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J社アルバイト虚血性心疾患死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- J社アルバイト虚血性心疾患死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成14年(ワ)第5483号
- 当事者
- 原告 個人2名 A、B
被告 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2004年08月30日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(確定)
- 事件の概要
- 被告は、中古車流通、中古車情報雑誌の営業、創作、編集等を業とする株式会社であり、T(昭和50年生)は、平成8年4月22日、被告にアルバイトとして雇用された者である。Tは、平成6年3月16日に交通事故に遭い、左腎摘出及び脾縫合術を受けたが、主治医から日常生活について特段の指示は受けなかったし、これ以外の特段の既往歴はなかった。Tは飲酒はほとんどしなかったが、高校2年生の頃から喫煙するようになり、被告に勤務していた当時、1日20本〜30本程吸っていた。なお、被告は、Tに対し労働安全衛生規則43条に定める雇入時の健康診断を実施していなかった。
Tは、平成8年4月22日から同年6月11日までの間に、休日は合計14日間で、同年6月3日からは9日間連続勤務であり、死亡前1週間の時間外労働時間は50時間30分、死亡前4週間の時間外労働時間は88時間7分となった。Tの先輩や同僚の一部は、Tが時折しんどいと漏らし、精神的・肉体的に辛そうであったと感じていたが、そのことを上司に申告をすることはなかった。
Tは、同年6月11日午前11時23分に出社し、翌日午前3時22分に退社した後帰宅して入浴・食事をした後就寝し、翌12日は午前10時頃起床するはずであったが、うつ伏せの状態で呼吸しておらず、救急車を呼んだが既に死亡していた。死体検案によれば、特段の外傷は認められず、過労気味であるとの家族の証言等から、医師はTの死因を虚血性心疾患と判断した。
労働基準監督署長は、平成12年1月17日付けで、Tの母親である原告Aに対し労災保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分をしたが、労災保険審査官は原告Aの審査請求に基づき審査し、平成14年5月4日付けで前記処分を取り消した結果、原告Aは、遺族補償一時金691万円、遺族特別支給金300万円及び葬祭料50万2300円の支給を受けた。
原告A及びTの姉である原告Bは、Tの死亡は過重な業務に起因するものであり、被告には安全配慮義務違反があったとして、葬祭料120万円、逸失利益6433万3172円、慰謝料5000万円(相続による損害額、原告Aについて、労災給付による損益相殺後の損害額7623万7579円、原告Bについて2888万3293円)、弁護士費用を原告Aにつき762万3757円、原告Bにつき288万8329円を請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告Aに対し、3350万5558円及びこれに対する平成14年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告Bに対し、1383万9286円及びこれに対する平成14年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用はこれを5分し、その3を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
5 この判決は第1、2項に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 Tの業務と死亡との因果関係について
Tはほぼ恒常的に時間外労働に従事し、労働基準法の定める労働時間及び休日に関する規制、労使協定による労働時間の延長の限度等に関する基準等を考慮すると、Tの労働時間は極めて長時間であったということができる。その上Tは、特に死亡前5日間は、午前11時過ぎから翌日午前3時30分過ぎまで勤務したものであり、十分な睡眠を確保できず、必要な休息を十分に取れていなかったものと認められる。またTは被告に雇用されるまで雑誌の制作業務に従事したことはなかったのであるから、日々の業務には不慣れで必死に仕事を覚えようとしている状態であったと考えられる。以上のTの時間外労働時間、死亡直前における深夜勤務や休日の取得状況、従事していた業務の内容、これにより受けていたストレス等を考慮すると、Tの従事していた業務は、他の者と比較して業務量が多かったとは認められないにしても、Tのような経験を有する者にとっては特に肉体的・精神的に過重なものであったといえ、その結果、死亡直前の頃には、肉体的・精神的な疲労が相当程度蓄積していたものと認められる。
虚血性心疾患発症の危険因子として喫煙が指摘され、1日当たりの喫煙本数に応じて発症の危険が高まり、毎日20本以上の喫煙の危険率は相当高いとされており、若年者の場合心筋梗塞の危険因子として喫煙が重要とされていることなどが認められるところ、Tは高校2年生の頃から喫煙を始め、被告に勤務していた当時、1日に20ないし30本程度の喫煙をしていたことが認められる。Tについては、喫煙開始から死亡までに3ないし4年しか経過しておらず、喫煙のみで心筋梗塞を発症させるまで心臓機能が悪化したとは認め難いが、被告における過重な業務により肉体的・精神的負荷がかかり、Tの疲労が蓄積している状況の中で、1日当たり20本ないし30本という喫煙を重ねた結果、長時間労働などによる職業性ストレスと喫煙の影響が相まって心筋梗塞を発症したものと推認することはできる。したがって、Tの死亡と同人が従事していた業務との間に相当因果関係があると認められる。
2 被告の安全配慮義務違反の有無について
労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知のところである。したがって、被告としては、被用者との雇用契約上の信義則に基づいて、業務の遂行に伴って被用者にかかる負荷が著しく過重なものとなって、被用者の心身を損なうことがないよう、労働時間、休憩時間及び休日等について適正な労働条件を確保する義務を負っているというべきである。しかるに、被告は、労働基準法36条1項に基づく協定を締結することなく、同法の定める労働時間等に関する規制を逸脱して、Tら大阪支店の労働者に時間外労働及び休日労働を行わせ、しかも、Tは日々の業務に不慣れで、著しい精神的ストレスを受けながら、ときに深夜に及ぶ極めて長時間の勤務を重ね、特に死亡直前の9日間には休日を全く取得できないなど疲労解消に必要十分な休日や睡眠時間を確保できないまま業務に従事することを余儀なくされたのであるから、被告が前記適正な労働条件を確保すべき注意義務を怠ったことは明らかである。そして、被告がこの注意義務を履行していれば、Tの死亡は回避できたと考えられるから、被告の案線配慮義務違反とTの死亡との間には因果関係があるというべきである。したがって、被告は、安全配慮義務違反(債務不履行)に基づき、これによって生じた損害を賠償する責任がある。
被告は、Tは虚血性心疾患を発症して死亡することの予見可能性がなかったと主張するが、長時間の労働が継続するなどして、疲労やストレス等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知の事実であり、被告はこのことを十分に認識できたはずである。したがって、Tに対し、極めて長時間の過重な労働をさせた被告には、Tの死亡についての予見可能性があったというべきであり、Tの年齢や入社時の健康状態、Tが体調不良を訴えなかったことなどをもって被告に予見可能性がなかったということはできず、この点に関する被告の主張は採用できない。
3 寄与度減額について
Tの喫煙が心筋梗塞の発症に少なからず寄与したものと推認されるところ、Tの1日当たりの喫煙本数は、心筋梗塞発症の危険度からいえば相当程度多かったこと、喫煙が健康に悪影響を及ぼすことは周知の事実であり、Tもそのことは十分承知していたものと考えられること、Tは疲労が相当蓄積した状態にあることを自覚していながら、なお喫煙を続けていたと考えられること等の事情を考慮すると、本件において、Tの被った損害の全部を被告に賠償させることは公平の観点から相当でないと認められる。そこで、民法418条を類推適用して、Tの損害額の20%を減ずるのが相当である。
4 損害額について
Tは、平成6年3月16日に交通事故に遭い、左腎摘出、脾縫合術を受けているところ、右側の腎臓を傷害された場合に受ける影響は甚大であり、腎臓を摘出されていない者よりも健康に対する配慮が求められると考えられること、残存した右側の腎臓に対する負担が増加することが不可避であることからすれば、67歳までの全期間について、左腎摘出がTの就労に支障を来すことなく、高校卒業の男子労働者の平均賃金を得る高度の蓋然性があったとまでは認め難い。したがって、Tの逸失利益算定の基礎となるべき収入としては、同人の年齢等を考慮し、平成8年賃金センサス・高卒・男子労働者・全年齢平均賃金の8割に当たる425万0160円とするのが相当である。Tは死亡当時独身であったことなどを考慮すると、死亡逸失利益を算定する際の生活費控除率は50%とするのが相当である。
Tの死亡するに至った経緯、同人の年齢その他本件で明らかになった諸般の事情を斟酌すると、Tの死亡慰謝料は2400万円とするのが相当である。前記のとおり、民法418条を類推適用して2割減額すると、葬祭料96万円、死亡逸失利益3039万7144円、死亡慰謝料1920万円となる。
原告Aは、遺族補償一時金691万円、葬祭料50万2300円を受給しているので、これを損益相殺する。弁護士費用は、原告Aについては300万円、原告Bについては120万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 民法415条、418条
- 収録文献(出典)
- 労働判例881号39頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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