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京都下労基署長(K社)過労死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 京都下労基署長(K社)過労死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 大阪地裁 - 平成17年(行ウ)第78号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年09月06日
- 判決決定区分
- 認容(確定)
- 事件の概要
- Tは、呉服、洋装品等の販売促進企画の立案や広告宣伝物の印刷等を業とするK社のデザイン課長であったところ、平成13年末頃退職を申し出たが、慰留されて約1ヶ月半程度のアルバイト勤務をした後、平成14年2月下旬に正社員に復帰した。
Tは、経験者として比較的困難な仕事も任されており、動画による広告も部長と共同で担当していたが、部長から何度も差し戻されたり、追及を受けたりしたほか、管理的業務も担当しており、仕事が予定どおり進まない場合の調整などもしていた。Tは、スケジュール管理通りに仕事が回っていないことについて、社長や部長から時に厳しいことを言われることもあり、そのため仕事に負担を感じながら毎日残業していた。
平成15年6月6日、Tは部長から進行管理がうまくいっていないことについて厳しく叱責されたことから、同月10日に退職を申し出、社長の考えに共感できないなどと述べたところ、社長は即刻退職するよう告げた。これに対しTは残務整理を主張し、同月20日退職することになった。同月16日午後5時頃、Tは会社でパソコンで作業中、突然倒れ、救急車で病院に運ばれたが、同日午後7時40分死亡が確認された。
Tの発症前6ヶ月間の平均時間外労働時間は、発症の1ヶ月前が88時間30分、2ヶ月前が74時間15分、3ヶ月前が75時間40分、4ヶ月前が72時間37分、5ヶ月前が73時間48分、6ヶ月前が75時間25分であった。
Tの妻である原告は、同年7月7日、労働基準監督署長に対し、遺族補償年金等及び葬祭料の支給を請求したところ、同署長は平成16年5月19日、Tの発症と業務との因果関係が認められないとして、上記給付を支給しない旨の決定(本件処分)を行った。原告は、本件処分を不服として労災保険審査官に対し審査請求をしたが棄却され、更に労働保険審査会に対し再審査請求をしたが3ヶ月経過しても裁決がなかったことから、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 京都下労働基準監督署長が、原告に対して平成16年5月19日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとする処分を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
被災労働者の遺族に対して、労災保険法に基づく労災補償給付が行われるには、当該労働者が「業務上」死亡した場合であること、これを本件に即して具体的にいうと、労働基準法施行規則35条に基づき別表第1の2第9号「その他業務に起因することの明らかな疾病」によりTが死亡するに至ったことが要件になる。そして、労災保険制度が業務に内在ないし随伴ずる各種の危険が現実化して労働者の傷害や死亡等の損失をもたらした場合に使用者の過失の有無を問わずに被災者の損失を填補する制度であることに鑑みれば、労働者の死亡等を「業務上」のものというためには、当該労働者が当該業務に従事しなければ当該死亡等は生じなかったという条件関係が認められるだけでは足りず、脳・心臓疾患等の疾病が業務に内在ないし随伴する各種の危険の現実化として発症し、両者の間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)があることを要すると解される。
加齢や日常生活などにおける通常の負荷による血管病変等の形成、進行及び増悪という自然経過の過程において、業務が血管病変等の形成に当たって直接の要因にはならないものの、恒常的な長時間労働の負荷が長期間にわたって作用した場合、疲労の蓄積が生じ、発症の基礎となる血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し、その結果、脳・心臓疾患が発症する場合があることは医学的に広く認知されている。労働時間の長さは、疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられている。そして、業務の過重負荷は、発症に近接した時期における明らかな過重負荷のみならず長期間にわたる業務による疲労の蓄積も考慮すべきであり、業務の過重性評価に当たっては、労働時間、勤務形態、作業環境、精神的緊張の状態等を具体的かつ客観的に把握、検討し、総合的に判断することが相当である。
2 Tの労働時間
Tの残業は、その3分の2近くが午後9時以降に及び、午後12時以降の残業も半年間で10日あった。Tは平成15年1月から5月までの間、平均して月1日以上土日に休日出勤しており、1回当たりの拘束時間は6時間ないし20時間、平均して11時間36分である。また、Tの同僚らのT死亡前半年間の月平均時間外労働時間はいずれも40時間ないし48時間弱であるのに対し、Tのそれは75時間25分である。これについて原告は、Tは始業時刻が早く、休憩時間も短時間であって実質的な労働時間はもっと長い旨主張するが、それらを考慮しても、Tは1日20本程度以上の喫煙をしていたところ、執務場所から喫煙場所まで移動して喫煙していたことが認められ、喫煙の際に一定程度の休憩をしていたことが推認されるところである。
原告の主張するTの労働時間は、主として原告の記憶に基づき計算していたものであるが、社員出勤簿と齟齬する点のあるほか、帰宅時刻等について客観的かつ的確な証拠による裏付けはない。これに対し社員出勤簿のTに関する記載を見ると、約半年間で午後11時に至る残業が22日、うち5日は午前0時、うち3日は午前0時を超える残業がそれぞれ記載されており、その記載内容から考えても、実際の退社時刻を前提として記載されていることが窺える。
3 Tの業務に起因するストレス
平成15年以降のTの業務は、(1)経験者として比較的困難な仕事も担当していたこと、(2)製作部のトップとしてスケジュール管理等の責任を任され、自らの差配がうまくいかない場合に同僚らに容易に支援を求めにくい立場にいたこと、(3)動画による広告の創作については主として部長と共同担当していたことが認められる。そしてこれらの事実によれば、納期の存在や誤謬による多大な損失の可能性といった精神的緊張を受ける作業であることの他に、比較的困難な仕事をすることによる負荷や責任感、更には上司との共同作業による心理的負荷の点で、Tは他の同僚社員よりも大きな負担を受けていたといえ、現にTは、何度も上司から指示や差し戻しを受けていたというのであるから、業務の困難性、業務から生じるストレスの度合いにおいて相当程度過重性のある業務を遂行していたというべきである。
被告は、(1)Tの担当していたデザイン等の作成業務はさほど困難なものではなく、労働時間が長くなるのはTの個人的要因によること、(2)部長とTとの関係は良好で、仕事の差戻し等の指示は通常業務の範疇に属するものであって、特に過大な業務が課せられたものとはいえないこと、(3)Tの担当した管理業務は、Tのほか2名分だけであったことからみて、過重な業務であったとはいえないこと、(4)Tは平成15年6月10日、その10日後に退職が決まり、以後は残務整理だから具胆は大きくないことから、死亡前6ヶ月間の業務が特に過重な業務であったとはいえない旨主張する。しかし、(1)Tの労働時間が長いのは、同人が通常の労働者に比して労働能率が低いことによるのではなく、業務自体の困難性や部長との意思疎通が十分でなかったこと等によるというべきである。(2)そもそも上司との関係が良好であれば指示が繰り返されてもおよそ負荷にならないと解することはできないし、Tがデザインの実際の作成担当者である以上、仕事の差戻し等による負荷がないと考えることはできない。(3)Tは他の社員のスケジュール管理などの管理業務を負担に感じて退職を希望するに至ったことが認められ、Tは管理業務に負担感を感じていたことが推認できる。更に(4)については、残務整理による負荷の程度は、残務の量とその処理に当たる時間との関係や、その他執務環境によって変わるのであって、Tは即座に辞めるべきとの社長の言葉に反して、自分の仕事を完成するまで業務を行う旨述べるなどしており、このような辞職の経緯により、上司や同僚との間の人間関係が崩れかけた状況下で一定期限内に仕事を完成させる作業は、相応の心理的負荷がかかるものであったと解される。また、残務にも締切があったと考えられることからすると、残務整理であるからといって通例程度の負荷以上のものはないと解するのは相当ではない。
このほか、被告は、Tは十分な休養を取っており、疲労は回復していた旨主張する。なるほど、Tは死亡前日及び前々日休日を取っており、発症前6ヶ月の各月において、月平均9。3日の休日を取得し、休養が取られていたことが認められる。しかし、一般的な日常業務等によるストレス反応は一時的なものであるが、恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には、ストレス反応は持続し、かつ過大となり、ついには回復し難いものとなり、血管病変などを悪化させることがあると考えられている。そして、時間外労働が1ヶ月概ね45時間を超えると疲労の蓄積が生じると考えられているから、Tの時間外労働の長さを考慮すると、これらの休養程度では、長期間にわたり蓄積された疲労が解消されるとは解されない。
4 業務起因性についての検討
上記のとおり、Tは死亡前6ヶ月間にわたり、平均して月に75時間を超える時間外労働を行っていたのであり、認定基準を僅かに満たしてはいないが、それ自体で業務の過重性は大きいというべきである。更にTの担当した業務の内容は、労働時間のみならず、内容、密度、納期の存在、誤記や納期の徒過が会社に多大な損失をもたらすこと、自己のスケジュール管理の拙さから同僚の応援を求めにくいこと等の諸点に鑑みると、Tの遂行していた業務は相当程度の大きな負荷を伴うものと解せられる。
Tは、平成13年度を除き毎年定期健康診断を受けているところ、脳・心臓疾患に関する既往歴ないし基礎疾患が認められず、家族にも同様の既往歴は認められない。そうすると、Tの死亡原因となった虚血性心疾患は、喫煙の他に確たる危険因子のあったことが窺われず、他方で長期間にわたる業務上の過重な負荷の存したことに鑑みると、同人の有していた血管病変等が長期間の業務の遂行によってその自然の経過を超えて急激に悪化したことによって発症したものと見るのが相当であり、その間に相当因果関係の存在を肯定することができ、Tの死亡は、労働者災害補償保険法にいう業務上の死亡に当たるというべきである。
以上によれば、Tの死亡を業務上の死亡と認めなかった本件処分は違法であり、取り消されるべきである。 - 適用法規・条文
- 労災保険法16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例927号33頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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