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鉄道会社尼崎電車区運転士自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- 鉄道会社尼崎電車区運転士自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 大阪地裁 - 平成14年(ワ)第8802号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 個人3名 A、B、C、鉄道会社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2005年02月21日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告会社は、西日本地域において旅客鉄道輸送業を営む株式会社であり、被告Aは尼崎電車区の区長、被告Bはその首席助役、被告Cはその指導総括助役であった。
M(昭和32年生)は、工業高校卒業後の昭和51年4月に国鉄に入社し、昭和62年4月に被告会社発足とともに同社に採用され、平成9年3月以降尼崎電車区において運転士として勤務していた。
被告会社では、運転士が事故扱いや事故扱いされない程度の「ヒヤリハット」を犯した場合で、区長が再発防止のため指導・教育を必要と認めたときは、当該運転士に対し、勤務から外して日勤教育を実施していた。その内容は、担当の指導助役などにより、事故時の振り返り、原因究明、基本動作などに関するレポート提出、教育効果確認のための知悉度テストなどであり、終了の可否の判断は区長に委ねられ、乗務手当(平均月10万円)分の減収となっていた。
Mは、平成13年8月31日、予定を1分遅れて発車させたことから、同年9月3日からの日勤教育を命じられた。MはE助役の下で1日目には何本かのレポートを作成し、2日にはレポート作成や知悉度テストを受けたが、知悉度テストの成績は悪かった。3日目には、Mのテストの結果を見た被告Cは成績の悪いことについてMに注意し、Mは更にテストとレポート作成を命じられ、終了後に飲食した際、同僚らに日勤教育のきつさを訴えた。Mは翌6日、当直に対し電話で年次有給休暇を申請し、同僚らが午後3時半頃、Mの様子を見るために自宅を訪問したところ、Mが首を吊って自殺しているのを発見した。
Mの父親である原告は、平成13年10月23日、労働基準監督署長に対し、労災保険の遺族補償一時金の支給請求を行ったところ、同署長は、Mの自殺について業務起因性が認められないとして不支給決定をした。
原告は、被告らは使用者として労働者に対する安全配慮義務を負っているのに、日勤教育の名の下にMをいじめ、Mの心身の健康に危険が発生するのを防止せずに放置していたから、安全配慮義務に違反したとして、葬祭料150万円、逸失利益5584万7205円、Mの慰謝料3000万円、原告固有の慰謝料3000万円、弁護士費用1000万円を請求した。 - 主文
- 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。 - 判決要旨
- Mの身体の健康状態に特に問題はなく、日勤教育を受ける前に何らかの精神病に罹患していたとも、自殺に結びつくような悩みを有していたとも認められず、日勤教育を受けていたこと以外にMの精神状態を悪化させる原因は考え難いことなどを考慮すると、Mが自殺を決意するに至った心理的メカニズムやその時の精神状態について不明な点はあるものの、Mは日勤教育におけるレポート作成を苦痛に感じ、また知悉度テストの成績の悪かったことについて無力感を味わっていたところ、日勤教育が長期化することに悲観・絶望し、衝動的に自殺を敢行したものと推認するしかない。
以上のとおり、日勤教育とMの自殺との間に条件関係のあることは否定できないと考えられるところ、権利侵害行為と結果(損害発生)との間に法律上の因果関係があるというためには、単に条件関係があるのみならず、行為と損害発生との間にいわゆる相当因果関係があると認められることを要すると解すべきである。そして、使用者が被用者に対し指導・教育を行ったことにより、あるいは指導・教育方法の誤り等で被用者を精神的に追い詰め、精神状態を悪化させたことによるものであるとしても、指導・教育を行ったり、その方法の誤り等によって被用者が精神状態を悪化させて自殺するに至るということは、極めて特異な出来事というべきであって、通常生ずべき結果ではないというべきところ、Mに対する日勤教育を命ずるに至った経緯、日勤教育の内容及び方法、1日当たりの日勤教育の時間及び期間等を考慮すると、日勤教育の指定ないし実施とMの自殺との間に法律上の因果関係があるというためには、被告A、同B、同C又はE助役あるいは被告会社において、日勤教育を命じ、これを受けさせたことによってMが精神状態を悪化させ、その結果自殺したという結果について予見可能であったことを要するというべきである。
本件において、尼崎電車区等の日勤教育については、個人差はあるものの、これを受けた運転士は不愉快な体験とか精神的苦痛を伴うものであり、二度と受けたくないと述べる者が少なくなかったことが認められ、日勤教育がこのようなものと受け止められていたことは、被告ら及びE助役は当然認識していたものと考えられる。そして、Mがレポート作成に呻吟し、精神的苦痛を感じていたことについては、Mのレポート記載等から、E助役及び被告Aらにおいて認識し又は認識し得べきであったと認められる。
しかしながら、(1)被告らは、それまでにも他の運転士に対して日勤教育を命じたり、指導教育を行ってきたところ、Mに対する日勤教育の内容、方法は、他の運転士に対するものと格別変わっていたものではなく、客観的に肉体的・精神的負担が過大なものであったとは認められない上、Mに対する日勤教育は僅か3日間に過ぎないこと、(2)Mは、被告らに対し、自殺念慮を窺わせる言動をしたり、自殺の可能性を予見できるような様子を示したとは認められないこと、(3)Mのレポートについて、専門家は「激しい心理的ストレス」が加わった形跡は皆無であり、学習性無力が強力に起こるような状況は推認することはできないと評価している上、Mはもっと勉強したい旨記載して、日勤教育に対して前向きに取り組む姿勢を表明していたこと、(4)Mは、自殺当日朝電話で年次有給休暇を取得した際、次の勤務日を確認しており、この時点では自殺念慮が強かったとは考えられない上、応対した者も特段の異常を感じていなかったこと、(5)Mと一番仲が良かったGも、Mが自殺するとまでは予想していなかった上、自殺の前日にMと飲酒したりしたことなどに照らすと、Mが日勤教育を受けていた当時、被告A、B、Cはもとより、日勤教育を直接担当し、身近に接していたE助役において、その管理者として十分な注意を払っても、Mが3日間の日勤教育によって精神状態を悪化させ、自殺するに至ったことについて予見可能であったとは、およそ認めることはできないというべきである。したがって、日勤教育とMの自殺との間の相当因果関係を認めることはできない。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例892号59頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
大阪地裁 - 平成14年(ワ)第8802号 | 棄却(控訴) | 2005年02月21日 |
大阪高裁 − 平成17年(ネ)第948号 | 控訴棄却(上告) | 2006年11月24日 |