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菓子店店長暴言・暴行控訴事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
菓子店店長暴言・暴行控訴事件
事件番号
東京高裁 − 平成20年(ネ)第2483号
当事者
控訴人個人1名

被控訴人株式会社X堂
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年09月10日
判決決定区分
原判決変更(一部認容・一部棄却)
事件の概要
被控訴人(第1審被告)は、和洋菓子の製造・販売を業とする株式会社であり、控訴人(第1審原告)は、高校卒業後の平成17年4月に被控訴人に契約社員として雇用された女性である。

 控訴人は、配属先の店長Cから、「頭がおかしい」、「エイズ検査を受けた方がいい」、「秋葉原で働いた方がいい」などと言われ、平成18年1月2日の店舗全員の懇親会の際、Cから「処女じゃないだろう」「キスされただろう」などと言われたほか、シャドーボクシングのまねごとをされ、恐怖感を感じた。

 同年7月に、控訴人が恋人の給与が本件店舗より高い旨パートに対し話したことから、Cに厳しく叱責され、更にCに恫喝するような態度を示されたとして、同月15日から出勤できない状況に陥った。

 控訴人は、Cの脅迫的言辞や性的言辞によって精神的な苦痛を受け、休業を余儀なくされたとして、Cの使用者である被控訴人に対し、民法715条に基づき、慰謝料500万円、逸失利益6ヶ月分約100万円、弁護士費用50万円を請求した。
 第1審では、Cの言動には控訴人に対する配慮に欠けた点があったことを認めながら、許容範囲を超えた違法な言動であるとまでは認められないとして、控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴した。
主文
1 原判決を次のとおり変更する。

2 被控訴人は、控訴人に対し、169万5616円及びこれに対する平成18年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 被控訴人のその余の請求を棄却する。

4 訴訟費用(補助参加人によって生じた費用を含む)は、第1、2審を通じてこれを4分し、その3を控訴人の負担とし、その余を被控訴人及び被控訴人補助参加人の負担とする。
5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 Dの陳述書によれば、Cが控訴人に対し「秋葉原で働いた方がいい」と言った意味は、控訴人がいわゆるメード喫茶又はメードカフェで働くことに向いているという趣旨であったことが認められる。Cと控訴人とは上司と部下の関係にあり、平素からさして打ち解けて話すこともなかったのであり、「頭おかしいんじゃないの」、「僕もエイズ検査を受けたから、君も受けた方がいい」、「秋葉原で働いた方がいい」との各発言が職場における控訴人の仕事ぶりに対する指導目的から発したものであったとしても、上記各発言は、全体としてみると、控訴人において強圧的なものとして受け止め、又は性的な行動を揶揄し又は非難するものと受け止めたことにも理由があるというべきであり、許容される限度を超えた違法な発言であったといわざるを得ない。

 Cが控訴人に対し、「処女に見えるけど処女じゃないでしょう」と言ったことが認められ、「Vにいる男の人と何人やったんだ」、「キスされたでしょう」、「俺にはわかる」と畳みかけた結果、控訴人が泣き出し、DがCを止めたことが認められる。上記Cの各言動は、その必要性が全く認められず、ただ控訴人の人格をおとしめ、性的に辱めるだけの言動であるし、他の従業員も同席する場において発言されたことによって、控訴人の名誉をも公然と害する行為であり、明らかに違法である。

 シャドーボクシングのまねごととはいえ、それが控訴人に向けられたものであったこと及びそれは控訴人にとって不快なものであり、恐怖を感じるものであったであろうことも十分に首肯できるところであって、現実に殴打するまでには至っていなくとも違法な有形力の行使としての暴行と解する余地が十分にあり、極めて不適切な行動であったというべきである。

 以上のとおり、Cの控訴人に対する各言動は、全体的に観察すると、控訴人において自己の性的行動等に対する揶揄又は非難と受け止めたこともやむを得ないというべきであり、控訴人をいたずらに困惑ないし恐怖させるものであったというべきであり、Cにとって、主観的には控訴人に対する指導目的に基づくものがあったとしても、全体として到底正当化し得るものとは認め難い。また、上記発言やシャドーボクシングのまねごとなど就業時間後のものも含まれているが、当日の飲食自体がCと控訴人とが店長と契約社員との関係にあったことを抜きにしては考えられないものであったことに照らすと、終業時間終了後の出来事であったことを理由に、Cの言動が店長としての立場と無関係のもであったということはできない。

 平成18年7月13日に、Cが控訴人に対し「土手に顔だけ出して小便をかけるぞ」と発言したことは認め難いが、C自身、同年1月2日の居酒屋において同旨の発言を自己の高校時代の体験談として話しており、それがCにとって叱られながらも頑張るべきことを控訴人に教える目的であったとしても、適切な発言であったとは認め難いというべきである。そして、同年7月13日に控訴人がCから「後で話があるからな」と語気鋭く叱責されたことを契機として、同月15日から出勤を拒むこととなったと解すべきである。

 以上の事実等によれば、Cの控訴人に対する同年1月2日を中心とする各言動は、全体として受忍限度を超える違法なものであり、そのことによって、控訴人がCの下で働くことに困惑ないし恐怖を抱いていたことが認められ、それらが消失することなく継続する中で、同年7月13日にCの態度や形相からCに対する恐怖感と嫌悪感を再び強くし、本件店舗での就労意欲を失ったのみならず、再就労に向けて立ち直るまでに相当の時日を要する状態に陥ったものと認めることができる。したがって、Cの各言動は、控訴人に対する不法行為になる。そして、Cの各言動は、いずれも男性店長として部下女性従業員である控訴人に対して職務の執行中ないしその延長上における懇親会等において行ったものであり、被控訴人の事業の執行につき行われたものと認められる。なお、被控訴人は、平成18年1月2日の出来事は就業時間終了後のことで、しかもCが店長として主催したものではないとして使用者責任を争うが、当日の飲食は新年に本件店舗の全員が揃った日に全員が参加したものであること、飲食費の支払はCと他店舗の店長が負担したと認められることに照らすと、当日の飲食は、本件店舗の営業に関連して、二次会終了までCが主導していたと認めるのが相当である。

また、被控訴人は、平素から雇用均等法の趣旨に則った従業員教育をしているほか、相談窓口を設けるとともに控訴人の平素の状況についても配慮していたと主張し、Cも毎年1回はセクシャルハラスメント関係の研修を受けていたと供述するが、本件に表れた各従業員のいずれについても、被控訴人から明確な教育を受けていたとか、対策について具体的な指示や指導が与えられていたと認められるような事情は見当たらないのみならず、店長であるCに対しても十分な監督や相応の注意をしていたとは認め難い。更に、控訴人において埼玉紛争調整委員会にあっせん申請をしたにもかかわらず、被控訴人がそれに参加することを当初から拒んだことに照らすと、控訴人が本件訴訟を提起したことをもって不相当であるというのも当たらない。

Cの各言動は、全体として、控訴人の人格を貶め、控訴人を本件店舗において就業しづらくする強圧的ないし性的な言動といえ、職場における上司の指導、教育上の言動として正当化し得るものでもなく、それによって、菓子作りが好きで職場として選んだ被控訴人の店舗における勤務を断念することとなった控訴人が受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては50万円が相当である。
控訴人は平成18年7月の時点でも退職を望んでいなかったこと、控訴人の年齢、控訴人の受けた困惑、恐怖感及び控訴人が退職を申し出た後の経緯等を総合考慮すると、控訴人が精神的に回復して再就職するまでには少なくとも6ヶ月程度の期間を要するものと認めるのが相当である。したがって、控訴人の給与手取額は16万5936円であるから、これの6ヶ月分を逸失利益として認めるのが相当である。また、弁護士費用は20万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法709条、715条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2019号3頁
その他特記事項