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Tスポーツ(Mカントリー倶楽部)キャディ配転事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- Tスポーツ(Mカントリー倶楽部)キャディ配転事件
- 事件番号
- 宇都宮地裁 - 平成18年(ヨ)第126号
- 当事者
- その他債権者 個人17名 A〜Q
その他債務者 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 2006年12月28日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下
- 事件の概要
- 債務者は、栃木県内で、Mカントリー倶楽部(本件倶楽部)を含む4カ所のゴルフ場等を経営する株式会社であり、債権者らは、本件倶楽部でキャディとして勤務している女性である。
債権者らは、平成14年4月1日以降、従来の期間の定めのない雇用契約から期間を1年間とする雇用契約への変更について訴訟を起こしているところ、債務者は債権者らが加入する組合(本件組合)との平成18年5月末における団体交渉において、赤字解消のためにキャディ制度の廃止を含む抜本的な検討、希望退職の募集などを提案した。これに対し本件組合は、本件倶楽部の経営実態と再建策の明確化、キャディ制度の廃止等については組合と合意の上で実施すること等を要求した。一方、債務者は、多数組合とも協議を重ね、現行キャディ制度は廃止するが、個人事業主形態のキャディ職として、退職支援金を60万円増額することで、希望退職に関する協定書を締結した。その後債務者は、本件組合に対しても、希望退職の募集を実施し、平成18年12月31日限りで現行キャディ制度を廃止することを通告した。これに対し、本件組合は一方的であるとして債務者に抗議をすると共に、キャディ制度の廃止によって組合員の雇用、労働条件がどうなるか明らかにすること、計算書類、資産、業績改善の見込み等を開示することなどについて回答を求めた。
債務者はこれを受けて、今後の債権者らキャディの業務は、ボスティング、駐車場整理、環境美化業務、フットサルコートでの業務などと回答したが、本件組合は、債権者らを今後もキャディ業務に従事させること、配転命令は組合と合意なく実施しないこと、身分及び賃金・労働条件、計算書類等を開示することを求めた。その後債務者と本件組合との間で交渉が行われたが、合意に至らないまま、債務者は債権者らに対し、平成19年1月からの配転命令を発した。
これに対し債権者は、(1)キャディ職の専門性及び勤務地が限定されていることに照らせば本件配転命令は労働契約の範囲を超えること、(2)本件配転命令は、債権者らが有期契約への変更に応じず、訴訟を提起したことに対する報復であり、本件組合に対する差別的取扱いとして不当労働行為であること、(3)専門性の高い債権者らを個別に分離して単純労働に従事させることは権利濫用に当たること、(4)本件配転が実施されれば、遠距離通勤となるほか、20%程度の減収となることなどを主張して、本件配転命令の差止めを求めた。 - 主文
- 1 債務者は、債権者らに対し、そのキャディー職を解く旨の配置転換命令をしてはならない。2 債権者らのその余の申立を却下する。3 申請費用は、債務者の負担とする。
- 判決要旨
- 1 雇用契約における職種の限定
債権者らは、債務者によるキャディ職従業員として採用され、一般職とは異なる就業規則及び給与規定の適用を受けてきたこと、キャディ職は一定の専門的知識を必要とする職種であり、債権者らの多くは、キャディ職としての研修を継続して受けながら、長期間勤務を継続してきたこと、キャディ職従業員が他の職種へ配置転換されるのは例外的な場合であったことからすれば、債務者と債権者らとの間の雇用契約においては、職種をキャディ職と限定する旨の特約が存在したと認めるのが相当である。以上によれば、債務者は、債権者らの同意なくして、その職種をキャディ職以外の職種に変更することはできないものと言い得る。
2 権利の濫用
債務者は少なくとも平成19年3月31日までは、本件倶楽部を含む4ゴルフ倶楽部の運営を行い、うち3倶楽部においてキャディ制のプレーを実施する予定であり、その後のゴルフ事業からの撤退についても、T不動産から口頭で解約の連絡を受けたというものであって、その詳細も、実現の確実性も明らかでない。そして10月以降、キャディ職従業員について、人数が足りないことこそあれ、余剰が生じている状況にはなかったのであるから、平成19年1月以降についても、債務者の運営するゴルフ倶楽部において債権者らがキャディ職として稼働する需要はあるということができる。
また、債務者は、平成19年1月以降、本件倶楽部他2倶楽部でのキャディとしての業務を、希望退職に応じた元キャディ職従業員に依頼することを予定していることが窺われるが、本件組合の組合員である債権者らにキャディ業務を行わせることなく、多数組合の組合員である元キャディ従業員について主にこれを行わせることは、不当労働行為に該当する可能性もあり、債権者らがキャディ職として稼働する需要を否定するものではない。 平成18年5月末の団体交渉においては、債務者側から希望退職の募集の提案をし、本件組合から本件倶楽部の再建策等を求められても一顧だにしなかったこと、9月に至り、債務者は、多数組合との間で希望退職の実施について妥結するや、本件組合に対しては、現行キャディ制度を廃止した場合の債権者らの雇用や労働条件について何ら具体的案を提示せず、一方的に希望退職募集の実施と現行キャディ制度の廃止を通告したこと、11月初めに、突如として平成19年4月以降ゴルフ事業から撤退する旨表明し、同月末になってようやく、平成19年1月以降配転を予定している債権者らの就労場所の候補地や賃金額の提示に至ったことが認められる。
このように、キャディ制度の存廃という雇用及び労働条件に重要な変更を及ぼす事項についての検討や、従業員への説明可能な程度の経営施策等の決定も未了なまま、ただ人員削減の目的で希望退職募集を提案したこと、雇用及び労働条件について具体案を提示しないまま現行キャディ制度の廃止を通告するに至ったこと、特段支障がないにもかかわらず計算書類の開示を一律に拒絶したことは、債務者において債権者らに対し誠実に対応したものとは到底いい難い。更に11月末から12月中旬になってようやく、就労場所の候補地、賃金額、具体的就労場所を提示するなどは余りに遅きに失し、債務者には債権者らの意思に配慮して配転を行おうとする姿勢が欠落しているものと断ぜざるを得ない。以上によれば、債務者は、本件配転命令の予告に至る過程その後の債権者らへの対応において、債権者らの雇用、労働条件等に関する問題の解決に向けて本件組合と誠実に協議を行ったものと評価することはできず、債務者の対応は、本件労使合意に抵触し、労使間の信義に反するものというべきである。
職種変更命令が実施された場合には、これに伴い、債権者らのうち相当数の者について、通勤時間及び通勤距離が片道2時間超、片道平均80km超を余儀なくされ、多大な負担が生じることになる。また、年間250万円という高額とはいえない賃金を、更に20%も減額する点については、債権者らはこれにより日々の生活において大きな困難を被ることが当然予想されるものであるし、個人事業主形態のキャディが取得するラウンド給よりも賃金が低額となることになる。加えて、職種の変更に伴う賃金の減額の点については、事務職等他の従業員についても対象とするか否かを検討した上で決定したとは窺えず、債権者らのみ賃金減額につながる職種変更の正当性は認められない。上記事情を総合考慮すれば、職種変更命令を行うことは、職種限定特約違反の点を措くとしても、権利の濫用に該当し、許されないものというべきである。
3 就労場所変更命令について
債務者は、本件倶楽部以外にも2つのゴルフ倶楽部においてキャディ付きプレーを実施しており、これらのゴルフ倶楽部において債権者らがキャーディ職として稼働する需要はあること、債権者らがこれらのゴルフ倶楽部への通勤に要する通勤時間及び通勤距離は、長くとも片道1時間半以内、片道平均40km前後であり、債権者らの通勤に過大な負担が生じるとはいえないことを考慮すれば、仮に就労場所をこれらのゴルフ倶楽部へ変更する内容の就業場所変更命令が出されたとしても、債権者らに著しい損害が生じるものとはいえないから、職種変更命令の発令を禁止することに加えて、就労場所変更命令の発令を禁止する必要性までは認められないというべきである。 - 適用法規・条文
- 02:民法1条2項、3項
- 収録文献(出典)
- 労働判例932号14頁
- その他特記事項
- 本件は、平成14年に、期間の定めのない雇用契約から有期雇用契約への変更を巡って訴訟が行われた(第1審 宇都宮地裁-平成14年(ワ)669号 2007年2月1日判決、第2審 東京高裁-平成19年(ネ)1119号 2008年3月25日判決)
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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