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地公災基金高知県支部長(N市役所)職員自殺事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
地公災基金高知県支部長(N市役所)職員自殺事件【うつ病・自殺】
事件番号
高知地裁 - 平成16年(行ウ)第18号
当事者
原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金高知県支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年06月02日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
 K(昭和31年生)は、昭和55年4月N市役所に採用となり、平成8年4月から税務課市民税係に配属となった者である。

 市民税係は、税額を算出して納税通知書を発送すること(賦課事務作業)を主な業務とし、職員毎に担当地区を定めて賦課事務作業を行っており、Kは人口移動が多い地区を担当し、事務負担が特に多いと考えられていた。また、確定申告の時期には、その業務が加わることから、その間賦課事務作業は行えない状況にあった。

 市民税係の1人平均時間外勤務時間数は、平成9年度341時間(市役所全係中8番)、平成10年度273時間(17番)、平成11年度318時間(9番)、平成12年7月までは126時間(6番)であったが、市民税課は、例年1月中旬から6月中旬まで時間外勤務を余儀なくされる一方、それ以外の時期はほとんど時間外勤務を必要としなかった。その中で、Kの年間時間外勤務時間数は、平成8年339時間、平成9年406時間、平成10年359時間、平成11年365時間であった。

 平成12年においては、Kは自己の賦課事務作業のほかに、経験の少ない職員と共に作業に誤りがないか等の確認を行い、確定申告期間中、受付業務を補助したり、来庁者の苦情に対応したりするなどし、同年1月から4月までのKの時間外勤務時間は、1ヶ月平均80時間を超えるものとなっていた。このような状況の中で、Kは中等度うつ病エピソードに罹患し、同年7月22日、自宅において縊死した。
 Kの妻である原告は、同年11月27日、Kの死亡が公務に基づくものであるとして、被告に対し公務災害認定請求を行ったところ、被告は平成14年6月20日、Kの死亡を公務外とする処分(本件処分)を行った。原告は本件処分を不服として、地方公務員災害補償基金高知県支部審査会に審査請求をし、更に地方公務員災害補償基金審査会に対し再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて提訴した。
主文
1 被告が原告に対し、平成14年6月20日付けで行ったKの災害を公務外と認定した処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 判断基準について

 ストレス・脆弱性理論によれば、本来、環境由来のストレスの強さと、被災者の脆弱性の程度の双方をそれぞれ明らかにした上で、本件症状の発症の原因について判断する必要があるものの、被災者の脆弱性の程度は、その性質上、外部から客観的に明らかにすることが困難であるといわざるを得ないことから、比較的外部から客観的に明らかにすることが可能な環境由来のストレスの強さを明らかにして、これを客観的に評価するという方法により、本件症状の発症の原因を推認するほかないというべきである。これによれば、本件症状の発症への寄与度は、(1)環境由来のストレスの度合いが高いと客観的に評価できる場合は、被災者の脆弱性よりも、環境由来のストレスの方が大きかったと考えられる一方、(2)環境由来のストレスの度合いが高いものと客観的に評価できない場合は、環境由来のストレスよりも、被災者の脆弱性の程度が大きかったものと考えられることとなる。このように、前記(1)及び(2)のいずれの場合においても、程度の差はあれ、環境由来のストレスが本件症状の発症に寄与していることは否定できないことから、そういう意味においては、環境由来のストレスにより本件症状が発症したということができる。

 しかしながら、地方公務員災害補償制度が、公務に内在ないし随伴する危険が現実化して労働者に傷病を負わせた場合に、使用者の過失の有無にかかわらず地方公務員の損失を補償するのが相当であるという危険責任の法理に基づくものであることに照らせば、地方公務員災害補償法にいう「公務上死亡した」というためには、公務と死亡の原因との間に相当因果関係、すなわち公務と死亡の原因となった疾病との間に条件関係が存在するのみならず、社会通念上、疾病が公務に内在ないし随伴する危険の現実化したものと認められる関係にあることを要するというべきであり、公務によるストレスが単に疾病の誘因ないし契機に過ぎない場合及び環境由来のストレスが公務とは無関係である場合には相当因果関係を認めることはできない。

 以上からすれば、公務と本件症状との相当因果関係の存否を判断するに当たっては、公務による心理的負荷が、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であるか否かで決するのが相当であり、かつそれで足りるのであって、被災者の日常の職務と比較して過重な職務を遂行したといった事実は必ずしも必要がなく、上記のような評価の対象となる公務は、被災者の日常の職務であっても何ら問題がないと解すべきである。

2 公務の過重性について

 Kが従事していた賦課事務作業は、確かに機械的作業であり、裁量的な判断が要求されるものではなかったといえるが、だからといって直ちにその職務による心理的負担が小さいとは必ずしもいえず、賦課事務作業により作成された世帯台帳に記帳データを基に税額が算出されていることに照らせば、賦課事務作業は単なる補助的作業といったものにとどまるものではなく、むしろ税額を算出する作業そのものに他ならず、その作業によって税額が決定されるという性質上当然に、些細な過誤すらも許されない。したがって、賦課事務作業に従事する職員は、過誤がないように細心の注意をもってこれに臨まなければならないことからすれば、裁量的判断を要する職務と比しても、その心理的な負担の大きさに遜色はないといえる。特に市民税係では、賦課事務作業に過誤がないか担当者以外の者が再度確認するという体制が採られていないことをも併せ考慮すれば、その心理的な負担は相当に大きいものといわざるを得ない。

 また、賦課事務作業は、1月中旬から5月末にかけての限られた期間内に終えることが要求されるばかりでなく、その期間内にも幾度も種々の期限が設定されており、更に同時期に確定申告等の受付業務あることを考慮すれば、賦課事務作業に従事する職員は、半年頑張れば残りの半年はリフレッシュが可能であると形式的にはいえても、実際には迫り来る幾度もの期間に注意を払いながら、作業が期間内に終わるように臨まなければならないのであって、その心理的な負担は相当に大きいといわなければならない。Kは、そのような公務に3年4ヶ月従事した上、平成12年3月末までは市民税係で最も多い件数の地区の全世帯を担当していたところ、Kは上司や同僚から仕事が速いとの評価を受けていて、かつ平日も時間外勤務をしているにもかかわらず、平成12年2月から3月まで、28日間連続しての出勤を余儀なくされていたことなどからすれば、Kの事務負担量は、同係の中でも相当重かったことが推認できる。そして、事務負担量が増えれば、事務過誤発生の防止や、作業スケジュールの円滑な実施について払わねばならない注意が更に増したと考えられること、そのような状況にあるにもかかわらず、Kが経験の少ない職員の補助も進んで行うなどしていたことをも考慮すると、Kの公務から受ける心理的負担は、市民税係の他の職員と比較しても、相当過重であったと推認するのが相当である。

 被告は、市民税係においては6月以降は時間外勤務を要する公務がなく、年間の時間外勤務時間数は多くないとして、Kの公務が過重でないことを主張するが、1年のうち6月以降の公務が過重でないからといって、6月までの公務の過重性が否定されるものではないし、確かに市民税係の年間の時間外勤務時間数が他の係と比較して多いとはいえないものの、同係の時間外勤務が1月中旬から6月中旬にのみ集中しているという特殊性を持つことを考慮すれば、同係の6月までの公務についてみれば、他の係と比較して極めて時間外勤務時間数が多く、その間の公務が過重であるといえるのであって、被告の主張を考慮しても、Kの従事していた公務の過重性を否定するものではない。

 以上のように、Kが従事していた公務は、その心理的な負荷及びその量のいずれを考慮しても過重であったというほかなく、他にKに加わる環境由来のストレスがなかったことを併せ考えれば、客観的にみて、公務によるストレスは、精神障害を発症させる程度に過重であったというほかない。したがって、Kが従事していた公務と、本件症状の発症との間に因果関係があるものである。
 以上によれば、被告が原告に対し、平成14年6月20日付けをもってKの死亡を公務外と認定したのは違法であるから、本件公務外認定処分を取り消すのが相当である。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条
収録文献(出典)
労働判例926号82頁
その他特記事項