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M社偽装請負控訴事件

事件の分類
雇止め
事件名
M社偽装請負控訴事件
事件番号
大阪高裁 - 平成19年(ネ)第1661号
当事者
控訴人・被控訴人(1審原告) 個人1名
被控訴人・被控訴人(1審被告) 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年04月26日
判決決定区分
変更(一部認容・一部棄却)(上告)
事件の概要
1審被告(被告)は、プラズマディスプレイパネル(PDP)を製造する会社であり、P社と業務請負契約を締結し、1審原告(原告)は、平成16年1月20日、P社との間で雇用契約を締結し、2ヶ月ごとに契約を更新していた。

 原告は、平成17年4月、就業形態が労働者派遣法違反であるとして被告に直接雇用を求めるとともに、大阪労働局に是正を申し入れた。被告は同労働局からの指導を受け、原告に直接雇用を申し入れたところ、原告は有期契約であること及び業務内容に異議を留めて、平成18年1月31日までの労働契約を締結した。被告は同日をもって原告との雇用契約を打ち切ったところ、原告は、被告に対し、(1)本件雇用契約は期間の定めのない契約であって、解雇又は雇止めは無効であることを理由とする雇用契約上の権利の確認、(2)平成18年2月以降の賃金の支払、(3)リペア作業への配転命令の無効による同作業への就労義務の不存在の確認、(4)解雇又は雇止めによる慰謝料300万円の支払い、(5)リペア作業従事命令による慰謝料300万円の支払いを請求した。

 第1審では、(1)被告は原告を直接指揮命令しており偽装請負の疑いが強いが、両者の間に黙示の雇用契約が成立したとはいえない、(2)被告は労働者派遣法により直接雇用申込義務を負うが、同法は同申込みの効果を生じさせない、(3)違法な就業状態は直接申込みにより解消しており、期間の定めは無効とはいえないから雇用契約は期間満了により終了したとして、地位確認請求及び賃金請求を棄却し、リペア作業就労義務の不存在請求を却下し、解雇・雇止めによる慰謝料請求を棄却した。しかし、リペア作業の業務命令につき、同作業はそれまで原告が従事してきた封着工程と大きく異なりストレスを生じさせると推測できるとして、業務命令を違法として慰謝料45万円を認めた。
 この判決に対し、原告、被告双方が不服として控訴した。
主文
1 1審原告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(1)1審原告が1審被告に対し、別紙3の内容の雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

(2)1審被告は、1審原告に対し、平成18年3月以降、毎月25日限り、24万0773円及びこれに対する支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(3)1審原告が、1審被告に対し、リペア作業に従事する義務のないことを確認する。

(4)1審被告は、1審原告に対し、90万円及び内45万円に対する平成17年11月23日から、内45万円に対する平成18年3月9日から、格支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(5)1審原告のその余の請求をいずれも棄却する。

2 1審被告の控訴を棄却する。

3 訴訟費用は、1審原告の控訴状貼用印紙の費用を1審被告の負担とし、その余の費用を1、2審を通じて2分し、その1を1審被告の、その余を1審原告の格負担とする。
4 この判決の1(2)、(4)は仮に執行することができる。
判決要旨
1 黙示の雇用契約の成否

 被告・P社間の契約書上の法形式は業務委託契約とされ、生産設備の賃借が規定されたが、設備の借受状況、業務委託料の支払状況等の実態は明らかでなく、PDP製造業務封着工程に従事した原告は、P社正社員ではなく被告従業員の指揮命令を受けて、被告従業員と混在して共同して作業に従事するなどしていたものであり、被告・P社間の契約は、P社が原告を他人である被告の指揮命令を受けて被告のために労働に従事させる労働者供給契約というべきであり、原告・P社間の契約は、上記目的達成のための契約と認めることができる。仮に、前者を労働者派遣契約、後者を派遣労働契約と見得るとしても、原告がPDP製造業務へ派遣された日である平成16年1月20日時点においては、物の製造の業務への労働者派遣及び受入は一律に禁止されていたのであって、各契約はそもそも同法に適合した労働者派遣足り得ないものである。そうすると、いずれにしろ、脱法的な労働者供給として、職業安定法44条及び中間搾取を禁じた労働基準法6条に違反し、強度の違法性を有し、公の秩序に反するものとして民法90条により無効というべきである。

 ところで、特定製造業務への派遣事業は平成16年3月1日施行の労働者派遣法改正により禁止が解除されたから、原告が同月20日から被告・P社間の契約に従い原告が稼働したことが同法上可能な労働者派遣と評価し得るとしても、派遣可能期間は1年とされ、原告の派遣は解禁後1年を経過した平成17年3月1日を超えて同年7月20日まで継続されていたから、少なくともP社において、同法35条の2第1、2項に違反し、被告において、同法40条の2第1項、24条の2、26条に違反したほか、多くの手続規定を遵守・履践していないことは明らかである。そうすると、平成16年3月20日以降も、被告は上記違法状態下で原告を就業させることを認識し、若しくは容易に認識し得るものであったこと、平成17年4月27日に原告が違法であることを認識して直接雇用を申し入れた後も原告をして就業させたこと等を考慮すれば、被告・P社間、原告・P社間の各契約は、契約当初の違法、無効を引き継ぎ、公の秩序に反するものとして民法90条により無効というべきである。したがって、被告・P社間、原告・P社間の各契約は、締結当初から無効である。

 労働契約も、黙示の合意によっても成立し得るところ、黙示の合意により労働契約が成立したかどうかは、当該労務供給形態の具体的実態により両者間に事実上の使用従属関係、労務提供関係、賃金支払関係があるかどうか、この関係から両者間に客観的に推認される黙示の意思の合致があるかどうかによって判断するのが相当である。

 被告・P社間の契約、原告・P社間の契約がいずれも無効であるところ、原告はPDP製造封着工程の業務に労務を提供し、被告はこれを受けて、その従業員を通じて原告に指揮、命令、監督して労務の提供を受け、原告は被告従業員と混在して共同して作業に従事し、その更衣室、休憩室は被告従業員と同じであり、同工程の就業期間が1年半に及び、その間に他の場所での就業をP社から指示されたこともなく、本件工場にP社正社員が常駐していたものの、作業についての指示をしておらず、被告は原告を直接指揮監督していたものとして、その間に事実上の使用上属関係があったと認めるのが相当である。また、原告がP社から給与等として受領する金員は、被告がP社に業務委託料として支払った金員からP社の利益等を控除した額を基礎とするものであって、被告が原告の受領する金員の額を実質的に決定する立場にあったといえるから、被告が原告を直接指揮命令して作業せしめ、その採用、失職、就業条件の決定、賃金支払等を実質的に行い、原告がこれに対応して労務提供をしていたということができる。

 そうすると、無効である前記各契約にもかかわらず継続した原告・被告間の上記実体関係を法的に根拠づけ得るのは、両者の使用従属関係、賃金支払関係、労務提供関係等の関係から客観的に推認される原告・被告間の労働契約のほかなく、両者の間には黙示の労働契約の成立が認められるというべきである。

2 労働者派遣法に基づく雇用契約の成否

 原告は、製造業への労働者派遣が解禁されてから1年を経過した平成17年3月1日の時点で、労働者派遣法40条の4に基づき被告に原告に対する直接雇用申込義務が生じ、被告が労務提供を受け続けたことは雇用契約申込みに当たり、原告が労務提供し続けたことにより期間の定めのない雇用契約が成立したと主張する。しかし、原告・被告間において同法40条の4に基づき当然に直接雇用義務申込み義務が生じると解することは困難である。また、派遣先が派遣受入可能期間を超えてなお同条に基づく申込みをしないまま、派遣労働者の労務提供を受け続けている場合には、同条の趣旨及び信義則により直接雇用契約の締結義務が生じると解し得るとしても、契約期間を含む労働条件は当事者間での交渉、合意によって決せられるべき事柄であって、派遣先において当然に期間の定めのない契約の締結義務が生じるとまでは解されない。

3 本件雇用契約における期間の定めの有無、効力

 本件契約書には、契約期間を「平成17年8月22日から平成18年1月31日(但し平成18年3月末日を限度として更新することがある)」、業務内容を「PDPパネル製造―リペア作業及び準備作業などの諸業務」などの記載があるものの、原告は有期とされる契約期間と従前従事していた封着工程ではない業務内容につきこれに異議を留めた上で本件契約書を作成したものであるから、期間の定め、更新方法及び業務内容の合意が成立したとはいえず、他方、期間の定めのないこととする合意やPDP製造封着工程業務に限って行うとの合意があったとも認められない。したがって、本件雇用契約締結後も、黙示の労働契約における契約期間及び業務内容が原告・被告間の労働契約の内容となる。

4 リペア作業等に従事する義務の可否

 上記黙示の労働契約における原告の従事する業務内容は、PDP製造業務封着工程であるところ、リペア作業への変更を命じられたのであるから、かかる業務命令は配置転換に該当するといえる。そして、PDPの再生利用のためのリペア作業は、従前被告の国内工場で実施されていたが、その後上海工場で実施されていたのであるから、経営上、同作業を行う必要性があったのかは疑問である上、上海工場に送られたPDPは原告がリペアしたものの一部であり、再圧着後ライフテストが実施されたPDPは更にその一部に過ぎないこと、被告は平成18年2月以降、予定枚数に満たない枚数分を、他の従業員に交替で5日間担当させてこれを終えたものであり、原告1人に5ヶ月もかけてこれを行わせてきたこと等の事情からすれば、リペア作業の必要性は乏しかったというべきである。

 そして、被告は原告、組合との交渉において、業務内容を「PDPパネル製造・設備運転・材料補給などの諸業務及び関連業務」と記載した書面を交付して原告に期間工としての直接雇用の申込みをしたこと、原告は1年半にわたりPDP製造業務封着工程に従事し、同工程における作業能力、習熟度に問題はなかったこと等からすれば、リペア作業は、これを行う必要性が乏しかったにもかかわらず、原告1人にあてがうために敢えて設定した業務であったと推認するのが相当である。

 そして、原告が大阪労働局に、被告が請負契約を装って労働者派遣をしている旨申告し、これにより被告が同労働局から是正指導を受け、PDP生産体制の変更を余儀なくされたこと、被告と原告が対立していたこと、リペア作業の内容自体は特段の苦痛を与える作業とまではいえないものの、封着工程に比べると、長時間・長期間にわたって孤独な作業を強いられる点において相応の肉体的・精神的負担を与えることに照らせば、被告は、リペア作業を行う真摯な必要もこれを原告1人に行わせる必要も乏しかったにもかかわらず、原告の上記行為に対する報復等の不当な動機・目的によりこれを命じたものと推認するのが相当である。したがって、前記業務命令は権利濫用として無効であり、原告はリペア作業に就労する義務はない。

5 雇用契約の帰趨

 被告が、平成17年12月28日、翌年1月31日をもって本件雇用契約が終了する旨通告し、その後原告の就業を拒否していることは、解雇の意思表示に当たる。原告のリペア作業への配置転換は無効であり、封着工程の業務作業が終了したなどの事情は認められないから、上記解雇の意思表示は解雇権の濫用に該当し、無効というべきである。仮に解雇ではなく雇止めの意思表示としても、上記契約は期間2ヶ月間で、平成16年1月以降多数回に渡って更新されていた上、原告の従事していた封着工程は臨時的業務ではなく、その雇用関係はある程度の継続が期待されていたところ、雇止めの意思表示は更新拒絶の濫用として許されないというべきであり、原告は、平成18年2月分以降、それまでと同額の賃金請求権を有する。
 被告が原告にリペア作業への従事を命じた業務命令並びに解雇又は雇止めの意思表示は不法行為を構成し、これによる原告の精神的苦痛に対する慰謝料は各45万円合計90万円をもって相当と認められる。
適用法規・条文
民法90条、労働基準法6条、職業安定法44条、労働者派遣法24条の2、26条、35条の2第1、2項、40条の2第1項、40条の4
収録文献(出典)
判例タイムズ1268号94頁、労働経済判例速報2009号7頁
その他特記事項
本件は上告された。