって具体化が図られることを当然の前提とした文言を使用していることを考慮すれば、同条約に自動執行力があるとはいえない。次に国際人権規約は、同一価値労働同一賃金の原則を一般的に宣言するとともに、男女差別の観点からは、同一労働に同一賃金が支払われるべきことを宣言している。しかしながら、前記の文言は、男女差別の観点を含まない、例えば男性労働者相互、女性労働者相互で比較した場合に、同一価値労働同一賃金が保障されるべきであるとまで明言しているのかという観点からみると、自動執行力を有すると解することは困難である。また国連女性差別撤廃条約は、雇用の分野における女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとる旨規定しているが、同一価値労働同一賃金それ自体について具体的な共通の規範を策定したものとはいえないから、同条約が同一価値労働同一賃金の原則という観点から見て自動執行力を有するものと解することはできない。

 労働基準法4条の文言は「同一価値労働」ではなく「同一労働」となっており、「同一労働」が「同一価値労働」と同義であるとは解釈し難い。

 非正規雇用者の賃金について、一定の法律上の枠組みが設定されたのは「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(平成5年12月1日施行)が初めてであるが、同法の定めにより通常の労働者と同視すべき短時間労働者については同一価値労働同一賃金の原則を貫徹するような規定が置かれたものの、そこまでの事情が認められないパートタイマーについては努力義務規定が置かれたに過ぎないことは明らかである。また、近時制定された労働契約法においても、その3条2項で均衡処遇の原則が規定されているにすぎず、同一価値労働同一賃金の原則の採用を正面から義務付けるような規定は置かれていない。これら事実に加え、本件全証拠をもってしても、ILO100号条約の批准に当たって、今後どのような手法で同一価値労働同一賃金の原則を定着させていくかについての議論が行われたとは認められないことを考慮すると、労働基準法4条の解釈として、同条が同一価値労働同一賃金の原則を定めたものと解することはできない。

 以上によれば、憲法14条及び労働基準法4条の根底にある均等待遇の理念、上記各条約等が締結されている下での国際情勢及び日本において労働契約法等が制定されたことを考慮すると、当該労働に対する賃金が相応の水準に達していないことが明らかであり、かつ、その差額を具体的に認定し得るような特段の事情がある場合には、当該賃金処遇は均等処遇の原則に照らして不法行為を構成する余地があるというべきである。

原告は被告から相談員としての経験を評価され、請われて相談員として勤務することとなり、質の高い相談業務を行っており、相談業務は被告の主要業務の一つと位置づけられ、本件雇用期間中、相談室に一般職員が配属されたことはなく、原告はDV等をテーマとした企画を立案し、記録していると認められることからすると、原告は一定の責任を持って企画業務を行っていたといえる。更に原告は、外部との連絡会議に参加するなど対外的にも被告の担当者として業務を行い、事業についてのヒアリングなどにも参加して事業の検証等に関与した。
こうした点を考慮すると、原告は一般職員の補助としてではなく主体的に相談業務等につき一定の責任をもって遂行していたといえ、他の相談員と比べても質の高い労務を提供していたといえる。ところが、被告の職員給与規定には、嘱託職員が質の高い労務を提供した場合の加給や一般職員への登用の可能性等について具体的な定めを置いていないから、原告の提供した労務の内容に対して、適切な対応をし得るような内容になっていなかったといえる。他方、一般職員については、事実上、教員免許、社会教育主事等の資格を有している者を採用していること、職務ローテーションを実施していること、苦情対応についての責任の度合いが異なること、一旦退職して大学等で学んだ後に必ず再雇用される保障があるわけではないこと、これに対して原告は雇用期間を1年間とする契約を更新し、職務ローテーションの対象とはならず、本件雇用期間前ではあるが研究のため一旦退職するなどしていることが認められる。このような事実を考慮すると、原告は通常の労働者と同視すべき短時間労働者に該当するとまでは認め難い。また、原告が従事していたのと同様の相談業務を実施している他の法人等における給与水準がどの程度か、原告のように質の高い労務を提供した場合にどのような処遇が通常なされているかという点や、司書資格を要するとされる図書情報室勤務の嘱託職員と比べて原告はどの程度賃金額を区別すれば適当なのか、他の相談業務に従事する嘱託職員と比べてどの程度賃金額を区別すれば適当なのかという点について具体的な事実を認めるに足りず、したがって、原告に支給されていた給与を含む待遇について、一般職員との格差ないしその適否を判断することは困難である。したがって、原告の主張は採用することができない。
適用法規・条文
07:労働基準法4条,
収録文献(出典)
その他特記事項