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京都K保険センター嫌煙権控訴事件【受動喫煙】
- 事件の分類
- その他
- 事件名
- 京都K保険センター嫌煙権控訴事件【受動喫煙】
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成15年(ネ)第421号
- 当事者
- 控訴人 個人2名A、B
被控訴人 日本郵政公社 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2003年09月24日
- 判決決定区分
- 控訴棄却(上告)
- 事件の概要
- 控訴人(第1審原告)らは、郵政事業庁の職員で、京都K保険事務センター(本件センター)に勤務していたところ、本件センターの喫煙対策が十分になされておらず、受動喫煙によって健康障害等を生じたとして、本件センター内での全面禁煙を求めるとともに、
慰謝料を控訴人Aについては80万円、控訴人Bについては100万円を請求するとともに、控訴人Aは受動喫煙についての抗議のビラまきを妨害されたとして、被控訴人に対し50万円の慰謝料を請求した。
第1審では、受動喫煙について一定の危険性を認めた上で、喫煙は社会的に許容されていることであって、受動喫煙があったからといって直ちに全面禁煙しなければならないことはないこと、被控訴人は喫煙室の設置等受動喫煙を防止するための対策を講じてきたこと、控訴人の健康障害と受動喫煙との因果関係は明らかでないこと等を理由として、控訴人らの請求をいずれも棄却したことから、控訴人はその取消しを求めて控訴した。 - 主文
- 1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴人らが当審で追加した請求はいずれも棄却する。
3 控訴費用は、控訴人らの負担とする。 - 判決要旨
- 1 禁煙請求の当否
国は、公務員に対し、公務遂行のために設置すべき場所、施設又は器具等の設置管理に当たって、公務員の生命、健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っている。この安全配慮義務は、もともとは、係る義務違反によって損害を受けた者の国に対する損害賠償請求の場面で認められてきたものではある。しかし、生命、健康等に対する現実的な危険が生じているにもかかわらず、国が公務員の生命、健康等を危険から保護するための措置を執らず、それが違法と評価される場合であっても、安全配慮義務を理由に危険を排除するための措置を執ることを求め得ないのであれば、公務員の生命、健康等の保護に十分ではないことを考慮すると、このような場合には、安全配慮義務を根拠に、上記の措置を求める余地はある。また、受動喫煙の危険性を考慮すると、受動喫煙を拒む利益も法的保護に値するものとみることができ、「嫌煙権」という言葉の適否はともかく、その利益が違法に侵害された場合に損害賠償を求めるに留まらず、人格権の一種として、受動喫煙を拒むことを求め得ると解する余地はある。
しかし、受動喫煙による健康被害も、一般的、統計的な危険性であって、ETS(環境中タバコ煙)に暴露される者に、暴露時間、暴露量等にかかわらず現実的な危険が生じるというものでもないこと、喫煙は単なる嗜好であるとしても、現時点においては社会的に許容されている行為であって、職場以外でETSに暴露されることもあり得ること、快適職場指針やガイドラインに見られるように、職場における受動喫煙対策の主流は分煙であること等を考慮すると、被用者をETSに少しでも暴露される環境の下に置くことが安全配慮義務に反するものであり、違法であるということができない。そして、本件センターにおいては、各階に喫煙室が設けられ、平成10年3月頃を境に、喫煙者は、換気装置を設けた喫煙室でのみ喫煙をするようになり、そのような状況は今後も継続することが期待できる。また喫煙室から漏れ出すETSがいくらかは存在するにしても、その量及び濃度は僅かであって、控訴人Aの訴える被害も一時的な不快感に留まる上、控訴人Aが日常執務する席は喫煙室からは遠く、そこから漏れ出して来るETSに暴露される程度は低いこと、控訴人Bについても、同人が暴露するというETSは、喫煙室から漏れ出たものや、喫煙室から屋外に輩出されたものが開かれた窓から入ってくるというものであり、その量は微量といわざるを得ないところであり、控訴人Bがタバコ煙抽出物による過敏症であることを肯定したとしても、これは特殊な例である上、その症状が僅かなタバコ煙の暴露によっても生じるとの因果関係の解明がされていないことを総合考慮すると、本件センター庁舎内の現状程度の分煙をもって、控訴人らに対する安全配慮義務に違反し、違法であるとまではいうことができない。
結局、喫煙室での喫煙が遵守されるようになった平成10年3月以降においては、本件センターの庁舎内を全面的に禁煙としないことが、控訴人らに対する安全配慮義務に違反し、違法であるとまでいうことはできないから、控訴人らの請求は理由がない。
2 損害賠償請求について
平成10年3月頃以降の本件センター庁舎内の状況は、安全配慮義務に違反し、違法なものであるとまではいえないから、その頃以降の状況に基づく本件センター庁舎を禁煙としなかったことを理由とする損害賠償請求は、すべて理由がない。また、その頃以前は、喫煙室が設けられたものの、なお執務室で喫煙する者が存在した時期まで、控訴人らがある程度の受動喫煙を余儀なくされたことは否定できない。しかし、受動喫煙による健康被害は、平成6年のEPA報告及びその後の各種報告を通じて一般的に認識されるようになったものであること、EPA報告等に対しては強い批判的な意見も表明されていたこと、本件センターにおいても、禁煙タイムの設定、分煙の試みもされていったことを考慮すると、本件センターの庁舎内を全面的に禁煙しなかったことをもって違法であると評価することができない。
なお、控訴人Bは、本件センターにおける受動喫煙との因果関係は明確でないものの、タバコ煙抽出物(ニコチン)の負荷により、情緒不安定、認識力低下、集中力低下、脱力感等の症状が見られたこと、中枢神経機能障害、自律神経機能障害と診断されたことが認められるが、上記負荷試験が行われたのは平成13年4月9日であるから、被控訴人において、控訴人Bがタバコ抽出物による過敏症である可能性を知り得たのは、早くても同月以降と言わなければならないから、それまでの時期において、控訴人Bの抗議にもかかわらず、受動喫煙に曝される環境の中で執務をさせたとしても、これをもって違法とまではいうことができない。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例872号88頁
- その他特記事項
- 本件は上告されたが、平成16年3月12日不受理とされた。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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京都地裁 − 平成4年(ワ)第2918号(甲事件)、京都地裁 − 平成8年(ワ)第3144号(乙事件)、京都地裁 − 平成9年(ワ)第709号(丙事件) | 棄却(控訴) | 2003年01月21日 |
大阪高裁 − 平成15年(ネ)第421号 | 控訴棄却(上告) | 2003年09月24日 |