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G社(N社)肺炎死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- G社(N社)肺炎死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 千葉地裁 − 平成14年(ワ)第2228号
- 当事者
- 原告 個人4名 A、B、C、D
被告 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2005年09月21日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴後和解)
- 事件の概要
- Tは平成3年1月R社に入社し、平成9年2月からR社松戸営業所に勤務するようになった。なお同社は平成13年1月に被告に吸収合併され、被告がその権利義務を承継した。
Tは、平成10年7月から所長に次ぐ立場になり、その業務は、配送コース担当が休んだときの代行者、倉庫から伝票に従って仕分けされた商品を保冷庫に積み込む作業、保冷車を運転して配送する作業、配送を終えて帰社してからの伝票整理等からなっていた。また、配送コースのシフトを組んだり、夜間に車両を見回ることも業務の一部であった。
Tの所定労働時間は9時から18時までであったが、休日と1日当たり平均労働時間を見ると、平成10年5月には2日と13時間02分、同年6月には1日と13時間54分、同年7月には3日と13時間10分、同年8月には0日と13時間30分と、長時間労働に従事していた。
Tは、骨髄異形成症候群(MDS)に罹患していたところ、同年8月8日、肺炎と診断されて即入院し、同月27日、肺炎による多臓器不全により死亡した。Tの妻である原告A、Tの子である同B、同C、同Dは、Tは過重労働により肺炎に罹患したものであり、R社に安全配慮義務違反があったとして、R社の権利義務を承継した被告に対し、原告Aにつき5400万円、原告Bらに対し、各1750万円の損害賠償を請求した。
なお、労働基準監督署長は、平成15年9月5日付けで、原告Aに対し、Tの疾病が業務に起因する疾病とは認められないとして、労災保険法による遺族補償給付を支給しない旨の処分をし、審査請求を受けた労災保険審査官は、平成16年3月18日付けで棄却する旨の決定をした。 - 主文
- 1 被告は、原告Aに対し、2757万8209円及びうち2507万8209円に対する平成14年12月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告B、原告C及び原告Dに対し、各919万2736円及びうち835万9403円に対する平成14年12月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、これを2分し、その1を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
5 この判決は、1項及び2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 業務と死亡との間の因果関係の有無
Tの平成10年5月からの1日13時間を超える労働時間、1ヶ月に1日ないし3日の休日、往復約3時間の通勤時間等にTの立場・業務内容を併せ考慮すると、Tは、遅くとも同年7月末には、それまでの過剰な長時間労働等により精神的・身体的に非常に疲労し、過重労働の状態にあったものであり、そのため、Tの免役力・抵抗力は低下していたものと推認される。これに、医師の所見等を総合すると、Tは、過重労働により、少なくとも過重労働が有力な原因となって、黄色ブドウ球菌性肺炎に罹患したものとみるのが相当である。
過重労働や疲労と感染症との因果関係は、これを具体的に示す文献等がないので、証明ないし断定できない旨の医師の所見があるが、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、事実と結果との間に高度の蓋然性を証明することであり、その判定は通常人が疑いを差し挟まない程度真実性の確信を持ち得るものであることを要し、かつそれで足りると解されるから、医師らの前記所見は、Tの過重労働と黄色ブドウ球菌性肺炎との間の因果関係を肯定する前記判断を左右するに足りない。ただし、Tの既往歴のMDSも、程度は不明であるが、黄色ブドウ球菌性肺炎の発症あるいは重症化に寄与していることが認められるから、Tは過重労働とMSDによって、黄色ブドウ球菌性肺炎に罹患し、それが重症化し、死亡するに至ったと認めるのが相当である。以上の次第で、Tの業務とブドウ球菌性肺炎による死亡との間には因果関係があるといわなければならない。
2 安全配慮義務違反の有無
使用者には、労働者の労働負荷が過重にならないように日常的に労働条件について配慮するとともに、十分な健康管理態勢をとって労働者の健康把握に努め、万が一にも重篤な疾病等に陥らないように配慮する安全配慮義務があるところ、これは雇用契約に付随する義務である。したがって、被告は、Tが長時間労働等による過重労働の状態であり、しかもMSDに罹患していて毎月検査を受けていることを知っていたのであるから、配送担当者を増員する措置を講じるなどしてTの負担を軽減し過密労働を緩和するよう配慮すべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったため、黄色ブドウ球菌性肺炎に罹患させ死亡させたのであるから、被告には雇用契約上の付随義務である安全配慮義務に違反した債務不履行があるといわなければならない。そして、本件債務不履行が被告の責に帰すべき事由に基づかないとはいえないから、被告には本件債務不履行によりTが被った損害を賠償する責任がある。
被告は、毎年従業員の健康診断を実施し、その結果Tは呼吸器関係も含めて異常なしとなっていた旨主張し、また病気で休んだことはなかったので、肺炎で死亡するなど考えられない旨主張する。しかし、毎年健康診断を実施したり、平成10年1月に実施した健康診断の結果が異常なしであったことだけでは、被告の負っている前記安全配慮義務を履行したことにはならないし、本件事実関係のもとにおいては、被告が予見不可能であったとはいえない。
3 損害額
治療費48万6790円、入院雑費3万円、付添看護費12万円、葬儀費用150万円、休業損害35万0068円となる。
Tの年収が608万4517円で、死亡当時36歳であり、MDS患者の6割ないし8割は5年以内に死亡するとされているが、Tの属する低リスク群の平均生存期間は11.8年であることが認められるから、Tの就労可能年数は11年とするのが相当である。そこで、生活費として30%を控除し、ライプニッツ計算法により逸失利益の原価を算定すると、3537万8302円となる。本件に顕れた一切の事情を考慮すると、Tの死亡による慰謝料は2600万円が相当である。
Tは、過重労働による免疫等低下前からNDSに罹患しており、過重労働と既往症のMDSが共に原因となって黄色ブドウ球菌性肺炎に罹患して死亡したことが認められるところ、MDSの死亡への寄与に照らすと、被告に損害の全部を負担させるのは公平を失するといわなければならない。したがって、Tの被った損害額の算定に当たっては、民法418条の過失相殺の規定を類推適用し、その損害額につき2割を減額するのが相当である。そうすると、請求できる損害額は5109万2128円となる。
損益相殺93万5710円となり、弁護士費用は500万円とするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法415条、418条、709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例927号54頁
- その他特記事項
- 本件は控訴されたが和解した。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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