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札幌中央労基署長(A社)うつ病休職事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
札幌中央労基署長(A社)うつ病休職事件【うつ病・自殺】
事件番号
札幌地裁 - 平成17年(行ウ)第9号
当事者
原告 個人1名
被告 札幌中央労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年11月30日
判決決定区分
認容
事件の概要
原告は、大学卒業後の昭和49年3月、A社に入社し、昭和62年8月まで函館支店企画仕入課主任を務め、昭和63年4月に物量課長代行に昇格した。原告は、同年10月5日、抑うつ状態で治療が必要であると診断され、同月7日から11月30日まで休職した(第一次発症)。
 原告は、同年12月に復職し、通院治療も平成元年7月に終了し、復職以降、函館支店の企画仕入課(後に業務課)主任として勤務したが、平成3年2月、課長の退職に伴い課長代行的な立場で課長が行っていたパートへの作業指示等の業務を担当することになった。同年8月、原告は札幌西配送センターの主任に転勤になったが、転勤した頃から、次第に疲労の蓄積や不眠などの症状を感じるようになり、平成4年4月30日、神経科で抑うつ状態と診断され、3ヶ月間の休養と自宅療養を指示された(第二次発症)。
 原告は、半年間の自宅療養後、同年10月に職場復帰し、業務課主任として倉庫での出荷作業等に従事したが、平成7年5月頃、突然激しい気分の落ち込みを感じ、不眠、だるさ等の症状で約2週間休職し、自宅で療養することとなり(第三次発症)、同年10月20日、原告はA社から退職勧告を受け、病状は更に悪化した。
 原告は、被告に対して、業務に起因する抑うつ状態を理由として、平成8年4月9日、労災保険の休業補償給付、療養補償給付の支給をそれぞれ請求したが、被告が不支給処分としたことから、本訴を提起した。
主文
判決要旨
業務起因性の判断に際しては、「ストレス-脆弱性」理論を基礎として検討することには合理性があり、ストレスと個体側の反応性、脆弱性を総合考慮し、業務による心理的負荷が、社会通念上、精神障害を発症させる程度に過重なものであるといえる場合には、業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして、当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当である。そして、国は「ストレス―脆弱性」理論を前提として判断指針を作成しているところ、公平で迅速かつ的確な処理を行う観点から、業務起因性の判断に統一的な基準を求める必要性は一般論として肯定できるし、その内容にも一定の合理性があるといえるものの、本件のように、業務上の精神障害が治癒した後、再び精神障害が発症した場合について、発症のたびにその時点での業務による心理的負荷、業務以外の心理的負荷及び個体側要因を各々検討し、業務起因性を判断する判断指針の手法は、合理的とはいい難い。

 本件原告の症状は、ICD-10に掲げるうつ状態の症状と類似し、また原告の第一次発症ないし第三次発症は、いずれも典型症状のうち、抑うつ気分及び易疲労性並びに他の症状のうち、集中力と注意力の減退、睡眠障害及び食欲不振を症状とし、それぞれの症状は軽症とはいえないから、それぞれを単独にみれば、中等性うつ病エピソードに該当するといえる。
 原告が、第一次発症前に、ICDの10に掲げるうつ状態の症状と類似し、また原告の第一次発症ないし第三次発症は、いずれも典型症状のうち、抑うつ気分及び易疲労性並びに他の症状のうち、集中力と注意力の減退、睡眠障害及び食欲不振を症状とし、それぞれの症状は軽症とはいえないから、それぞれを単独にみれば、中等性うつ病エピソードに該当するといえる。

 原告が、第一次発症前に、(1)企画仕入課長代理に昇格し、業務課長代行を兼務することになったこと(心理的負荷強度「1」)、(2)コンピューター導入による業務の混乱(同「1」)、(3)頻繁な人の入れ替わり(同「2」)、(4)発症前3ヶ月にわたって月間120ないし150時間の時間外労働があったこと(同「2」)、更にこれらの各要因は僅か半年ほどの期間に重なったこと、昇格直後の状況下で起きたことなどを考慮すると、心理的負荷の強度は、それぞれ1段階高く評価すべきである。そして、心理的負荷の強度が「2」や「3」に該当する出来事が短期間に複数重なったことや、昭和61年以降軽微とはいえない時間外労働が続き、疲労が蓄積していたと考えられること等の客観的事情を総合すると、心理的負荷は「強」に評価されるといえる。
 一方、業務以外の心理的負荷を見ると、原告はストレスを蓄積する性格であり、人に気を遣うタイプと見られるが、この程度のことは誰もが普遍的に有する性格の偏りの範囲内のことといえるし、姉が精神科を受診中としても、原告に遺伝的な要因が存すると認めることはできない。以上を総合すると、原告には精神障害を発症するに足りる心理的負荷を与える業務上の出来事が認められる一方で、業務外の出来事及び個体側の要因は認められないから、原告の第一次発症は、業務によるものと認められる。

 第一次発症及び第二次発症ともに抑うつ状態を主症状とし、原告も再発と認識していること、うつ病が再発しやすい疾病であることからすると、第二次発症は第一次発症の再発というべきである。原告は、(1)平成3年3月、S課長の退職後に業務課長代行となって責任が加重したこと(心理的負荷強度「Ⅱ」)、(2)1日当たり3、4時間の時間外労働、休日出勤も余儀なくされる状況が続いたこと(同「Ⅱ」)、(3)原告は札幌西配送センターに転勤になったこと(同「2」)、(4)時間外労働は減少したが、就労状況が過密になり検品作業に毎日5時間従事したこと(同1)が認められる。また、本社物流課長が、同センターを視察中にくも膜下出血で倒れ死亡したことが多大な心理的負荷を与えることは否定できないから、これについても心理的負荷強度「2」に当たるといえる。
 また、第一次発症から第二次発症までの経緯を見ると、第一次発症から復帰した際には、Sが課長としていたため、原告が過重な業務から解放されており、このような環境の変化は、原告の精神障害を軽快させることに相当に寄与したと考えられるが、平成3年2月にSが退職した結果、原告を取り巻く状況は、第一次発症による休職前の状況に類似するに至ったといえる。これに対して、第二次発症の前に業務以外で原告に心理的負荷を与えるような出来事は見当たらない。

これらの事情を総合すると、第二次発症は、業務に起因する第一次発症の影響が何らかの形で残存し、その結果、精神障害を発症しやすくなっていたところに、業務に起因する心理的負荷が重なって発症したといえるから、業務起因性が認められる。

 原告の第三次発症の症状は、抑うつ状態を特徴とし、第一次及び第二次発症の再発とみるのが相当である。第三次発症前の事情を見ると、(1)倉庫1階での作業が追加されたこと(心理的負荷強度「2」)、(2)配転により倉庫1階の作業の責任者となったこと(同「1」又は「2」)、(3)職場で労災事故が発生したこと(同「2」)等の各事情を窺える。

 以上を総合すると、本件では第三次発症の前に心理的負荷を与える業務上の出来事が存在し、更に原告は、業務に起因する発症を2度も経験している上、第三次発症当時は第二次発症後の通院を継続していた時期であり、これらの事情に照らせば、残存する第一次及び第二次発症の影響はそれだけ大きく、再発の可能性は相当に大きかったと推定できる。これに対し、本件では心理的負荷を与えるような業務外の出来事が見当たらず、また原告に個体側の要因がないことは、第一次発症の際に検討したとおりである。

 以上からすると、原告は、第一次及び第二次の発症による影響が何らかの形で残存し、精神障害を相当程度に発症しやすくなっていたところに、業務による心理的負荷で第三次発症を惹起したといえるから、原告の第一次ないし第三次の抑うつ状態の発症には、すべて業務起因性があると認められる。
適用法規・条文
労災保険法13条、14条
収録文献(出典)
平成20年版労働判例命令要旨集
その他特記事項