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Kハイヤー受動喫煙事件【受動喫煙】
- 事件の分類
- その他
- 事件名
- Kハイヤー受動喫煙事件【受動喫煙】
- 事件番号
- 横浜地裁小田原支部 − 平成16年(ワ)第590号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 Kハイヤー株式会社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年05月09日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、タクシー事業と車両運行管理請負事業を営む株式会社であり、原告(昭和41年生)は、平成15年6月被告に普通タクシー乗務員として雇用された者である。
原告は非禁煙車両で乗務を始めたところ、受動喫煙の被害(喉や眼の痛み、咳、痰、鼻閉、めまい、頭痛など)に悩まされ、平成16年に入って健康状態が更に悪化し、慢性気管支炎と診断されるに至るなどした。そこで原告は同年6月末、所属長に対し禁煙車両に乗車したい旨相談をし、被告に対し書面で禁煙車両での乗務と職場内の全面禁煙化ないし完全分煙化を求めるなどしたが、被告は、営業所内は禁煙とするが、禁煙車での乗務については拒否した。一方、被告は原告からの申し出の後、禁煙車両導入の準備を進め、原告は同年10月より禁煙車両に乗務することになった。
原告は、日本国憲法25条の要請を受けて労働安全衛生法71条の2において事業者に対し快適職場形成の努力義務が課されていること、使用者が労働者の生命及び身体を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っているのに、被告は受動喫煙防止のための措置を全く取らず、「接客態度違反」を掲げて受動喫煙を事実上強制したとして、被告に対し、民法415条又は709条に基づき、50万円の慰謝料を請求した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 被告は、その従業員である原告に対し、労働契約に基づき、施設若しくは器具等の設置管理、又は原告が被告若しくは上司の指示の下に遂行する業務に当たり、原告の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負うものと解される。そして、厚生労働省健康局長通達「受動喫煙防止について」は、受動喫煙による健康への悪影響については流涙、鼻閉、頭痛等の諸症状や呼吸抑制、心拍増加、血管収縮等生理学的反応等に関する知見が示されるとともに、慢性的影響として、肺ガンや循環器疾患等のリスク上昇を示す疫学的研究があり、国際がん研究機関は、証拠の強さによる発がん性分類において、たばこをグループ1(4分類のうち最も強い分類)と分類していること、厚生労働省策定の新ガイドラインにおいても、労働者の健康確保と快適な職場環境の形成を図る観点から、一層の受動喫煙防止対策の充実を図ることを求めていることに照らせば、被告は、当該施設等の状況に応じ、一定の範囲内において受動喫煙の危険性に照らし、原告の生命及び健康を保護すべき義務を負っているというべきである。もっとも、その義務の内容は、上記受動喫煙の危険の態様、程度、被害結果の状況等に応じ、具体的な状況に従って決すべきものである。受動喫煙の危険性が、急性の目、鼻、頭痛等の諸症状や、慢性的影響としての肺がんや循環器疾患等のリスクの上昇を示す疫学的研究があることに照らせば、その義務内容についても、受動喫煙の暴露時間や暴露量を無視して、一律に論ずることはできない。
ところで、タクシーの車内での喫煙は、一律に暴露時間、暴露量が定まるわけではなく、当日の乗客が喫煙したか否か、その時間、天候等により窓の開放ができたか、空気清浄機の使用等により異なってくるが、車内は、乗客が窓を開放せずに喫煙するときには、分煙が不可能な狭い密閉された空間であるから、タクシーの乗務員は、乗客がたばこを吸った場合には受動喫煙することになる。したがって、タクシー業者としては、タクシーの乗務員が、受動喫煙の危険性から生命及び健康を害しないように配慮すべき安全配慮義務を尽くすためには、タクシーを禁煙とし、タクシー乗務員が受動喫煙の被害を受けることを減少させるように努めるべきであり、そのためにはタクシーの全面禁煙化を早期に実現することが望ましいというべきである。しかしながら、他方、喫煙対策を円滑に推進するためには、喫煙者と非喫煙者の双方が、相互の立場を十分に理解することが必要であり、喫煙者は非喫煙者の受動喫煙の防止に十分な配慮をする一方、非喫煙者は喫煙者が喫煙室等で喫煙することに対して理解することが望まれる。
これをタクシーについて見ると、タクシーにおいては、乗客が車内で喫煙することにより、乗務員の受動喫煙を避けることはできないため、本来は可能な限り禁煙とすることが相当であるが、他方、乗客の乗車中の喫煙について、タクシーを全車禁煙とするまでの間
喫煙者と禁煙車とに分け、乗客の喫煙を一定の限度で認めると共に、喫煙者に乗務する乗務員の健康状況を的確に診断し、その受動喫煙による健康への影響を十分監視し、健康状態への被害が生じないように配慮する義務があると考えることが相当である。そして、タクシー乗務員の体調の変化を知り、その変化に応じて、従業員であるタクシー乗務員の受動喫煙による体調の変化等を知るためには、定期健康診断の結果に加え、タクシー車内での受動喫煙の暴露量、暴露時間はそれぞれ異なり、タクシーに乗務している間、終始受動喫煙に曝されるわけではなく、急性の症状は、乗務員自らの申告等がなければ、乗務員が受動喫煙による体調の変化をきたしていることはわからない。したがって、乗務員においても、自らの受動喫煙による体調変化については、明確に雇主に告知することが必要である。告知があるにもかかわらず、雇主がこれを放置するなどし、これによりタクシー運転手に被害が生じた場合には、雇主は安全配慮義務違反を理由に、因果関係のある損害についてその責任を負うと解することが相当である。
原告は、タクシーの車内で乗客が喫煙することは禁煙タクシーでない限り許されることを知りながら、タクシー乗務員として勤務していたものであること、被告に受動喫煙についての要望を初めて行ったのは、平成15年6月が最初であり、平成16年7月の手紙でも、原告が受動喫煙により深刻な被害を受けていることについての具体的な指摘はなく、被告は原告の健康診断結果が特に異常なしとされていたことから、診断書が送付されるまで知り得ない状況であったことが認められる。そして、被告は、診断書の送付を受けてからは原告の体調に配慮し、平成16年8月21日からは原告を喫煙タクシーの乗務から外し、禁煙タクシーの準備が調った同年10月2日からは、禁煙タクシーへの乗務をさせ、今日に至っている。
そうすると、被告は、原告が喫煙タクシーに乗務することにつき、原告が特に異議を唱えることなく乗務し、その体調不良を被告に明確に訴えることはなく、健康診断の結果にも特に異常がなかったのであるから、安全配慮義務に違反していたとすることはできず、原告が診断書により自ら受動喫煙の被害を訴えてからは、事務所においては、必要な期間を置いて禁煙とし、タクシーの乗務については、その健康状態に配慮して勤務をさせ、禁煙タクシーに乗務させているのであり、原告が被害を訴えてから禁煙タクシーを導入するまでの期間等を考慮すれば、被告において、直ちに原告を禁煙タクシーに乗務させなかったことが安全配慮義務に違反するとはいえず、本件の経緯に照らせば、被告において、安全配慮義務を尽くしたとすることが相当である。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例943号84頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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横浜地裁小田原支部 − 平成16年(ワ)第590号 | 棄却(控訴) | 2006年05月09日 |
東京高裁 − 平成18年(ネ)第2982号 | 控訴棄却(上告) | 2006年10月12日 |