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K省臨時職員事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
K省臨時職員事件
事件番号
東京地裁 − 平成17年(ワ)第5287号
当事者
原告個人1名

被告個人1名

被告国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年07月26日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
被告(昭和49年生)は、K省に勤務する事務官であり、原告(昭和48年生)は被告と同じ係に勤務する1年更新の女性臨時職員である。

 被告は、平成16年9月末から1週間の年休を取って旅行に出掛け、職場に戻ったところ、原告が被告の留守中仕事が忙しいと不満を言ったり、被告に対する愚痴を言ったりしたことなどを聞かされた。そこで被告は同年10月6日、原告を応接室に呼び出して、原告より大変な仕事をしている臨時職員はいくらでもいること、不満は自分に直接言うべきであり、周囲に悪口を言われては自分の信用が失われること、繁忙期に原告が休んだときも自分は不平を言わなかったこと、自分に逆らっては契約更新はできないことなど、20分近く大声で怒鳴り続け、原告は涙ながらに謝罪した。

 被告は、職場の雰囲気を和らげるためとして、平成16年夏以降、職員有志の旅行会の案内に「女性は勝負水着で来てください」など記載し、原告が「自分の業務はちゃんと果たしていますから」と言ったのに対し、「はたすって嫌らしいことばですよね」などと述べ、机の引き出しの入れ替作業の際、原告に対し「入れる、挿入する、ぶっこむ、どれがいい」などと述べ、原告が新規採用職員と雑談していたとき、「この人は年下の若い人が好きだから気を付けた方がいい」などと述べた。また、同年10月下旬あるいは11月上旬頃、被告は伸びていた髭を抜くよう原告に申し向け、原告の拒絶にもかかわらず髭を抜かせた。

 同年12月、原告の上司である補佐は、係長の報告を受けて原告から事情聴取したところ、原告は上記被告の行為を説明し、退職したいと告げた。その後、原告は人事担当補佐から異動の勧奨を受けたがこれを断り、抑うつ状態と診断されて投薬を受けるようになって、同年12月27日をもって退職した。
 原告は、被告による一連の不法行為及び国の安全配慮義務違反により僅か9ヶ月で退職を余儀なくされ、抑うつ状態に陥り、心療内科あるいは精神科に通院するようになるなど重大な精神的損害を被ったとして、被告及び国に対し、逸失利益270万円、慰謝料200万円及び弁護士費用30万円の支払いを請求した。
主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して金55万円及びこれに対する平成17年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、これを5分し、その4を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 被告の不法行為の成否

 被告が原告に対し、応接室において、2人きりで、数十分にわたり一方的に大声を出して怒鳴ったりした行動は著しく不適切であるばかりでなく、これに近接した時期から原告が心療内科に通院し始めていること、原告が辞職を積極的に検討するようになったのも被告の行為が一因となっていると窺われること、被告において原告から謝罪を得ることを意図していたと解してもあながち不自然ともいえないこと等の事情も勘案すれば、原告の人格的利益を著しく侵害するものといえ、道義的非難の程度を超え、不法行為上の違法性を帯びるものと解するのが相当である。

 被告の行った性的言動は、職場の雰囲気を和らげるための有用性、合理性があるとは解されず、原告に対する不穏当、不適切な発言であるのみならず、公務員の勤務時間中の発言としても甚だ適切さを欠くものであって、相当な道義的非難に値するものであることは多言を要しない。しかしながら、本件性的発言は、更に進んで性的関係を強要するとか、強制わいせつに至るほどの具体的行動に至っているものではないこと、被告の性的発言については受忍の範囲内と評価する者もいたこと、原告も上司に対して改善措置を求めたとまでは認められないこと、原告と被告は同格の庶務係職員として位置づけられており、被告において、職務上の上下関係を背景として、あるいは原告を困惑させようとの積極的な害意を抱いて本件性的言動を行ったとまでは認めるに足りないこと等の事情を総合すれば、本件性的言動については、法が人格権侵害による不法行為として類型的に予定する程度の違法性を具備するに至っているとまでは解し得ないというべきである。また、被告が行った臨時職員の更新権限があるかのような言動については、庶務係に所属していた原告にとっては、被告が臨時職員の評価権限を持っている可能性が低いことは容易に推察し得る事項であったと考えられるのであって、被告が原告に対し、上司としての地位を利用し、あるいは原告の任用更新の権限があることを偽って対応していたことを窺わせるものではない。以上の事情からすれば、被告の本件性的言動をもって不法行為を構成するとの原告の主張は理由がない。

 これに対し、勤務中に女性の同僚職員に対して髭を抜いて欲しいと求めること自体著しく相当性を欠くものといえるばかりでなく、発言の程度を超えて身体への接触を求めるものであること、原告が拒絶の意思を明示しているのに敢えて求め続けていること、事前の応接室での出来事があったことから原告に被告に対する萎縮の念があり、これが被告の求めに応じる一因になったであろうことが容易に推察される等の事情に照らせば、被告の本件行為は、原告の人格的利益を侵害するものとして、不法行為法上の違法性を帯びるものと解するのが相当である。

2 国の債務不履行責任について

 原告の上司である補佐及び係長は、原告から被告との関係について相談されたり、辞職の申入れをされた際、原告及び被告に対しアドバイスや指導をしており、また原告も同人らに対し抽象的に被告と折合いが悪いという話をするに留まっていること、それゆえ、補佐及び係長において、原告が退職を考えるほどに苦痛に感じていたことを知り得ず、知り得なかったことについて同人らの調査、配慮不足を指摘することも相当でないこと、また人事担当補佐においても原告の訴えを踏まえて他部署への異動を勧奨したことが認められる。これらの事情からすれば、国に安全配慮義務が課されるとしても、管理者らはその時々に取得した情報に基づき原告に対して適切な対応措置をとっていたといえるのであるから、国について債務不履行責任を肯定することはできない。

3 原告の損害

 原告は、被告のセクハラ発言及び他の職員の面前で髭を抜くよう要求されたことにストレスを感じ、抑うつ状態に陥って服薬治療を受けるに至っている等の事情が認められる。もっとも原告は、長期間にわたって通院しているものの、本職場に勤務中の平成16年9月16日に離婚し、母子家庭としての生活を開始するに至っていることが認められ、それ自体強度の心的ストレスとなり得るものであること、本件職場を辞職した後も症状は改善していないこと等の事情からすると、現在まで続く体調不良のすべてが被告の不法行為に起因すると解することは相当と解されない。また、原告が被告の不法行為をきっかけに退職を考えるようになったとしても、原告は他の部署への異動勧奨を断って退職の意図を告げていることが認められる。これに加え、被告の不法行為が1回的なものに留まること、原告が本件職場に勤務した期間、不法行為に遭遇した後の原告の対応状況その他諸般の事情を総合斟酌すれば、被告の不法行為により原告が被った精神的損害は50万円をもって慰謝するのを相当と認め、その1割に相当する5万円をもって弁護士費用と認める。

 原告は、退職後2年余りの期間は本件職場で稼働することができたとして、逸失利益の支払いを請求するが、原告は職場環境の改善ないし勤務先の変更を勧奨されたにもかかわらず、これを断り辞職に踏み切ったことが認められるから、原告の退職後の逸失利益を被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
 被告の不法行為のうち応接室での出来事に関する部分は、勤務中に庁舎内において行われたものであること、その内容も原告の職務遂行に対することに基づいて行われたものであることが認められ、被告が原告に髭抜きを要求した行為についても、勤務時間中に職場で公然と行われたものであることが認められる。このように見れば、被告の違法行為は、職務と密接な関連性があるといえるから、国は民法715条に基づき、被告と連帯して原告が被った損害を賠償する義務があるといわなければならない。
適用法規・条文
民法709条、715条
収録文献(出典)
平成19年版労働判例命令要旨集
その他特記事項