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A社店長うつ病自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- A社店長うつ病自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 京都地裁 - 平成13年(ワ)第1607号
- 当事者
- 原告 個人3名A、B、C
被告 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2005年03月25日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、レストランの経営、飲食及び喫茶営業等を目的とする株式会社であり、T(昭和22年生)は、昭和50年7月に被告との間でアルバイトとしての雇用契約を締結した後同年9月に正社員となり、昭和57年6月から鷹匠スイートピア店長、昭和61年2月から三条店チーフとして勤務した後、平成4年7月から同店店長に昇格した。
被告社長は、三条店の営業活動を活発化させるため、営業活動の不得手なTを異動させることとし、Tに異動の内示をしたところ、Tは平成8年1月頃一度は異動を承諾したものの、その後数回にわたり社長に対し異動について抵抗した。
Tは、転職を考えて、同月31日タクシー会社から内定通知を受けたが、その翌日泌尿器科で、排尿時の痛み、食欲不振、ノイローゼ状態であること等を訴え、神経科で抗不安剤、抗うつ剤を処方された。Tは、同年2月上旬頃、食事量も徐々に少なくなり、睡眠も3〜4時間程度で夜中に何度も目がさめるなどと原告Aに訴え、三条店の階段で足を滑らせて転落(本件転落事故)し、怪我をして入院した。その際、Tは原告に対し転勤と言われノイローゼになっていること、店長として自信をなくしたこと等と訴え、同月11日、社長の見舞いを受けた後退院を強く希望して、同月12、13日三条店に出勤した。
同月14日、Tは社長に対し、異動はしたくないので、三条店のチーフにするよう要望したが、社長はこれを断ったところ、Tは同日の勤務を終え、翌15日午前1時15分頃、団地の4階から投身自殺した。
Tの妻である原告A、Tの子である原告B及び同Cは、Tの自殺は過重な労働によるものであり、被告には安全配慮義務違反があったとして、被告に対し逸失利益、慰謝料等として、原告Aに対し3606万2662円、同B及び同Cに対し、各3135万0362円を支払うよう要求した。 - 主文
- 1 被告は、原告Aに対し、2112万2818円及びこれに対する平成13年6月30日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を、原告B及び原告C各自に対し、2208万0440円及びこれに対する平成13年6月30日から支払済みまで年5パーセントの割合による各金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを3分し、その2を被告の、その余を原告らの各負担とする。
4 この判決は、1項に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 Tの長時間労働等の有無
Tの平成7年1月21日から平成8年2月14日までのタイムカード上の労働時間を見ると、休日は月2回程度しかなく、1日平均約12時間に及んでいる。被告らは、Tは店長の裁量として、勤務時間を決定すること及び業務を他の従業員に委ねることができたことを主張し、店長として三条店の業務の一部を従業員に委ねるなどして、自らの業務の負担を一定程度軽減することができたと認められる。しかし、勤務時間は平均して12時間程度であったことからすれば、被告から三条店店長として与えられた裁量をもって勤務時間の軽減を容易に図ることができたとはいえないし、またTが率先して業務に関与し、かつ会計管理を行っていたことは店長業務の遂行の態様として通常で、自らの負担を殊更に過重していたものともいえない。そして、これに加えて、三条店の売上げは十分に回復しておらず、社長はTに対して売上げの回復を求め続けていたことに照らせば、Tは被告により過重な労働を強いられていたというべきである。また、Tの異動は経営上の必要に基づく一応正当なものというべきであるが、Tが何度も抵抗を示しているにもかかわらず社長が強く異動を説得しており、これがTに対するストレス要因となったといえる。
以上によれば、Tの三条店における業務の遂行については、(1)過重な長時間労働が持続し、(2)店長としての業務内容は過重であるとともに、三条店の売上げ減少により、これを回復するために種々努力を重ねることを要求されたが、その効果が十分に出ていない状況にあり、(3)社長がTの異動を決めて、Tの意に反して実行すべく強く説得するなど、職場におけるストレス要因が積み重なっていたと認めるのが相当である。
2 長時間労働等とTの自殺との間の相当因果関係の有無
Tは、精神疾患の既往歴はなく、調理師として被告に入社し、平成4年三条店店長に昇格したが、責任感が強い性格も影響して、平成7年秋頃から、快楽感情への興味が減退し、疲労度の増加、頭痛、腹痛を訴えており、長時間労働の結果、平成7年12月頃からは、抑うつ気分、焦燥感、全身倦怠、疲労感、会話の減少、関心の低下、思考力低下、おっくう感、自信喪失、閉塞感、睡眠障害、罪責感情、食欲変化などのうつ病の症状を呈するようになった末、社長から意に反する異動の内示を受けて強く説得されたことがきっかけとなって、うつ病によって、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺を思い止まる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態にて、衝動的に自殺を図ったと認めるのが相当である。
3 被告の安全配慮義務違反の有無
使用者は、雇用契約に基づき、その雇用する労働者に従事する業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことのないよう注意する義務を負うと解するのが相当である。そして、社長は三条店に日常的に出入りしていたのであるから、Tの長時間労働及び過重な業務の実態を当然知り得たはずであるが、三条店の経営改善を図ることを優先して、同人の業務などを軽減させる措置をとっておらず、本件転落事故の数日前にはTから不眠状態にあることを聞いているほか、本件転落事故の存在や、異動の内示に対してチーフに戻して欲しいなどの自信喪失と窺える訴えを聞いていたのであるから、Tの異常な精神状態を知り得たはずであったが、何らこれに対する措置もとっていなかったものであるから、被告の責めに帰すべき事由によらずにTの自殺が発生したということはできない。
4 損害額及び過失相殺の可否
Tは、67歳までの18年間の就労が可能であり、その間、平成7年度の収入である年額649万2000円を得られたはずであるから、Tの家族状況に照らし、生活費として30%を控除して算定すると、5312万1763円となる。また、葬祭料は120万円、死亡慰謝料は2600万円が相当である。
被告は、(1)Tの自殺は多分に性格などの心因的要素によるところが大きい、(2)原告らはTのうつ状態に気付いていたのであるから、被告に告知するなど何らかの措置をとるべきであったのに、これをしなかったから過失相殺減額をすべきであると主張するが、本件自殺はうつ病により正常な判断能力等が著しく阻害された状態にて行われたものというべきであるから、自殺の事実をもって直ちに過失相殺減額をすべきとする主張は採用できない。また、労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでないときは、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において、使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心的要因として斟酌できないというべきであるが、Tの性格は上記範囲を外れるものとはいえないから、Tの性格及びこれに基づく業務の遂行の態様等がうつ病の発症及び症状の悪化並びに自殺に寄与しているとしても、過失相殺減額をすべきとする上記主張は採用できない。
Tの前記損害は被告における勤務状態により生じたものであるところ、Tは自らの意思と判断に基づき被告の業務に従事していたものであり、原告AらがTと同居していたとはいえ、同人の被告における勤務状況を改善する措置を採り得る立場にあったとも容易にいうことはできない。そして、社長はTの長時間労働及び過重な業務内容を知り得、更にTの不眠の訴えを聞き、かつ本件転落事故の発生を知っても、Tの業務処理につき代替措置を何ら講じることなく、業務に従事していたTを放置していたことからすれば、原告らが被告に対してTのうつ状態の告知を行えば、被告においてTにつき適切な業務内容の軽減等の措置を講じたはずであるともいい難いし、適切な業務内容の軽減等の措置が講じられないままに、Tのうつ病につき治療が行われたとしても、これが奏功したとはいい難い。とすれば、原告らがTのうつ状態等の告知などの措置を講じなかったことをもって過失相殺減額をすべきとする上記主張は採用できない。
Tの損害賠償請求権を、原告Aが2分の1、原告B及び原告Cがそれぞれ4分の1の割合で相続するところ、原告Aは、労災保険の遺族補償年金として2093万8063円の支払いを受けているからこれを控除し、弁護士費用としては、原告Aについては190万円、原告B及び原告Cについては、各200万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 02:民法415条、709条、
- 収録文献(出典)
- 労働判例893号18頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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