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豊田労基署長(T社)過労死労災給付請求事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 豊田労基署長(T社)過労死労災給付請求事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 平成17年(行ウ)第34号
- 当事者
- 原告個人1名
被告国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2007年11月30日
- 判決決定区分
- 認容(確定)
- 事件の概要
- A(昭和46年生)は、平成元年4月にT社に入社し品質検査業務に従事していた者であり、平成12年にエキスパート(従前の「班長」、以下「EX」)に昇格した。
Aが所属する係の勤務形態は、1週間ごとに日勤(午前6時25分始業・午後3時15分終業)と夜勤(午後4時10分始業・午前1時10分終業)を交替する2交替勤務制がとられていた。またT社では、小集団活動として、(1)創意くふう提案活動、(2)QCサークル活動、(3)EX会活動、(4)交通安全活動があり、Aは組合による職場委員会の活動も含めて、すべて参加していた。
品質検査業務において不具合を発見したときは、前・後工程の担当者とうまく調整をつけることが求められ、そのため信頼関係を築くことが重要とされていたところ、Aも不具合を発見できなかったとして、前・後工程のチーフリーダー(CL)から厳しく叱責されることがあった。また、死亡前6ヶ月間におけるAの勤務状況は、新たな部品が生産されることになって業務量が増え、Aは本件災害直前には子供の相手も満足にできないほど疲労していた。
平成14年2月9日、Aは夜勤に従事していたが、不具合が生じて他の工程のCLから強い口調で叱責されるなどし、上司の助けを得られないままCLとの折衝などをし、申送帳に記入中、脳血管疾患及び虚血性心疾患を発症し死亡した。
Aの妻である原告は、Aの従事する品質管理業務は大きな心理的負荷がかかる過密な業務であり、更に会社の小集団活動は業務と判断すべきであって、これらを合わせるとAの業務内容は量的・質的に過重であるから、本件心停止及びこれに続く死亡は、これら過重な業務に起因するものであると主張して、労基署長に対し、療養補償給付、遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求した。これに対し同署長は、Aの死亡は業務災害に該当しないとして原告の請求につき不支給の処分を行ったところ、原告は本処分を不服として労災保険審査官に対する審査請求をしたが棄却され、更には労働保険審査会に対する再審査請求を行ったが3ヶ月を経過しても裁決をしなかったため、本処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 豊田労働基準監督署長が原告に対し平成15年11月28日付けでした労働者災害補償保険法による療養補償給付、遺族補償年金及び葬祭料を支給しない旨の各処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の負傷、疾病、傷害又は死亡の災害について行われるが(同法7条1項1号)、労働者の死亡等の災害が業務上の事由によるものであるといえるためには、業務と死亡等の災害との間に相当因果関係があることが必要である。そして、上記相当因果関係があるというためには、当該災害の発生が業務に内在する危険が現実化したことによるものとみることができることを要すると解すべきである。
2 業務の過重生について
Aは、平成14年1月10日から同年2月8日までの期間の各日において、労務提供可能な状態で工場内にいた時間は、1月10日と11日夜勤23時間15分、12日から18日まで日勤55時間45分(休日2日)、19日から25日まで夜勤64時間30分(休日1日)、26日から2月1日まで日勤63時間(休日2日)、2日から8日まで夜勤71時間40分(休日1日)と、労働時間は278時間10分であったと認められ、時間外労働は106時間45分となり、労災認定における業務起因性の判断においては、Aは退社時刻まで使用者の指揮命令下にあって労務に従事したものと認めるのが相当である。
原告は、小集団活動が業務であり、これに要した時間を労働時間とすべきであると主張し、被告はこれを労働時間とすべきでないと主張するところ、創意くふう提案及びQCサークル活動は、本件事業主の事業活動に直接役立つ性質のものであり、また交通安全活動もその運営上の利点があるものとして、いずれも本件事業主が育成・支援するものと推認され、これにかかわる作業は、労災認定の業務起因性を判断する際には、使用者の支配下における業務と判断するのが相当である。EX会の活動については、これも本件事業主の事業活動に資する面があり、役員の紹介などといった一定の限度でその活動を支援していること、その組織が会社組織と複合する関係にあることなどを考慮すると、懇親会等の行事への参加自体は別としても、役員として、その実施・運営に必要な準備を会社内で行う行為については業務であると判断するのが相当である。これに対し、組合活動である職場委員会の活動に従事した時間は、業務起因性の判断においても、業務と同様に捉えることはできないというべきである。
Aの従事したライン外業務は、不具合の処理として、その発注元や、ときに他の組のCLから叱責されることもあったというのであるから、その職務の性質上、Aに対して比較的強い精神的ストレスをもたらしたと推認できる。また、Aはライン外業務に従事するに際し、ライン稼働中はゆっくり座って仕事ができる日がほとんどなかったというのであるから、ライン稼働中のAの業務は労働密度も比較的高いものであったというべきである。加えて、夜間・交替制勤務による労働は、慢性疲労を起こしやすく、様々な健康障害の発症に関連することが良く知られており、特に近年の研究により、心血管疾患の高い危険因子であることが解明されつつあることに照らせば、Aの業務が、深夜勤務を含む2交替制勤務の下でされていたことは、慢性疲労につながるものとして、業務の過重性の要因として考慮するのが相当である。以上によれば、Aの業務及びこれと同様に捉えるべき活動等は、質的にみても、心身の負担となる過重なものであったというべきである。
更に、Aは本件災害直前の平成14年2月9日に発生した不具合を処理するに際して、後工程のCLらから強い口調で叱責され、自らで事態を収拾できずに、上司に助けを求めるなどしたものであるところ、かかる不具合対応は、Aに対して相当強い精神的ストレスをもたらしたと推認できる。
心臓性突然死とは、心停止が予兆なく発症し、比較的短時間で死亡することをいい、恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には、ストレス反応は持続し、かつ過大となり、この疲労の蓄積によって生体機能は低下し、血管病変等が増悪することがあると考えられている。このように疲労の蓄積にとって最も重要な要因である労働時間に着目すると、発症1ヶ月前に、1日5時間程度の時間外労働が継続し、1ヶ月間に概ね100時間を超える時間外労働が認められる場合には、特に著しい長時間労働に継続的に従事したものとして、業務と心室細動などの致死的不整脈を成因とする心臓突然死を含む心停止発症との関連性は強いと判断される。
以上によれば、死亡2ヶ月前から6ヶ月前における労働時間数やいわゆるトヨタ生産方式の詳細について判断するまでもなく、Aは量的及び質的にも過重な業務に従事して疲労を蓄積させた上、本件災害直前において極度に強い精神的ストレスを受けたものと認められ、Aが従事した業務は、心室細動などの致死性不整脈を成因とする心臓突然死を含む心停止発症の原因となるものであったということができる。
3 Aの素因等について
Aは、自然気胸、喘息性気管支炎等による通院歴があるものの、定期健診において心臓疾患に関連する異常は特に認められず、心臓疾患に関連のある既往歴も特に有していなかった。Aは、1日に約40本という喫煙習慣があり、かかる程度の喫煙習慣が虚血性心疾患の発症において有するリスクについて、非喫煙者の7.4倍から8倍との報告がある一方、
2.11倍から3倍に留まるとの報告例も少なくないから、1日約40本の喫煙習慣が本件発症に対する確たる発症因子とならないのはもちろん、加齢を含めた素因等の増悪要素としても、Aの喫煙歴や年齢に照らし、その影響は限定的なものに留まると解するのが相当である。Aの死因については、致死性不整脈の出現が引き金となった心臓突然死を含む心停止と認められるが、Aが罹患していた心筋炎は軽微であり、これが直ちに致死性不整脈出現の原因たる基礎疾患となったとも、同出現に対する確たる発症因子となったとも認められない。
4 結 論
本件において、Aは致死性不整脈を発症しているのであるから、その発症の基礎となり得る素因等を有していた可能性があることは否定し難いが、脳・心臓疾患専門部会の委員らが病理解剖の結果を踏まえて協議しても、基礎疾患があるとは判断できなかっただけでなく、Aは本件災害当時30歳と比較的若年であり、心臓疾患に関連のある既往歴は特に有しておらず、周囲の者からは健康状態に格別異常はないと見られていたというのであるから、本件発症の基礎となり得る何らかの素因等があり、これが喫煙習慣等により一定程度増悪したとしても、確たる発症因子がなくても自然の経過により致死性不整脈による心停止に至らせる寸前まで進行していたとみることはできない。そして、Aが従事した業務は過重なもので、本件発症の原因となるものであったから、上記素因等をその自然の経過を超えて増悪させる本件発症に至らせる要因となり得るものというべきである。
以上によれば、他に確たる発症因子のあったことが窺われない本件においては、Aの従事した業務による疲労の蓄積や本件災害直前の極度に強い精神的ストレスが素因等をその自然の経過を超えて増悪させ、本件発症に至らせたものとみるのが相当である。したがって、本件災害の発生は、Aの業務に内在する危険が現実化したことによるものとみることができるから、Aの業務と本件災害との間には、相当因果関係の存在を肯定することができる。
以上の次第で、本件災害は、Aが従事した業務に起因するものというべきであるから、これを業務上の災害と認めなかった本件処分は違法であり、取り消されるべきである。 - 適用法規・条文
- 労災保険法7条1項、13条、16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例951号11頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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