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財団法人I記念会解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
財団法人I記念会解雇事件
事件番号
東京地裁 - 平成18年(ワ)第21980号
当事者
原告 2名A、B
被告 財団法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年04月22日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 被告は、女性の政治的教養の向上、理想選挙の普及徹底を図り、日本女性の地位の向上を図ること等を目的とする財団法人であり、原告Aは平成6年9月、原告Bは平成8年9月にそれぞれ被告に雇用され、それぞれ講座事業、会計を担当していた者であって、いずれも個人加盟の単位労働組合である「女性ユニオン東京」(組合)の組合員である。

 組合と被告は、賃金引上げについて、平成18年3月から6月8日まで4回団体交渉を持ち、少額の賃上げと3ヶ月分の賞与の支給で妥結した。同月7日、被告の常務理事は、職員全員に対し、婦選会館は耐震補強工事が必要である旨説明し、同月12日、同会館を6月限りで使用中止とする旨発表した。組合は耐震補強工事等の予定を明らかにするよう求めたところ、被告は同年7月7日、全職員に対し、(1)建物の使用禁止期間は7月1日から工事終了までとすること、(2)受講料納入済みの一部講座は他の会場を借りて行うが、それ以降は受講の募集を中止すること、(3)出版事業については11月以降は外部委託も含めて検討中であること、(4)事業を調査出版と婦人参政資料の整備に特化することにより職員を2名とすることを発表した。その上で、被告は、原告らを含む6名に対する退職勧奨を行った。
 組合と被告は、7月7日、24日、8月8日と団交を重ねていたところ、被告は8月10日付けで、勧奨退職に応じない原告A及び原告Bに対し、同日付けの解雇を通告した。これに対し、原告らは、(1)被告の財政状況は原告らを解雇しなければならないほど逼迫したものではないこと、(2)耐震工事を理由に事業を縮小し人員削減を行う使用者は聞いたことがないこと、(3)被告の設立目的及び寄附行為所定の事業を無視した事業特化方針は存立目的に違反すること、(4)最も多くの収入を上げていた英語教室・政治講座等を中止することは自ら首を絞める行為であり、これら事業を担っている職員を切り捨てることは被告の存在理由に照らしても到底許されないこと、(5)代替教室を借りて英語教室・政治講座を行うことも検討せず、経費節減等の努力が欠如していること、(6)合理的な人選基準が存在しないこと、(7)耐震診断結果報告書を組合に提示せず、突如退職勧奨を行った後その僅か1ヶ月後に解雇通告を行うなど誠実な協議がなされていないことなど整理解雇の要件を満たしていないことを主張したほか、本件解雇は不当労働行為にも該当することから、無効であるとして、被告の職員としての地位の確認及び賃金の支払いを求めた。
主文
1 被告は、原告Aに対し25万2150円、原告Bに対し18万3980円、及びこれらに対する平成18年8月1日から各支払済みまでいずれも年5分の割合による金員を支払え。

2 原告らのその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを8分し、その1を被告の、その余を原告らの負担とする。
4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。
判決要旨
1 人員削減の必要性について

 一般に整理解雇とは、解雇の対象とされた労働者の側に特段の落度がなく、専ら企業の経済的事情に基づき余剰人員を削減する必要が存し、一定基準に該当する労働者を余剰人員として解雇する場合と解される。被告は、いわゆる整理解雇の4要件については、大企業の長期雇用システムを前提として雇用を維持するため採られる法理に基づくものであるから、このような雇用関係下にない労働者には、上記判断基準はそのまま適用されない旨主張するが、いかなる事案においても、整理解雇とは専ら企業の都合に基づき人員整理が行われるのであるから、この点を踏まえ、事案の個性に応じた要件の設定とその充足の度合いが検討されるべきである。

 被告の財政状況は、財産面では固定資産が多いこと、現金預金には使途を特定されたものが多く一般会計に属するものは少ないこと、負債はなく安定していること、事業面では規模が小さく収益力は高くないことが特徴として挙げられる。

 本件人員整理がされたのは、被告が、(1)貸室事業、(2)講座事業、(3)出版事業を行うこと及び(4)会費収入、(5)寄附金による収入を得るというやり方から、a女性問題の調査研究・出版、b女性参政関係史資料の整理・保管・公開に特化することとした点にあることは、当事者間に認識の相違はない。被告がこのような見直しをした原因として、(1)財務体質が赤字構造であり、収益構造の見直しが必要であると分析していたこと、(2)この見直しの過程で、活動の拠点である婦選会館が耐震性を欠くことが判明したため、多額の資金が必要になるところから、事業の取捨選択をすることとしたものと認められる。このような事業方針の転換は、最善かどうかはともかく、一応の合理性が認められ、不相当とはいえない。被告の理事長らは、被告の運営に関する裁量権を有しているから、その判断が常軌を逸するようなものでない限り、仮に他にも経営上の選択肢があり、経営者の採った選択が最善ではないと考える余地があっても、これに容喙すべきものではないというべきである。

 原告らは、(1)被告の財政状況が原告らを解雇しなければならないほど逼迫したものではないこと、(2)耐震診断の結果、耐震性に疑問があることが判明したからといって、直ちに事業を縮小する必要はないこと、(3)事業特化方針は被告の設立目的に反することなどから事業方針の転換が不合理である旨主張する。しかしながら、被告は、単に建物の耐震性を理由に事業を縮小したことを主張しているのではなく、もともと赤字構造であり事業の転換を図らなければならないと検討していたところに耐震性の問題が発生したために、更に相当の支出が必要となり、被告の収益を圧迫しかねないため、この時点で事業特化することとし、人員削減が必要になった旨主張しているものと解され、それだけが事業転換の理由となっているものではない。

 これまで被告が行ってきた事業が設立目的に適うことは明らかであるから、被告が事業特化する2本柱のうち、婦人参政関係史資料の整備、保管及び公開は設立目的に適うことは言うを待たない。他方、もう1本の柱である貸室事業は、これまでも婦人問題に関わる特殊な借主以外貸借しなかったのであり、今後もこの傾向に大きな変化があるとは考えにくいので、設立目的から逸脱するとは直ちにいえない。他方、講座事業等を取り止めることは、被告の設立目的の実現から一歩後退することは疑いがないが、経営者は、法人の設立目的事業のすべて行わなければならないものではなく、財政状況その他の事情の許す範囲で選択して行うことは当然に許容されるから、講座事業の廃止が設立目的から直ちに逸脱することにはならない。以上により、被告の事業特化の方針が、被告の設立目的に違反するとはいえず、本件解雇が必要性を欠くことにはならないというべきである。そして、講座事業から撤退する以上、これに関わる人員は余剰となるので、人員削減の必要性は認められる。

2 解雇回避努力について

 被告は極めて小さな規模の事業所であり、もともと解雇を回避して配転や出向で対処する余地が存せず、これが前記事業特化を行うとすれば、解雇以外に途はないと考えられる。そして、被告は退職勧奨を行い、退職を前提の話合いによる解決を目指したが、原告らは退職を前提の話合いには一切応ぜず、そうするうちに事業終了日と被告が定めた平成18年8月10日が到来したため、被告は原告らを解雇したこと、組合員のうち1名は退職勧奨を受け入れて退職していることの各事実が認められる。このような事実に照らせば、被告は解雇の回避に向けて一応の努力をしたと認められる。

3 人員選定の合理性について

 被告の人員規模、事業規模及び事業特化の方針からすれば、事業特化後の被告は、最小限の人員で足りると解される。原告Aについては、講座事業廃止により余剰人員となり、原告Bについても、同人以上に広い領域の事務をこなせる者がいることが認められるから、人員削減の対象とされたことは不合理とはいえない。

4 解雇に向けた手続きの相当性について

 被告は、平成18年7月7日の団体交渉前に、初めて事業特化の方針と、原告ら職員6名が余剰人員となるので退職して欲しいことを告げ、同年8月10日に原告らを解雇した。この事実経過からすれば、原告らが唐突に感じたのも無理からぬところがあったといえるが、平成17年12月には耐震診断報告書等が提出されたことが契機となって事業特化方針が決定されたところ、平成18年6月に入ってからは、被告では次々と意思決定を要する必要が生じ、原告ら職員への唐突な感のある退職勧奨につながったものといえる。したがって、被告の対応は、迅速性や透明性が不十分との感を与える点がないとはいえないが、特に決定事項の開示を遅らせたともいえず、また採るべき策がそう多いとはいえない中で退職勧奨を行っているといえるから、手続的に不相当とはいえない。

5 本件解雇が不当労働行為に当たるか

 原告ら及び組合と被告との、本件解雇に関わる交渉経過からすれば、被告が、組合との間に、団体交渉に応諾し自主的に問題解決に努力する旨の条項を交わしていながら、以前は団体交渉を行わないなど、組合を軽視してきたような様子が看取される。しかしながら、本件解雇に関しては、被告は一応説明と交渉の義務を果たしていると認めることができるから、団体交渉拒否の不当労働行為は認められない。また、被告は、平成18年10月以降1年半にわたり、ほとんど休眠状態になっていると認められるので、本件解雇を組合つぶしのための偽装倒産と表することもできない。したがって、この意味における不当労働行為も認められない。

6 平成18年7月賞与支給の請求について
 被告では、7月の賞与については在職1年以上の職員には1ヶ月分を支給することになっていること、平成18年度賃上げに関する団体交渉の中で、常務理事は賞与を夏冬で3ヶ月分出すと述べていたこと、これまで被告の業績や職員の成績を理由に減額したことはないことは、いずれも当事者間に争いがない。ところで、平成15年度、16年度も一般会計中の現金預金は職員全員の賞与分には及ばなかったが賞与は支給されてきたし、被告は職員2名を残して退職させたにもかかわらず、福祉運用資金として1500万円以上の現金預金が遺されていること、婦選会館の整備改修積立金は6750万円余あることが認められ、借用等も可能であることを考えると、賞与も支払うことができないほど財政が逼迫しているとは考えられない。原告らが解雇されたのは平成18年8月10日付けであり、賞与支給日の同年7月末には在籍していたから、原告らに7月賞与支給の請求権があると解するのが相当である。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働経済判例速報2007号21頁
その他特記事項