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R会病院小児科医うつ病自殺損害賠償請求事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- R会病院小児科医うつ病自殺損害賠償請求事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成14年(ワ)第28489号
- 当事者
- 原告 個人4名A、B、C、D
被告 R会病院 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2007年03月29日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- F(昭和30年生)は、昭和62年4月から被告の設置するR会附属佼成病院(被告病院)に小児科医として勤務し、平成11年1月31日付けで被告病院小児科部長代行に任命された者であり、原告AはFの妻、原告B、同C及び同Dは、それぞれ、Fの長女、長男、次男である。
Fの平成10年9月以降の1ヶ月当たりの超過勤務は、9月4時間30分、10月7時間30分、11月3時間30分、12月8時間、平成11年1月3時間30分と、月平均5時間24分で、部長代行就任後の同月2月以降は、証拠上不明であるが、帰宅時刻に特に変化がなかったことからすると、概ねそれ以前と同程度の超過勤務があったものと推認される。Fが小児科部長代行に就任した直後、育児休業明けの医師Kが復帰したものの、勤務の軽減を受けて同年3月で退職したほか、医師Lも同月に10日強の有給休暇を取った上で退職したため、Fは通常月6回程度の宿直を同月に8回担当した。また、Fは小児科の管理責任者として、後任医師の確保に奔走したが、その補充を得ないまま4月を迎えたため、本来2名で行うべき外来診療を時には1人の医師が担当したり、一般外来診療と入院診療を同時に受け持たざるを得なくなるなど、小児科は繁忙を極めるようになった。同年5月に医師1名を確保し、繁忙状況も幾分緩和されたが、翌月には医師の退職問題が発生し、Fはその対応に追われた。
Fは、平成8年8月頃から宿直の前後に睡眠導入剤を服用していたが、平成11年3月になると服用回数も増加し、同年3月ないし4月になると、痛風も悪化し、家庭でも過敏に反応するようになった。同年6月になると、Fは原告らを責めたり、泣き出すなど、家庭での喜怒哀楽が激しくなり、夏期休暇に一家で旅行したものの、家族に断りのないまま帰京するなどし、夏期休暇の最終日である同年8月15日、Fは原告Aに対し、宿直当番であると告げて早めに夕食を摂り、被告病院に行き、翌16日午前6時40分頃、病院の屋上から飛び降り自殺した。
原告らは、Fの自殺は業務に起因するものであり、被告には安全配慮義務違反があったとして、逸失利益、慰謝料等原告Aに対し1億2395万9252円、原告B、同C及び同Dに対し各4351万9751円ずつを支払うよう要求した。 - 主文
- 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。 - 判決要旨
- 1 Fの業務の過重性
Fの勤務状況は、平日の日中における通常勤務だけではなく、夜間を含む日当直勤務を定期的に行うものであるから、一定程度の負担を伴うものであるといえ、Fの担当した当直回数も少なかったとはいえない。しかしながら、平成10年9月から平成11年8月までの間の当直を含む労働時間、特に時間外労働時間が多いとはいえないこと、時間外労働時間が少ないとはいえない時期であっても、急患患者が毎回仮眠する暇もないほどひっきりなしに来院するような状況ではなく、ある程度まとまった空き時間が存在していたこと、当直空けに勤務のない場合が多い等、一定程度の余裕があったといえること、外来・入院・急患の各患者数は突出して多いとはいえないこと、部長代行に就任したことによる心理的負荷はそれほど強いものではなかったといえること、小児科医の確保は容易ではなかったといえるものの、Fが医師確保のため奔走し、そのために強い心理的負荷を受けていたという状況にあったとは認め難く、被告病院小児科において常勤医を補充しなければ立ち行かなないほど多忙であったとは認められないこと、その他、被告病院の人員構成、病院経営の状況等の客観的事実を総合考慮すれば、Fの業務が特に過重な身体的・心理的負荷を与えるものであったとはいい難く、うつ病発症の内在的危険性を有するほどの過重な業務であるとは認められないものといわざるを得ない。
2 Fのうつ病の発病時期及び業務との因果関係
うつ病の発症ないし増悪と業務との因果関係を肯定するためには、業務と死亡の原因となった疾病(うつ病)との間に条件関係が存在することだけではなく、両者の間に相当因果関係が認められることが必要であり、業務とうつ病との相当因果関係の有無は、社会通念上、うつ病が業務に内在又は随伴する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである。そして、その相当因果関係の有無の判断に当たっては、Fに起こった個別具体的な業務上・業務外の出来事が、医学的経験則を基礎としつつ、社会通念に照らして、Fに与える心理的負荷の有無及び程度を評価し、更にFの基礎疾患等の身体的要因や、個別的要因も併せて勘案し、総合的に判断するのが相当である。これをFの場合について見ると、その業務については、うつ病発症の約6ヶ月前以降である平成10年9月から自殺した平成11年8月にかけて、うつ病を発症させる内在的危険性を有するような過重なものであったとは認め難い。
Fの健康状態について見ると、かなり以前から通風の発作により消炎鎮痛剤を服用していた上、平成10年頃から膝の水を抜くために何度か穿刺を受けるほどの状況になっていたのであるから、そのことがFにとって強い心理的負荷となっていたことが窺われる。また、Fは高血圧症等にも罹患しており、健康面の不安を抱えていたものといえる。このほか、Fは、平成8年頃には不眠を訴えて被告病院から睡眠導入剤の処方を受けていたほか、平成11年当時も睡眠導入剤を頻回服用していた。この点、睡眠障害及び睡眠不足がうつ病の重大な要因となることについては、原告らも自認しているところである。
Fの父は平成8年頃から病気のため入退院を繰り返し、被告病院に長期入院中、Fはほとんど毎日見舞っていたほか、原告ら家族もFの弟家族と交替で付き添っていた。また、Fは父の死亡後、相続税の支払等のため預貯金を切り崩し、子供の教育費や病院の開業資金のことで弟と幾度か相談の機会を持っていた。そして、勤務医と開業医の収入の差や、子女の医学部進学に伴う学費の負担について一般的に考えられるところも考慮すると、金銭問題はFにとって一定の強い心理的負荷となっていたものと考えられる。
Fの長女である原告Bが、平成11年当時高校3年生であり、医学部を志望していたが、Fはこれに大反対であり、また優秀な成績を修めていたFの長男である原告Cは、平成10年7月頃には成績がやや下がり、勉強しなくなったとして、Fが腹を立てるなどの悶着があった。これらの事情は、それほど強い強度ではないとしても、Fにとって一定の心理的負荷となったと考えられる。なお、Fの性格等について、真面目、責任感が強い、患者の信望が厚い、嫌なことは嫌というタイプ等の事実は窺われるが、特に精神疾患等の既往歴は認められず、また親族に精神疾患を有する者があったことは認められない。
以上のように、Fの業務過重性については認め難い上、業務のほかに一定の心理的負荷を与える出来事も認められることを総合的に判断すると、Fのうつ病の発作と業務との相当因果関係を認めることはできないといわざるを得ない。
なお、Fは平成11年6月頃には、同僚医師の目にも以前とは異なる緊迫感を持っていると認識され、同年8月頃には重症のうつ病に至ったと見る余地があることから、原告らは、遅くともFが自殺する以前の時点で、被告において、業務量・業務内容の削減や長期間の病気休暇の付与などの措置を行うべき義務があったと主張する。しかし、業務量自体から直ちにそれが過重であると認識すべき状態にあったとまではいえないというべきであり、精神科医が専門的立場に立って見た場合であれば、Fのうつ病を疑うことは不可能であったとまではいえないものの、医師であっても、うつ病であるかどうかを認識することは容易ではなく、周囲の者が精神症状を見逃すのも致し方ないといえる。
これらの事情を総合すると、Fが同年3月から同年6月の間にうつ病に罹患したと見られることから、仮にFにとってみれば、うつ病発症後の被告病院における業務が過重であったと見る余地があるとしても、Fのうつ病やその増悪に関し、被告の認識可能性を認めることは困難であるというべきである。したがって、いずれにしても、被告の債務不履行又は不法行為に基づく責任を認めることはできない。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報1973号3頁
- その他特記事項
- 本件は労災補償の認定を巡っても争われている(東京地裁平成16年(行ウ)517号 2007年3月14日判決)
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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東京地裁 − 平成14年(ワ)第28489号 | 棄却 | 2007年03月29日 |
東京高裁 − 平成19年(ネ)第2615号 | 棄却 | 2008年10月22日 |