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おかざき専務過労死損害賠償請求控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
おかざき専務過労死損害賠償請求控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
大阪高裁 − 平成18年(ネ)第1417号
当事者
原告個人3名A、B、C

被告株式会社おかざき
業種
卸売・小売業・飲食店
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年01月23日
判決決定区分
一部認容(原判決変更)・一部棄却(上告)
事件の概要
Mは、袋物鞄等の卸販売を業とする被控訴人(第1審被告)会社の専務取締役の地位にあった者であるが、平成12年8月下旬の北陸方面への出張の最中、ホテルのベッドの上で死亡した。

 Mの妻である控訴人(第1審原告)A、Mの子である控訴人B及び同Cは、Mは専務取締役とはいえ、実質的には被控訴人会社と使用従属関係にあるところ、Mの勤務は過重であり、業務の過重性故に死亡したとして、安全配慮義務違反を理由として、被控訴人らに対し、控訴人Aについては3584万4896円、控訴人B及び同Cについては各1792万2448円の損害賠償を支払うよう要求した。
 第1審では、Mは専務取締役として、営業活動、勤務時間等につき裁量権を有していたことから、被控訴人らは安全配慮義務を負う立場になかったとして、控訴人らの請求を棄却したことから、控訴人らはこれを不服として控訴した。
主文
頭書事件につき、当裁判所が平成19年1月18日言い渡した判決につき、法令違反を発見したので、次のとおり変更判決をする。

1 原判決を次のとおり変更する。

2 被控訴人株式会社おかざき及び同乙は、各自、控訴人Aに対し1009万円、控訴人B、同Cに対し各889万4554円及びこれらに対する平成16年11月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用は、第1,2審を通じてこれを5分し、その3を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。
5 この判決は、2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 被控訴人らが甲に対し安全配慮義務を負担するか

 いわゆる労使関係における安全配慮義務は、使用者が被用者を指揮命令下において労務の提供を受けるについて、雇用契約の付随義務として被用者の生命及び健康を危険から保護するよう配慮すべき義務をいうところ、Mは会社の取締役の肩書きを付されていたとはいうものの、その職種、労務内容、勤務時間、労務の提供場所等の実態に即してみれば、会社との法律関係は、その指揮命令に基づき営業社員としての労務を提供すべき雇用契約の域を出ないものというべきであって、会社がMに対し一般的に安全配慮義務を負担すべき地位にあったことを否定することはできない。

 被控訴人ら(会社及びS)は、Mは取締役として会社の指揮命令に従い労務を提供する関係になかったから、双方間には安全配慮義務を観念する余地がない旨反論するが、もともと被控訴人会社が所有と経営の分離しない小規模会社で、株主総会、取締役会の開催もなく、定款には専務取締役の業務執行権の規定も、Mがこれを付与された事実もないのであって、Mが他の従業員と異なる権限を付与されたりしたのは、創業時から多年にわたる営業社員としての知識・経験・実績、更には代表者一族並びに取引先との間に築かれた信頼関係を背景に、長年の社内慣行により形成されたものに過ぎないと推測されるから、会社が甲の業務遂行について、およそいかなる安全配慮義務も負担しないとする被控訴人らの主張は採用しない。

2 具体的な安全配慮義務の有無及びその違反と甲の死亡との相当因果関係の有無

 Mの死亡原因とされた急性循環不全は、医学的知見に照らして急性心筋梗塞と考えられること、Mが死亡する1ヶ月半前に明らかになった本態性高血圧は心筋梗塞を含む虚血性心疾患の基礎疾病であり、心身の過重負荷の蓄積はこれを増悪させて心臓疾患が発生する場合があること、しかるに、Mの北陸出張前の体調と会社における日常業務に加え、出張による暑熱下における長時間における車輌運転とこの間の相次ぐ商談、各日の業務の遂行に要した時間等から、労働基準監督署長は甲の死亡に業務起因性を認めて労災保険法に基づく支給決定をしたことが認められ、これら一連の事実関係によれば、Mの心筋梗塞による死亡と会社の業務執行との間に相当因果関係を肯定すべきものと考えられる。

 Mは就職してから42年間、心臓疾患系の病歴や症状・発作の発現は明らかでなかったから、会社としても心筋梗塞発作による死亡という被害を予見することは困難であったというべきであるが、高血圧による動脈硬化が脳血管障害や心臓疾患系傷害の引き金になることは成人病の一つとして広く知られたところであるから、厳密な医学的知識を持たなくとも、長時間労働による身体的・精神的な過重負担がその増悪因子となることは、使用者として当然に予見すべき事柄に属するというべきである。しかし、会社では退職者が相次ぎ、Mの業務密度が濃くなっており、長時間の過密で不規則な勤務に従事していたことは容易に推認できるほか、北陸地方への出張も、月曜日から金曜日までの過密な勤務に引き続き、土・日を挟んで5泊6日の予定で、毎日車を運転して10時間から12時間の営業をこなしたものであり、これらの事実関係、なかんずく死亡6ヶ月前の過密な長時間労働に加え、長距離の車輌運転、拘束時間等に照らせば、60歳にして高血圧に罹患していたMにとっては、明らかに身体的・精神的な限度を超えた過重労務を負担していたもので、会社としては、勤務時間を適切に管理し、業務負担を適宜軽減して、Mの生命・健康被害の危険を防止する安全配慮義務があったのに、これに違背したものというのが相当である。

3 被控訴人乙の責任 

 Sは、Mとの間で何ら契約関係にないから、安全配慮義務の前提を欠く外、仮にSが不法行為責任を負担するとしても、消滅時効の完成によりその責任を問うことはできない。

 商法における取締役の会社に対する善良な管理者としての注意義務は、被用者の安全配慮義務の履行に関する任務懈怠をも包含すると解するのが相当であることから、会社の安全配慮義務は唯一会社の代表取締役であるSの業務執行を通じて実現されるべきものと認められる。そしてSは、会社が適宜適切に安全配慮義務を履行できるように業務執行すべき注意義務を負担しながら、重大な過失によりこれを放置した任務懈怠があり、その結果第三者であるMの死亡という結果を招いたから、Sも旧商法266条の3に基づき、控訴人らに対し、会社と同一の責任を負担するというのが相当である。

4 損害額及び過失相殺の可否
 Mの業務内容と健康状態に鑑みれば、就労可能年数は控えめに見て7年とするのが相当であり、Mの年収が576万円であり、一家の支柱であったから生活費控除を40%とすると、逸失利益は1999万7452円、慰謝料は2500万円、葬儀費用は120万円とするのが相当である。一方Mの死亡には、少なからずMの本態的高血圧が寄与しており、これら疾患と過重勤務によるストレスが共に原因となってMの死亡が発生し、被控訴人らに損害の全部を賠償させるのが公平を失する場合には、裁判所は損害賠償額を定めるに当たり、民法722条2項の規定を類推適用して、Mの疾患を斟酌することができ、このことは安全配慮義務による損害賠償でも同様と解するのが相当である。本件では、Mの基礎疾患を損害賠償額の算定に当たり斟酌すべきであり、その寄与割合は3割をもって相当というべきである。よって、上記損害額の合計の3割を控除すれば、その額は3233万8216円となる(控訴人Aが受領した労災保険給付1359万8533円、会社からの弔慰金144万円、退職金576万円及び死亡上増分280万円は控除される。)。
適用法規・条文
民法709条、715条
収録文献(出典)
労働判例940号58頁
その他特記事項
本件は上告された。