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Kタクシー受動喫煙控訴事件【受動喫煙】

事件の分類
その他
事件名
Kタクシー受動喫煙控訴事件【受動喫煙】
事件番号
東京高裁 − 平成18年(ネ)第2982号
当事者
控訴人 個人1名
被控訴人 Kハイヤー株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年10月12日
判決決定区分
控訴棄却(上告)
事件の概要
 控訴人(第1審原告)は、平成15年6月被控訴人(第1審被告)にタクシー乗務員として雇用された者である。

 控訴人は、非禁煙車両で乗車を始めたところ、受動喫煙によって気管支炎を発症したなどとして、平成16年6月被告に対し禁煙車両への乗務を申し入れたが、受け容れられなかった。その後同年10月になって、控訴人は禁煙車両に乗務できるようになったが、控訴人は、被控訴人が労働契約上負っている安全配慮義務に違反したとして、50万円の慰謝料を請求した。
 第1審では、被控訴人は安全配慮義務に基づき、一定の範囲内において受動喫煙の危険性から控訴人を保護すべき義務を負うが、その義務の内容は、受動喫煙の危険の態様、程度、被害結果の状況等に応じ、具体的な状況に従って決すべきものであるとした上で、控訴人は異議を唱えることなく非禁煙車両に乗車し、その体調不良を被控訴人に明確に訴えることはなく、健康診断結果にも特に異常はなかったから、被控訴人が安全配慮義務に違反していたということはできず、控訴人が受動喫煙の被害を訴えてからは、事務所を禁煙とし、控訴人を禁煙車に乗車させているから、被控訴人に安全配慮義務違反はなかったとして控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴した。
主文
本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
 被控訴人は、遅くとも平成15年6月以降においては、タクシー車両を含む被控訴人の営業施設について、その状況に応じ、従業員の受動喫煙による健康への悪影響を排除するために、受動喫煙を防止する措置を採るよう努力する義務があったことは明らかであり、職場の分煙化や禁煙車両の増加など「施設の態様や利用者のニーズに応じた適切な受動喫煙防止対策を進める」(厚生労働省健康局長通達)とともに、非禁煙車両に乗務する従業員に対しては、その業務の遂行に伴う受動喫煙による健康への悪影響が生じていないか、個々の従業員の健康状態を定期的に診断するなどして、当該従業員が受動喫煙によりその健康を害することのないように配慮し対応すべき義務があるというべきである。

 もっとも、被控訴人の営業においては、非禁煙車両の一乗務当たりの営業回数16.78回〜24.62回に対し、一乗務当たりの乗客の喫煙件数は0.35件〜0.55件であり、また車内における乗客の喫煙による乗務員の受動喫煙の曝露時間や曝露濃度も、種々の条件によって異なることが明らかであるから、被控訴人においては、個々の従業員から受動喫煙による体調の変化を訴えられなければ、当該従業員の受動喫煙による健康への悪影響がどの程度のものであるかを具体的に知ることは困難であることを否定することができない。そうすると、非禁煙車両に乗務するものであることを前提に被控訴人に採用された控訴人の受動喫煙を理由とする本件損害賠償請求訴訟において、被控訴人が安全配慮義務の不履行又は不法行為に基づく損害賠償義務を負うというためには、控訴人において、被控訴人に対しその業務の遂行における受動喫煙による体調の変化を具体的に訴え、被控訴人が、その健康診断により、控訴人に受動喫煙による健康への悪影響を生じていることを認識し得たのにもかかわらず、これを漫然と放置したために、控訴人に受動喫煙による健康被害の結果が生じたものと認められる場合であることを要するものと解するのが相当である。

 そこで、本件についてこれを検討すると、控訴人はタクシーの車内で乗客が喫煙することは禁煙タクシーでない限り許されることを知りながら、タクシー乗務員として勤務していたものであること、被控訴人に受動喫煙についての要望を行ったのは平成15年6月が最初であり、平成16年7月の手紙でも「禁煙タクシー導入」、「事務所内の全面禁煙」の提案のみであって、控訴人が受動喫煙により深刻な被害を受けていることについての具体的な指摘はなく、被控訴人は、原告の健康診断の結果が特に異常なしとされていたことから、診断書が送付されるまで知り得ない状況にあったことが認められる。そして、被控訴人は、診断書の送付を受けてからは、原告の乗務に際し、原告の体調に配慮し、控訴人を非禁煙タクシーの乗務から外し、禁煙タクシーの準備が調った同年10月2日からは、禁煙タクシーへの乗務をさせ、今日に至っているのである。
 そうすると、被控訴人は、控訴人が非禁煙タクシーに乗務することにつき、控訴人が特に異議を唱えることなく乗務し、その体調の不良を被控訴人に明確に訴えることはなく、健康診断の結果にも特に異常がなかったのであるから、安全配慮義務に違反していたとすることはできず、控訴人が診断書により自ら受動喫煙の被害を訴えてからは、事務所においては必要な期間を置いて禁煙とし、タクシー乗務については、その健康状態に配慮して勤務をさせ、禁煙タクシーに乗務させているのであり、控訴人が被害を訴えてから禁煙タクシーを導入するまでの期間等を考慮すれば、被控訴人において、直ちに控訴人を禁煙タクシーに乗務させなかったことが安全配慮義務に違反するとはいえず、被控訴人に控訴人に対する債務不履行責任及び不法行為責任があるということはできない。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例943号82頁
その他特記事項
本件は上告されたが、不受理とされた(最高裁―2007年2月15日決定)