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T社女性技術者うつ病解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
T社女性技術者うつ病解雇事件
事件番号
東京地裁 − 平成16年(ワ)第24332号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年04月23日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
被告は、電気機械器具製造等を業とする株式会社であり、原告(昭和41年生)は、大学卒業後の平成2年4月被告に雇用された女性である。

 原告は、平成10年1月に深谷工場へ転勤となり、液晶生産技術部アレイ生産技術第二担当となってプロジェクトリーダーを務めていたところ、平成12年12月頃から長時間労働に追われるようになり、平成13年1月頃からは多発するトラブルの対応に追われるなど、精神的負荷を負った。また、同年4月に組織変更が行われ、3人の担当のうち1人が外れ、5月からは原告を含む2名体制となったほか、原告は経験のない反射製品開発業務等も担当することとなった。

 原告は、同年4月に、神経科を受診した後、同年6月からは頭痛・不眠・疲労感等の症状が重くなり、神経科に通院するようになった。原告は同年7月から8月にかけて有給休暇等を利用して10日間療養したが、出勤後も元気がなく、医師のアドバイスにより同年9月から療養生活に入ることにし、同月4日から30日まで休み、翌日から一旦出勤したものの、同年10月9日、診断書を被告に提出して欠勤を開始した。平成14年5月13日、原告は医師の許可を得て午前中のみの条件で出勤したが、同月15日より再び長期欠勤に入った。平成15年1月10日、原告の欠勤期間が所定の期間を超えたことから、被告は原告に対し休職を発令したが、休職発令後も欠勤中と同様、原告に対しカウンセリングを定期的に実施した。平成16年7月13日、原告は産業医の要請に応じて職場復帰に関する主治医の見解を持参したが、その見解は「今後も長期的な治療が必要」というものであった。被告担当者は、同月23日、原告と面談し、職場復帰に向けた被告の考え方を説明し、原告に対し、職場変更、執務環境の整備等について説明し、復職するよう説得したが、原告は休職期間満了日までに職場復帰は不可能である旨告げた。そこで、被告は同年8月6日、原告に対し、同日付けで所定の休職期間満了を理由とする解雇予告を行った上、同年9月9日付けで原告を解雇した。

 これに対し原告は、長時間深夜残業・休日出勤が連続し、多発するトラブル対応等に追われるなど、業務上過度の精神的負荷を負い、それにより精神疾患を発症したもので、原告の精神疾患と業務との間には相当因果関係があることが明白であり、現在もなお療養中である以上、本件解雇は労働基準法19条1項に違反し無効であるとして、労働契約上の権利を有することの確認と賃金の支払いを請求した。
 なお、原告は、平成16年9月8日、労働基準監督署長に対し、うつ病が業務上の傷病であるとして、休業補償給付支給請求及び療養補償給付たる費用請求をしたが、同署長は、平成18年1月23日、原告のうつ病が業務上の事由によるものとは認められないとして、不支給決定処分をした。そこで原告は、同処分を不服として、労災保険審査官に対し審査請求を申し立てたところ、同審査官は同年12月22日、審査請求を棄却する旨の決定をした。
主文
1 原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 被告は、原告に対し、平成16年10月から本判決確定の日まで、毎月25日限り月額47万3831円の割合による金員を支払え。

3 被告は、原告に対し、835万1282円及びこれに対する平成16年12月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 原告のその余の請求を棄却する。

5 訴訟費用はこれを5分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
6 この判決は、第2項及び第3項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件解雇の有効性

 労働基準法19条1項において業務上の傷病等によって療養している者の解雇を制限している趣旨は、労働者が業務上の疾病によって労務を提供できないときは自己の責めに帰すべき事由による債務不履行とはいえないことから、使用者が打切補償(労働基準法81条)を支払う場合又は天災事故その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合でない限り、労働者が労働災害補償としての療養(労働基準法75条、76条)のための休業を安心して行えるよう配慮したところにある。そうすると、解雇制限の対象となる業務上の疾病かどうかは、労働災害補償制度における「業務上」の疾病かどうかと判断を同じくすると解される。そして、労働災害補償制度における「業務上」の疾病とは、業務と相当因果関係のある疾病であるとされているところ、同制度が使用者の危険責任に基づくものと理解されていることから、当該疾病の発症が当該業務に内在する危険が現実化したと認められる場合に相当因果関係があるとするのが相当である。したがって、労働基準法19条1項にいう「業務上」の疾病とは、当該業務と相当因果関係にあるものをいい、その発症が当該業務に内在する危険が現実化したと認められることを要するというのが相当である。

 原告の平成12年11月から平成13年4月までの就労については、所定時間外労働時間は平均90時間34分、法定時間外労働時間は平均69時間54分であり、いずれにせよ。疫学的研究で有意差が見られたとする「60時間以上」を超えており、その業務内容も、新規性、繁忙かつ切迫したスケジュール等、原告に肉体的・精神的負荷を生じさせたということができる。一方、原告は平成12年12月に神経症と診断されているが、精神疾患の既往歴はなく、家族にも精神疾患を発症した者はいない。したがって、原告が平成13年4月に発症したうつ病は、原告が従事した平成12年11月から平成13年4月までの業務に内在する危険が現実化したものというのが相当である。

 被告は、当時の原告の実態は、精神疾患を発症させるような特に過重な業務とはいえないし、最終出勤日以降6年間以上も業務に一切携わっていないにもかかわらず治癒していないことからも、業務起因性が否定される旨主張する。しかしながら、業務起因性を認めるためには、うつ病を発症させる程度に過重であれば足りるのであって、「特に過重な業務」である必要は必ずしもなく、原告の業務の量・質に照らせば、原告の休日・休暇の取得の実態並びに睡眠時間の実態をもってしても、なお業務起因性を認めることを妨げるものではない。してみると、原告の業務とうつ病の発症との間には相当因果関係があるということはでき、当該うつ病は「業務上」の疾病であると認められる。そうすると、本件解雇は、原告が業務上の疾病にかかり療養のために休業していた期間にされたものであって、労働基準法19条1項本文に反し、無効であるといわざるを得ない。

2 被告の債務不履行責任又は不法行為責任の有無

 一般に、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う。

 本件において、被告はプロジェクトに関し、短期間の余裕のないスケジュールを組み、原告に特別延長規定の定める時間をも超える長時間労働をさせている。また、被告においては平成12年4月に、従業員のメンタルヘルス対策に着手していたのであるし、平成13年3月及び4月の問診結果から、原告が頭痛、不眠等の自覚症状を訴え始めていることを認識していたものと認められる。にもかかわらず、被告は同年4月以降も原告の業務を軽減することなく、引き続きプロジェクトに従事させ、原告と同じ担当の技術者を1名減らした(2名となった)上、反射製品開発業務という原告が携わったことのない業務を併任させ、原告を5月下旬に12日間連続して欠勤させた上、同業務ができないとの原告の申し出を事実上拒否した。そして、被告は、定期健康診断等で原告のストレス感、抑うつ気分、自信喪失に気付き、業務負担軽減等の措置を講じる機会があったにもかかわらず、かえって、同年7月に会議の提案責任者として当たらせた。してみると、原告が平成13年4月にうつ病を発症し、同年8月頃までに症状が増悪していったのは、被告が、原告の業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないような配慮をしない債務不履行によるものであるということができる。

 もっとも、被告は、同年8月下旬には原告の業務を限定し、翌9月からの療養を勧め、カウンセリングを定期的に受けさせ、職場復帰に向けた対応等をしていることが認められるから、被告の同年8月下旬以降の対応については、これを原告の病状の悪化と因果関係がある安全配慮義務違反ということはできない。

3 損害額

 被告の原告に対する本件解雇は無効であるし、原告は業務上の疾病であるうつ病により労務の提供が社会通念上不能になっているといえるから、原告は民法536条2項本文により、被告に対し本件解雇後も賃金請求権を失わない。そして、その賃金額は、平成12年の平均月額47万3831円と認めるのが相当である。また、原告は業務上の疾病であるうつ病により労務の提供が社会通念上不能になったのであるから、平成13年9月から本件解雇前の平成16年8月分までの賃金請求権を有しているといえる。
 本件解雇及び被告の安全配慮義務違反と相当因果関係のある損害は、治療費17万3500円、診断書作成料5万6200円、交通費20万円、慰謝料200万円、弁護士費用80万円とするのが相当である。
適用法規・条文
02:民法536条2項,
07:労働基準法19条1項、75条、76条,
収録文献(出典)
労働経済判例速報2005号3頁
その他特記事項