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産業用ロボット製造部長くも膜下出血死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
産業用ロボット製造部長くも膜下出血死事件【過労死・疾病】
事件番号
福岡地裁 − 平成17年(ワ)第3316号
当事者
原告 個人4名 A、B、C、D

被告 株式会社乙社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年10月24日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
被告は産業用ロボットの製作等を目的とする株式会社であり、Tは平成6年10月に被告に入社し、平成14年4月に製造部長となった者である。Tの具体的業務は、主に見積データの収集や見積書の作成等の見積り業務及び製造日程や人員配置を決め製造工程期日の管理をする生産管理業務であった。

 Tは管理職として部下が帰るまで会社に残っていることが多く、恒常的に月間100時間を超えるような時間外労働を行っていた。平成15年8月、被告は特需の仕事で非常に忙しく、そのためTは盆休みを取ることができなかった。そして同年11月、被告は筑後工場を竣工させ、本社社員14名を同工場に異動させたことから、Tはもう一つの課を指揮監督することになり、負担が一層過重となった。平成16年1月に特需が入ったため、Tは正月も元日を除いて勤務し、出荷搬入作業、修理・整理作業に従事したが、同年2月19日午前10時頃、本社工場においてくも膜下出血を発症し、同月26日に死亡した。

 Tの妻である原告A、Tの子供である原告B、C、Dは、Tのくも膜下出血の発症とそれによる死亡は、長時間労働等過重な業務に起因するものであり、被告には安全配慮義務違反があったとして、被告に対し、逸失利益1億1077万9314円、葬儀費用150万円、慰謝料3000万円、弁護士費用1000万円(原告Aについて7613万9657円、原告B、C、Dに対し、各2537万9885円)を支払うよう請求した。

 これに対し被告は、Tは会社にいても私的にパソコンを使うことが多いことなど、全てが労働時間とはいえず労働密度は薄いこと、取引先からリベートを受領し、風俗店に頻繁に出入りし、そのためにバイアグラを常用するなどしており、これらの事実の発覚を恐れストレスを貯めていたものであり、本件発症はそうした個人的事情に起因するものであって、業務の寄与度はないとして争った。
 なお、原告Aが平成17年2月4日、労働基準監督署長に対し、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したのに対し、同年11月2日、同署長はTの発症による死亡を業務災害と認め、遺族補償年金1004万5315円、遺族補償特別年金251万1319円、遺族定額特別支給金300万円、葬祭料97万7700円を支給した。
主文
1 被告は、原告Aに対し2631万4011円、原告B、原告C及び原告Dに対し各1280万9008円、並びにこれらの各金員に対する平成16年2月26日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、これを5分し、その2を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が4000万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。
判決要旨
1 被告の安全配慮義務違反の有無

 Tは、被告の製造部長として製品の見積及び製造工程の管理を行っていたものであり、その職責は重大であって、精神的に負担のかかる業務であった。そして、実際、Tは日常的に製造部の従業員が仕事を終えるまで残り、製造にかかる予算、工程及び進捗の管理について神経を使っていたことが認められる。更に被告は、平成15年11月、新たに筑後工場を竣工して本社社員を14名異動させたことに伴い、Tは製造1課のみならず製造2課も指揮監督しなければならなくなったこと、被告は筑後工場の竣工に伴い人員不足に陥っていたと推認されること、Tは特需の仕事のため、平成16年の正月休みは1月1日しか取らず、2日から勤務していることに照らせば、被告は筑後工場の竣工前後から人員不足などに陥り、Tは管理する課が増えた上、不足する人員をどのように使って納期までに製造を終わらせるか神経を使わねばならず、また正月でも出勤しなければならず、その仕事は精神的に負担のかかる内容であったと認められる。

 Tの時間外労働は、発症前1ヶ月は79時間2分、同2ヶ月前は74時間15分、同3ヶ月前は95時間40分、同4ヶ月前は92時間30分、同5ヶ月前は82時間30分、同6ヶ月前は126時間38分、同7ヶ月前は127時間40分、同8ヶ月前は79時間5分、同9ヶ月前は168時間26分、同10ヶ月前は101時間10分、同11ヶ月前は108時間16分、同12ヶ月前は104時間35分で、新認定基準が業務と発症との関連性が強いと評価できるとしている1ヶ月当たり80時間の時間外労働時間と比較しても、相当長期間にわたって長時間労働を続けていたことが認められる。

 以上のように、Tは責任が重く、納期や予算等を気にしながら生産工程を管理していくという精神的に負担のかかる業務に長期間従事し、盆休みや正月休みといった休養期間もほとんど取れなかったと認められるのであり、Tの業務は精神的肉体的に疲労を蓄積させる過重なものであったと認められる。

 ところで、被告は、被用者との雇用契約上の信義則に基づいて、業務の遂行に伴って被用者にかかる負担が著しく過重なものとなって、被用者の心身の健康を損なうことがないよう、労働時間、休憩時間及び休日等について適正な労働条件を確保する義務を負っていると解されるところ、Tは精神的肉体的に疲労を蓄積させる過重な勤務状況にあったことが認められる。確かに、被告は年に1度従業員に健康診断を受けさせる、週に1度はノー残業デーを設けてTを含む従業員全員に残業をさせないようにする、代表者がTに対し早く帰るように声を掛けるなど、一定の配慮は行っていたと認められる。しかしながら、被告は就業規則にある衛生管理者、衛生委員会を設けておらず、特に従業員の健康診断の結果を把握しようともしておらず、Tの労働時間についても原価計算のため日報につけさせてはいるものの、労務管理の視点から把握しようとはしていない。そして何よりも、被告は前記のようなTの過重な業務状況について把握していたにもかかわらず、その改善策をとろうとしたことは証拠上窺われず、Tが弱音を吐かずに仕事を続けることを放置していたと認められるのであるから、Tがこのような過重な業務状況に陥ったのは、被告が杜撰な労務管理を行い、Tの長時間労働等の労働状況を改善する努力をせず、これを放置していたことに起因すると認められる。したがって、被告は、前記適正な労働条件を確保すべき注意義務を怠ったと認められる。

 Tは、管理職としての責任感から、事実上、製造部の従業員が仕事を終えるまでは帰宅できない状況にあったとみるべきであり、従業員を待っている間、自由な時間を過ごしていたことを考慮しても、帰りたくても帰れない状況というのは精神的肉体的な疲労を蓄積するものと考えられる。したがって、Tは長時間労働により精神的肉体的に疲労が蓄積していたとみるべきである。

 被告は、Tの死亡について予見可能性がなかった旨主張するが、Tの直属上司である工場長もTと共に他の従業員が帰るまで残っており、被告はTが遅くまで残っていたことを把握していたこと、平成15年10月の健康診断でTの高血圧が診断されており、その健康に留意すべき状態であったことからすれば、Tがそのような業務状況を続けることにより、精神的肉体的に疲労が蓄積して、血圧が上がるなど健康状態が悪化することは容易に想像がつくものであり、予見可能性がなかったとの被告の主張は採用できない。

2 相当因果関係について

 相当因果関係の存否の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的な証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、業務と死亡の直接の原因となったくも膜下出血との関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要し、かつそれで足りるものと解すべきである。

 疲労の蓄積をもたらす要因として睡眠不足が深く関わっていると考えられること、長期間にわたる長時間労働やそれによる睡眠不足に由来する疲労の蓄積が血圧の上昇などを生じさせ、その結果、血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させる可能性があること、1日6時間程度の睡眠が確保できない状態は、労働者の場合、1日の労働時間8時間を超え4時間程度の時間外労働を行った場合に相当し、これは1ヶ月間で概ね80時間を超える時間外労働を行った場合を想定されていることが認められる。

 これを本件についてみると、Tは前記のとおり、精神的にも負担のかかる業務を行っており、1ヶ月の時間外労働時間も80時間を超えるか、若しくはこれに近い長時間労働であり、しかも盆休みを取れず、正月休みを1日しか取れていないこと、平成15年10月の時点で高血圧であったこと、Tは本件発症当時1日当たり20本ないし30本のたばこを吸っていたことが認められるのであるから、これらが相まって血圧が上昇し、脳動脈瘤の破裂を引き起こし、本件発症に至ったものと推認することができる。

 以上によれば、Tの業務による本件発症という関係は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得る程度に認められるのであり、相当因果関係が認められるといわなければならない。

3 寄与度減額について

 専門家検討会報告書には、高血圧と喫煙がくも膜下出血のリスクファクターとなることを示す複数の調査結果や研究が記載されていることに照らして考えると、Tの喫煙が本件発症に少なからず寄与したものと推認できる。そして、Tの1日当たりの喫煙本数は、約20ないし30本と相当程度多かったこと、喫煙が健康に悪影響を及ぼすことは周知の事実であり、Tもそのことは十分承知していたと考えられること、しかもTは会社の健康診断で、本件発症前からずっと高血圧と診断されているのであるから、喫煙をやめて血圧を下げるように留意すべきであったのに、多量の喫煙を続けていたこと、Tは疲労が相当蓄積した状態にありながら、なお喫煙を続けていたこと等の事情を考慮すると、民法418条を類推適用して、Tの損害額の20%を減ずるのが相当である。

4 損害額について

 Tは、被告代表者、工場長に次ぐ役職である製造部部長の地位にあり、その部下の労務管理に当たっていたこと、Tが管理職手当を含み年718万8905円の賃金を得ていたことなどの事実関係に照らせば、Tは労働基準法41条2項の「監督若しくは管理の地位にある者」に該当すると認めるのが相当であり、基礎収入の算定において、割増賃金を考慮することはできない。

 Tの死亡当時の賃金月額は46万2500円で、配偶者及び子供が3人いるから生活控除率は30%とし、Tは死亡当時43歳で、67歳まで24年間就労可能であったから、ライプニッツ係数は、13.7986であり、逸失利益は6593万6884円となる。葬儀費用としては150万円、死亡慰謝料としては2800万円が相当である。原告らの損害額については、前記のとおり、2割減額するのが相当である。

5 損益相殺について

 原告らは、遺族補償年金として1004万5315円を受けているところ、これにより損害の填補がされたと認められるから、その価額の限度で被告は賠償責任を免れる。原告らは遺族特別支給金及び遺族特別年金の給付も受けているところ、これらは労働福祉事業として被災労働者の遺族に特別に支給されたものであり、被災労働者の損害を填補する性質を有するものとは認められないから、遺族特別支給金及び遺族特別年金を控除することはできないというべきである。原告らは葬祭料として97万7700円の給付を受けているところ、その価額の限度で被告は賠償責任を免れる。

 原告らは、被告から、Tの退職金として、年金積立金70万7522円、生命保険金100万円の支払いを受けたことが認められるが、退職金は賃金の後払いあるいは功労報償として支給されるものであって、損害の填補としての性質を有するとは認められないので、損益相殺の対象とは認められない。原告らは、被告から、お悔やみ金として100万円、がん保険解約金として47万円の支払いを受けたことが認められる。これらの支払の趣旨は明確でないものの、その額が社会的儀礼上というにはやや高額と思われること、被告自身で従業員のためにがん保険に加入しており、これらの支払は社会儀礼上の見舞金というよりは、損害賠償金の填補としての性格を有すると考えるのが相当といえ、その価格の限度で被告は賠償責任を免れるというべきである。
 本件と相当因果関係が認められる弁護士費用は、原告Aについては239万円、原告Bらは各116万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法415条、418条、労働基準法41条2項、労災保険法16条、17条
収録文献(出典)
労働判例956号44頁
その他特記事項
本件は控訴された。