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国立循環器病センター看護師くも膜下出血死公務災害請求事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 国立循環器病センター看護師くも膜下出血死公務災害請求事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 大阪地裁 - 平成17年(行ウ)第80号
- 当事者
- 原告 個人2名A、B
被告 国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2008年01月16日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- K(昭和50年生)は、平成9年4月、被告に厚生技官として採用され、被告の設置する循環器病センター(センター)において看護師として勤務していた女性である。
センターの労働時間は週40時間であり、深夜勤(午前0時30分から午前9時まで)、日勤(午前8時30分から午後9時まで)、準夜勤(午後4時30分から午前1時まで)、早出(午前7時から午後3時30分まで)、遅出(午前11時から午後7時30分まで)の5種類の勤務形態があり、これらのローテーションによる勤務シフトが組まれていた。Kは、勤務時間外に研究発表の準備等を行ったほか、新人教育も担当していた。
Kは、平成13年2月13日午後11時30分頃、勤務を終えて自宅に帰宅した後、くも膜下出血を発症し、同年3月10日死亡した。
Kの両親である原告らは、Kの本件発症による死亡が公務上の災害に当たるとして、厚生労働大臣に対し認定の請求をしたが公務災害に該当しないとされ、人事院に対する審査申立についても棄却されたことから、原告らは被告国に対し遺族補償一時金等の支払を請求した。
なお、国家公務員の公務災害については、人事院規則の指針(本件指針)に基づき認定されているところ、同指針では次のように定めている。
(1)発症前に、(イ)業務に関連して異常なできごと・突発的な事態に遭遇したことにより、強度の精神的又は肉体的な負荷(過重負荷)を受けていたこと、(ロ)日常業務に比較して特に質的、量的に過重な業務に従事したことにより過重負荷を受けていたこと。
(2)通常想定できるものを著しく超えた異常なできごと・突発的な事態で強度の驚愕・恐怖等の負荷を引き起こすことが経験上明らかなこと。
(3)(イ)発症前1ヶ月間に100時間程度の超過勤務を行った場合であって、その勤務密度が日常業務と同等以上であること、(ロ)発症前2ヶ月以上にわたって1ヶ月当たり80時間程度の超過勤務を継続的に行った場合であって、その勤務密度が日常業務と同等以上であることその他通常の業務に比較して特に質的若しくは量的に過重な業務に就いたこと。 - 主文
- 1(確認請求)
本件訴えのうち、原告らが亡Kの死亡につき、国家公務員災害補償法による遺族補償一時金及び葬祭補償を受ける権利を有する地位にあることの確認を求める訴えを却下する。
2(給付請求)
(1)被告は、原告両名に対し、それぞれ629万3750円及びこれに対する平成13年3月11日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(2)原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 公務起因性の判断基準
国家公務員災害補償法に基づく補償のうち、疾病の発症を理由とする補償は、疾病が公務に起因する(公務起因性)と認められることが必要であるが、公務起因性が認められるためには、単に疾病の発症と公務との間に事実的因果関係があるというだけではなく、これらの間に相当因果関係があることが必要と解される。そして、同法による補償は、公務に内在ないし随伴する危険が現実化して公務員に疾病を発症させた場合に、その危険を負担させて補償をさせるという趣旨に基づくものと解されるから、疾病の発症と公務との間の相当因果関係は、その疾病が当該公務に内在又は随伴する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである。
以上からすれば、本件発症と公務との間の相当因果関係の有無は、被災者の有していた脳動脈瘤が、発症前の一定の期間又は発症の直前における過重な公務による身体的負荷及び精神的ストレスが作用した結果、その自然の経過を超えて増悪したことによって発症に至ったと認められるか否かという観点から、他の発症原因となるべき因子の有無等を踏まえて判断すべきものと解される。
2 Kの従事した公務の量的過重性
Kの日勤の日の通常の時間外労働の時間は合計3時間、深夜勤の日の通常の時間外労働の時間は合計1時間30分、準夜勤の日の通常の時間外労働は合計2時間、遅出の日の通常の時間外労働は合計1時間、早出の日の勤務時間は定時通りであったものと推認できる。
Kが本来の看護業務以外に行う、チーム会(チーム内での問題を話し合い、大事なことの意思統一を図る)、消耗品係、教育委員会(循環器病センター(センター)看護師の研修等を行う)、クリティカルパス勉強会(センターの症例の勉強を行う)、研修会、大掃除は公務と認められ、これに従事した時間を時間外労働の算定に際し考慮すべきであり、職場外での時間外勤務も認められる。
以上によれば、本件発症から遡って6ヶ月前までの各1ヶ月の時間外労働時間数は、発症前1週間10時間30分、1ヶ月間51時間30分、2ヶ月間54時間30分、3ヶ月間56時間20分、4ヶ月間55時間22分、5ヶ月間51時間57分、6ヶ月間52時間22分となる。
3 Kの従事した公務の質的過重性
原告らは、看護業務に一般的過重性が存すると主張するが、看護師には他の職業にはない緊張や能力を求められる面があるからこそ資格試験を設け、一定の適性や能力のある者のみが従事するようにされており、看護師の業務というだけで、業務内容そのものに脳心臓疾患の発症の危険性を自然経過を超えて高めるような質的過重性の要素があるとはいえず、業務の過重性の判断の一要素として考慮することで足りる。
原告らは、脳外科病棟特有の質的過重性が存するとも主張するが、他の病棟でも、体位変換、食事介助、排泄介助の負担が同程度である病棟や、容態の急変に備えて精神的な緊張が同程度に求められる病棟や、患者の協力が得られないことがあり得るのであって、脳外科病棟特有のものとまではいえない。
原告らは、センター特有の質的過重性がある旨主張する。確かに先端的医療への対応を求められる面があり、一定程度の過重性を認めることができるが、センターにおける看護師というだけで、本件発症との相当因果関係を認めることはできず、業務の過重性の判断の一要素として考慮することで足りる。
原告らは、9階東病棟の質的過重性について主張するところ、同病棟は外来病棟や一般患者が入院する病棟に比べると、入院患者の体位変換、食事・排泄・入浴介助等の生活介助の割合が高く、身体的負担の高いものであった。また前記のとおり、恒常的に時間外勤務をせざるを得ない状況が存したことに加え、書面を記載する合間もない繁忙状況の中時間外労働を余儀なくされていたという事情があり、勤務の密度は高かったと認められる。
時間外勤務を前提にしてKの勤務の間隔をみると、日勤と深夜勤の間隔は5時間程度、準夜勤から日勤の間隔は5時間45分程度であり、通勤に要する時間や、食事・入浴のほか生活上不可欠な家事に要する時間を考慮すると、十分な睡眠を取ることはできなかったことが認められる。そして、いずれの勤務も密度の高い業務ということができ、これらのシフトを全体として見た場合には24時間を超えており、そのうち20時間近く密度の高い業務を続けていることを考えると、精神的・身体的負荷は非常に大きいものがあったということができる。しかも、日勤から深夜勤へのシフトが、本件発症前6ヶ月の間、毎月3ないし5回あったこと、準夜勤から日勤へのシフトが毎月1、2回あったことが認められる。このようなシフトが1ヶ月に平均5回あるということは、休日にしっかり休んだとしても、疲労を完全回復することができるかどうかは疑わしく、Kの疲労の蓄積は極めて大きかったと考えられる。また、Kの担当していた新人看護師は、特に指導が困難な者であり、K自身も精神的負担を抱えていたことが認められ、一定の負担となっていたことが認められる。
4 時間外労働の時間と質的過重性を合わせた検討
発症前6ヶ月間の時間外労働の平均は、52時間22分であり、単に時間的な過重性を平均して見る限り、通常この程度の時間外労働により発生する疲労をその都度回復することは可能であり、本件指針に照らすと、時間的過重性をもって本件発症の公務起因性を認めることは困難というべきである。また、質的過重性のうち、変則的な夜勤・交替勤務の過重性を除く限り、これらの過重性が加わったからといって、上記結論を左右するには至らない。
しかし、Kは交替勤務に従事しており、しかも1ヶ月に5回程度は勤務と勤務の間隔が5時間程度というシフトが組まれていたこと、これらのシフトにおける勤務状況は、前後の勤務を合わせると20時間近くの勤務であり、勤務密度も高いこと、これに本件発症前6ヶ月の平均時間外労働時間が52時間22分であること、交替制勤務について指摘されるリスクを併せ考慮すると、その過重性は本件指針で規定する「通常の業務に比較して特に質的若しくは量的に過激な業務」に匹敵するということができ、Kは勤務による疲労を回復することができず、むしろ蓄積していったことが認められる。
上記事情を考慮すると、Kの従事していた公務の過重性は高く、慢性の疲労や過度のストレスの持続につながっていったといえる。そしてその過重性は、Kの脳動脈瘤が本件発症時に自然的経過に基づき破裂する相当程度の蓋然性がない限り、本件発症の公務起因性を認めるに十分であるということができる。
5 医学的見地からみた公務起因性
本件発症の原因である脳動脈瘤の発生が先天的な体質を原因とするものであったとしても、脳動脈瘤の破裂に至ったからといって、当然に公務起因性を排斥し、自然経過により破裂したということにはならないというべきである。確かにKの場合、先天的な理由により、若年で脳動脈瘤が発生しており、またその成長が早かった可能性を否定できない。しかし、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の好発年齢が40歳から60歳であるのに対し、Kが25歳で本件発症に至った原因を、単に先天的な理由だけに求めることはできず、勤務の過重性による疲労の蓄積の影響も否定できない。
専門家の意見を対比しても、いずれも可能性の主張の域を出ないといえるから、本件発症の公務起因性については、結局、Kの従事していた業務の過重性が、本件指針の「通常の業務に比較して特に質的若しくは量的に過重な業務」に当たるか否かによって決すべきところ、Kの従事していた勤務の量的・質的な過重性が、上記基準に匹敵するということができる以上、上記過重性による負荷が、Kの有していた脳動脈瘤をその自然の経過を超えて増悪させたことによって本件発症に至ったというべきであり、本件発症の公務起因性を認めるべきである。
以上によると、本件発症は公務起因性を認めることができ、原告らは被告に対し、国家公務員災害補償法に基づく補償請求(各2分の1による)ができるというべきである。なお、補償される金額について、原告らと被告との間で食い違いがあるが、被告の自認する限度で認定するのが相当である。 - 適用法規・条文
- 国家公務員災害補償法
- 収録文献(出典)
- 労働判例958号21頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
本件は、同一の原告によって、国に対する損害賠償訴訟が提起されている
(第1審大阪地裁2004年10月25日判決、
第2審大阪地裁-平成16年(ネ)3560号2007年2月28日判決)
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
大阪地裁 - 平成14年(ワ)第7614号 | 棄却 | 2004年10月25日 |
大阪地裁 - 平成17年(行ウ)第80号 | 一部認容・一部却下・一部棄却(控訴) | 2008年01月16日 |
大阪高裁 - 平成20年(行コ)第37号 | 原判決一部変更(一部認容・一部棄却) | 2008年10月30日 |