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真岡労基署長(R社)新入社員過労自殺事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
真岡労基署長(R社)新入社員過労自殺事件【うつ病・自殺】
事件番号
東京地裁 − 平成17年(行ウ)第243号
当事者
原告 個人2名A、B
被告 国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年11月27日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
 R社は、加工食品、冷凍食品等の販売、輸出入等を業とする会社であり、T(昭和54年生)は、大学卒業後の平成14年4月1日に同社に総合職として入社し、宇都宮支社営業部販売第一課に配属され、アパートで1人暮らしをしていた者である。

 Tは、同年10月1日から、2社3店舗の取引先を担当するようになり、当初は先輩や上司が取引先に同行したが、原則としてTが1人で取引先と商談を行った。本件会社では売上げ目標を営業担当者に示していたが、Tは目標達成が難しい状況にあった。こうした中で、Tは発注ミスや車を運転して物損事故を起こしたりした。

 Tの時間外労働時間は、4月:46時間50分、5月:38時間30分、6月:25時間、7月:36時間、8月:45時間30分、9月:40時間であったが、10月に入ってからは、10月:150時間22分、11月:149時間40分、12月(22日まで)112時間36分と大幅に増加した。このような職場環境の中で、Tは11月下旬頃に、世界保健機構の国際疾病分類第10回改訂版分類の「F43適応傷害」を発症し、その病的な状態が進んで、遅くとも12月中旬までの間に、ICD10分類の「F32 うつ病エピソード」は発病し、同月24日、自宅で縊首により自殺した。
 Tの両親である原告らは、Tの自殺は業務に起因したものであるとして、平成15年5月23日、労働基準監督署長に対し遺族補償一時金の支給を請求したが、同署長は平成16年8月5日、これを不支給とする処分を行った。原告らは本件処分を不服として労災保険審査官に対し審査請求をし、棄却されたことから、更に労働保険審査会に対し再審査請求をしたが、未だ裁決がなされないことから、本件処分の取消しを求めて提訴した。
主文
1 真岡労働基準監督署長が平成16年8月5日付け出原告らに対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償一時金を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 業務起因性の判断基準

 労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の死亡等について行われるところ(同法7条1項1号)、労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには、業務と死亡との間に相当因果関係が認められることが必要である。また、労災保険制度が、労働基準法の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば、上記の相当因果関係を認めるためには、当該死亡等の結果が、当該業務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要である。そして、精神障害の発症については、環境由来のストレスと、個体側の反応性、脆弱性との関係で、精神的破綻が生じるかどうかが決まるという「ストレス脆弱性」理論が広く受け容れられていると認められることからすれば、業務と精神障害の発症との間の相当因果関係が認められるためには、ストレスと個体側の反応性、脆弱性を総合考慮し、業務による心理的負荷が、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に、業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして、当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当である。

2 Tの精神障害発病の業務起因性

 Tの発病に先立って次々に生じた業務上の心理的負荷を伴う一連の出来事は、総合食品卸売業者における新入社員として、入社後6ヶ月にして初めて担当の取引先を与えられた平均的な営業担当者にとっては、過重な心理的負荷を伴う出来事であったと認めるのが相当である。すなわち、Tは10月になって2社3店舗の取引先の担当者になったが、急に販売価格の決定等の裁量権を与えられ、商談にも基本的には1人で臨み、それに備えての見積りや企画提案書の作成等の社内業務もしなければならなくなった。このように、Tの業務は、10月を境に、その内容・量とも急激に変化した。確かに、本件会社では、入社後半年程度で2社3店舗の取引先を与えられること自体はそれほど珍しいことではなく、先輩職員や上司がTの取引先との商談に同行したことも数回あったことが認められる。しかし、経験則上、自ら1人で商談に臨む業務が、入社半年の新入社員に与える心理的負荷は小さくないのが一般的であり、特に10月以降の仕事内容・仕事量の変化に伴い、急激な労働時間の長時間化という結果をもたらしたことをも併せ考えると、この心理的負荷の評価は通常よりも強い方向に修正するのが相当である。

 Tは、取引先の担当者との人間関係をうまく築くことができず、ジュースの納入実績を落とす結果となり、上司等からみれば気にするほどの出来事ではないとしても、新入社員にとっては相応の心理的負荷を伴う出来事であったと評価することが相当である。Tは発注ミス、交通事故とミスを連発し、これらは会社や取引先に大きな損害を与えることはなかったとしても、新入社員にとっては相当の心理的負荷を与える出来事であったと評価するのが相当である。また、Tは売上げ目標を達成することができず、あたかもノルマを課せられているように考え、これを達成することができないことに伴う心理的負荷も大きなものであったと評価するのが相当である。

 Tの時間外労働時間は、9月までは最大でも1ヶ月46時間50分であったものが、10月以降の勤務時間の長時間化に伴い睡眠不足に陥っていたものと認めることができる。専門検討会報告においても、「極度の長時間労働は心身の極度の疲弊、消耗を来たし、うつ病等の原因となることが知られている」とされていることからしても、恒常的に残業し、深夜帯に及ぶことも度々であったTの長時間労働は、うつ病発病の十分な原因となり得る危険を有していたと考えるのが相当である。

 以上の出来事は、10月から12月までの約3ヶ月間に立て続けに起こったものであり、個々的に見れば、それのみでは強度の心理的負荷を伴うとまではいえないということも可能であるが、本件においては、個々の問題が解決する間もなく、次々とTに対して心理的負荷を与えた点に特徴がある。そして、特にTの仕事の内容の大きな変化と労働時間の急激な長時間化には密接な関連性があり、これらの時間的経過や関連性を考慮すると、上記の個々の出来事を分断してTの業務上の心理的負荷を評価すべきでなく、これら複数の出来事を総合的に評価するのが相当である。更に、Tの恒常的な睡眠不足を伴う極度の長時間労働はそれ自体がうつ病等発病の原因となり得る危険性を有することをも考慮すると、上記の各出来事の総合的な評価に当たっても、心理的負荷が強いと見る方向に修正する必要がある。以上からすると、Tの業務に伴う心理的負荷は、新人時代という人生における特別な時期において、人によっては経験することもあり得るという程度に強度のものと評価することが相当である。

 Tには、業務に伴う心理的負荷のほかに、業務外において心理的負荷の原因となるような出来事があったとは認められない。また、Tは精神疾患の既往歴もなく、性格面でも特に通常の社会人と比較して特異な点は見当たらず、とりたてて脆弱性を問題にするほどの性格的傾向を有するものと認めるに足りる証拠は存在しない。

 以上の検討によれば、Tの業務上の心理的負荷は、総合食品卸売業者における新入社員として、入社後6ヶ月にして初めて担当の取引先を与えられた平均的な営業担当者を基準とすると、相当に強度のものであったということができ、他方で、Tには業務外の心理的負荷や精神障害を発病させるような個体側要因も認められない。これらを総合考慮すると、Tの精神障害発病は、業務による心理的負荷が、社会通念上、客観的に見て、精神障害を発症させる程度に過重であった結果発生したものというべきである。そうだとすると、Tの上記精神障害は、業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして、業務起因性があるものと認めるのが相当である。

3 本件自殺の業務起因性

 上記のとおり、遅くとも12月中旬までに発病したTの精神障害(うつ病エピソード)は業務に起因するものと認められるところ、上記精神障害発症後間もなく引き起こされた本件自殺は、Tの正常の認識及び行為選択能力が当該精神障害により著しく阻害されている状態で行われたものであるから、本件自殺は「故意」の自殺ではないと推認すべきであり、業務起因性を認めるのが相当である。
 以上によれば、Tの本件自殺による死亡が業務に起因するものではないことを前提にして行われた本件処分は違法である。
適用法規・条文
労災保険法7条1項、12条の2の2第1項、16条の2
収録文献(出典)
労働判例935号44頁
その他特記事項