判例データベース
M社偽装請負事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- M社偽装請負事件
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成17年(ワ)第11134号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2007年04月26日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下・一部棄却
- 事件の概要
- M社は、平成12年7月、子会社として被告を設立し、被告は茨木第1,第2工場、尼崎第3工場の3工場で生産を行っている。また、P社は、家庭用電気機械器具の製造業務の請負等を目的とする会社で、工場内下請名目で人材を供給し、平成13年7月、被告との間で業務請負契約を締結した。一方、原告は、平成16年1月20日、P社との間で雇用契約を締結し、被告茨木第1工場において、プラズマ・ディスプレイ(PDP)パネルの製造業務の封着工程に従事していた。
原告は、平成17年4月頃から、被告に対し直接雇用を申し入れるようになり、同年5月に北摂地域労働組合(組合)に加入し、組合と被告との団交を通じて、引き続き直接雇用を申し入れるようになった。また原告は、同月26日、勤務実態はP社の業務請負ではなく、実際にはP社による労働者派遣であり、職業安定法、労働者派遣法に違反する行為であるとして、大阪労働局に申告した。同労働局は、この申告を受けて、同年7月4日、被告に対し是正指導を行った。被告は、この指導を受けて、同月14日の交渉において原告に対し直接雇用の申込みをしたが、その内容は、契約期間が同年8月1日から平成18年1月31日までの6ヶ月間というものであったため、原告と組合は期間の定めのない契約とするよう被告に申し入れた。
原告とP社との契約は平成17年7月末日であったところ、P社は原告が従事している部門を同月20日限りで撤退することから、原告に他部門に移るよう打診したが原告はこれを断ったため、原告は同日限りでP社を退職することになった。
原告、組合と被告との間の交渉の結果、被告は平成17年8月22日から平成18年1月31日までの期間を定めた雇用契約の締結を原告に申し入れ、原告はその雇用期間及び業務内容について異議を留めた上で雇用契約を締結し、8月22日から被告の直接雇用従業員として勤務を始めた。その業務内容は従前の封着工程ではなく、リペア作業(PDPパネルの端子上に残っている異方性導電膜を、竹串などを利用して取り除く作業)であり、同作業は他の従業員と長時間接触することのないものであった。本件雇用契約締結後も、組合と被告との間で、原告の労働条件について交渉が継続されてきたが、被告は、平成17年12月28日、原告に対し翌年1月31日をもって雇用契約が終了する旨通告した。
これに対し、原告は本件雇用契約は期間の定めのない契約であることから、解雇無効により雇用契約上の地位にあるとして、そのことの確認と賃金の支払い、リペア作業などの業務に就労する義務のないことの確認及び違法な解雇及び業務命令による精神的苦痛に対する慰謝それぞれ300万円を被告に対し請求した。 - 主文
- 1 原告の訴えのうち、原告が、被告に対し、PDPパネル製造―リペア作業及び準備作業などの諸業務に就労する義務のないことの確認を求める訴えを却下する。
2 被告は、原告に対し、45万円及びこれに対する平成17年11月23日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求(一部の却下部分に係る請求を除く)をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、これを12分し、その11を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
5 この判決は、2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 黙示の雇用契約の成否
原告は、PDPパネルの封着工程に従事していた頃、その使用従属関係などから、原告と被告との間に黙示の雇用契約が成立していたと主張する。確かに、原告が同作業に従事していた当時、M社から被告に出向している従業員から指揮命令を受けていたことが認められ、その意味では、原告を含むP社の従業員の当時の就労形態は、いわゆる偽装請負の疑いが極めて強い。しかし、だからといって、原告と被告との間に雇用契約関係が成立するということにはならず、原告と被告との間に指揮命令関係があるといっても、その間に賃金の支払関係がない場合は、両者の間に雇用契約関係があるとはいえない。一方、被告とP社との間に資本関係などは認められず、被告とP社が実質的に一体であると認めるに足る証拠もない。上述した関係の実質は、P社を派遣元、被告を派遣先とする派遣契約を締結し、同契約に基づき、P社との間で雇用契約を締結していた原告が、被告に派遣されていた状態というべきである。しかし、そのような状態が継続したからといって、原告と被告との間に黙示の雇用契約が成立することにはならない。
金銭の流れは、請負契約(実質は派遣契約)に基づき、被告からP社に対して代金が支払われ、更にP社から原告に賃金が支払われており、その関係からすると、請負代金額が原告の賃金額の決定に与える影響は大きいということがいえるが、そのことから、原告と被告との関係を雇用契約関係ということはできない。
2 労働者派遣法に基づく雇用契約の成否
上記のとおり、原告と被告との関係が、P社と被告との派遣契約に基づく、被告を派遣先、原告を派遣労働者とする関係であると解する以上、被告としては一定の条件のもと、労働者派遣法に基づき、原告に対し直接雇用する義務が生じることが認められる。しかし、そのことが、直ちに雇用契約の申込みがあったのと同じ効果まで生じさせるものとは考えられず、被告が雇用契約申込み義務を履行しない場合に、労働者派遣法に定める指導、助言、是正勧告、公表などの措置が加えられることはあっても、直接雇用契約の申込みが実際にない以上、直接の雇用契約が締結されると解することはできない。
3 本件雇用契約における期間の定めの有無、効力
原告が、期間の定めについて異議を留めた上で契約を締結したからといって、本件雇用契約が期間の定めのない契約として締結されることはないというべきである。そして、原告及び組合は、本件雇用契約締結後、被告に対し、期間の定めのない契約とするよう要請しており、原告自身、本件雇用契約を期限の定めのある契約であることを前提とした行動をとっていることは明らかであり、被告の主張は理由がない。
原告は、本件雇用契約は、被告が労働者派遣法などに違反していることを指摘された結果締結されたものであることなどを理由に、その期間の定めは公序良俗に反するものとして無効であると主張する。しかし、原告の主張する指摘を受けたことが、被告が原告に対し本件雇用契約を申し込んだ動機であったとしても、指摘された違法状態は、被告が原告に対し直接雇用契約の申込みをすることにより一応解消したというべきであり、それ以上に、期間の定めのない契約の申込みをする必要まではないというべきである。
4 解雇の有無及びその効力
原告は、被告が平成17年12月28日、平成18年1月末日をもって解雇する旨通告したと主張する。しかし原告のこの主張は、本件雇用契約が期間の定めのない契約であることを前提とした主張であるところ、本件雇用契約は期間の定めのある契約であると認められ、被告が本件雇用契約の契約期間満了をもって雇用契約が終了する旨通告したことが認められるが、これは雇止めを通告したものであって、解雇の意思表示と認めることはできない。
5 雇止めの成否
期間の定めのある雇用契約において、同契約が反復更新され、更新の際の態様などから、実質的に期間の定めのない契約と異ならない場合や、雇用継続に対する労働者の期待利益に合理性がある場合は、解雇権濫用法理が類推され、解雇権濫用、信義則違反又は不当労働行為として解雇が許されないような事実関係の下に、雇止めが許されない場合がある。本件は、1度も更新されることなく雇止めとなったのであり、雇用契約が反復更新され、更新の際の態様などから、実質的に期間の定めのない契約と異ならないというような事情があったと認めることはできない。
原告は、本件雇用契約が反復更新されることを強く希望し、その旨を再三にわたり被告に伝えていたことが認められるが、本件契約書には、仮に更新があるとしても1回限り(しかも2ヶ月間のみの延長)である旨記載されており、被告は当初から、平成18年1月末日若しくは3月末日をもって原告との雇用契約を終了させる意図を有していたことが明らかであった。そうすると、被告において原告に対し、本件雇用契約が原則として更新され、雇用関係が継続されると期待させるような行為をとったとはいえず、原告もそのような意識を有していたとはいえない。
原告は、仮に期間の定めが有効であるとしても、本件の事情の下では、雇止めすることは信義則に違反し、許されないと主張する。しかし、被告において、労働者派遣法違反を指摘され、やむなく直接雇用せざるを得なくなったとしても、だからといって、期間の定めのない契約を締結する義務までが発生するわけではなく、また契約期間が満了した後、契約期間を更新する義務があるというわけでもない。以上によると、原告と被告との間の雇用契約は、同契約期間の満了をもって、雇用契約期間は終了したということができる。
6 不法行為の成否
原告は、本件雇用契約締結後、それまでの封着工程に代えてリペア作業に従事したところ、本件リペア作業の必要性は否定できず、また同作業が、それ自体で精神的・肉体的苦痛を伴う作業であったということはできない。ところで、本件雇用契約は、原告や組合から偽装請負であると問題提起され、大阪労働局に対する申告などを経て締結に至ったことが認められ、そのような経緯で新たに締結される直接雇用契約の内容については、通常、それまで派遣労働者として従事した業務を引き続き担当することが想定されていると考えられる。前述したとおり、リペア作業だけを見る限り、通常の労働に伴う精神的・肉体的負担を超えて、特段の苦痛を与える作業とはいえないものの、それ以前に従事していた封着工程に比べ、長期間にわたり1人だけの作業を強いられる点において大きく異なり、原告にとっては予想外の業務内容であり、かつ、他の従業員との接触が極度に制限される結果、これが長期間にわたると、精神的なストレスを生じさせることが容易に推測される。
本件雇用契約締結前、原告は封着工程に従事していたところ、本件雇用契約締結後も同工程に従事することに特段の支障があるとは考えられない。被告の担当者は、原告を従前担当していた封着工程に配置することをおよそ考えておらず、たまたまリペア作業の必要があるから原告に担当してもらったという言い方をし、前述した経緯を併せ考えると、被告がやむなく原告と直接雇用契約を締結することになったため、敢えて探し出してきた作業であるとの疑いを強く抱かせる。しかも、原告は、被告からの直接雇用契約の申込みを受けた際、従事すべき業務内容がP社在籍中に従事していた封着工程とは異なることを認識していたものの、リペア作業の内容や、作業環境などを具体的に認識していなかったと認められる。
以上によると、リペア作業の必要性の程度が高いものであったとはいえず、また敢えて原告に担当させる必然性もなかったということができ、被告が原告に対し、他の従業員との接触を長期間にわたり制限することとなるリペア作業を命じることは、本件雇用契約の締結に至る経緯を前提とする限り、原告に対し、精神的苦痛を与えるものである。しかも、被告は、これを避けたり、軽減することが可能であったにもかかわらず、原告に対し、十分な説明もなく、リペア作業を命じたということができ、このような業務命令は違法といわざるを得ない。
以上によると、原告の請求のうち、リペア作業等に従事する義務の不存在確認を求める訴えは、確認の利益を欠き不適法であるからこれを却下し、違法な業務命令等に基づく慰藉料請求は、45万円及び遅延損害金の支払いの限度でこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却する。 - 適用法規・条文
- 労働者派遣法40条の4、職業安定法44条
- 収録文献(出典)
- 労働判例941号5頁、労働経済判例速報1980号3頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
大阪地裁 − 平成17年(ワ)第11134号 | 一部認容・一部却下・一部棄却 | 2007年04月26日 |
大阪高裁 - 平成19年(ネ)第1661号 | 変更(一部認容・一部棄却)(上告) | 2008年04月26日 |
最高裁 − 平成20年(受)第1240号 | 一部破棄・一部棄却 | 2009年12月18日 |