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三鷹労基署長(A社)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
三鷹労基署長(A社)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】
事件番号
東京地裁 − 平成18年(行ウ)第263号
当事者
原告 個人1名
被告 国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年03月24日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
K(昭和27年生)は、平成10年8月に、葬祭用等の仕出し料理の調理、営業、配達等の事業を行うA社に入社し、平成11年6月に営業課長に昇進した者である。

 Kの業務内容は、葬儀社への営業活動が中心で、所定労働時間は午前10時〜午後7時30分(休憩90分)であったが、発症前6ヶ月間における時間外労働数は、少なく見積もっても、月間68時間から80時間に上っていたほか、休日も十分に取得できない状況であった。Kに既往歴等の基礎疾患は認められず、家族にも脳疾患に関する既往歴は認められない。またKには26年間の喫煙習慣があり、1日20〜30本喫煙していたほか、帰宅後、毎日焼酎の水割りを2〜3杯飲む習慣があり、仕事の関係者と飲酒して帰宅することも多かった。

 Kは、平成12年6月13日、通夜現場に自動車で煮物用の皿を届け出た帰路、気分が悪くなり、病院に搬送されて入院治療を受けたが、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血により同月24日死亡した。
 Kの妻である原告は、平成13年12月13日、労働基準監督署長に対し、Kの死亡は業務上の事由によるものであるとして、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが、同署長は平成15年3月13日付けで不支給とする本件処分を行った。原告はこれを不服として、労災保険審査官に対する審査請求、労働保険審査会に対する再審査請求を行ったが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 三鷹労働基準監督署長が経性15年3月13日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の死亡等について行われるのであり、労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには、業務と死亡等との間に相当因果関係が認められることが必要である。そして、労災保険制度が、労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば、上記の相当因果関係を認めるためには、当該死亡等の結果が、当該業務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要である。

 Kの業務に関し特筆すべきは、恒常的に長時間の就労を行い、しかも休日の取得が不十分であることである。疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因といい得るKの労働時間を見ると、本件発症前1ヶ月間ないし6ヶ月間の時間外労働時間数は、明確に認められるだけで、1ヶ月平均80時間1分ないし90時間10分であるし、早朝の労働時間を少なくした推計によっても、1ヶ月平均68時間27分80時間55分である。そして、これに加えて、通夜等への対応のため午後7時30分以降も早くとも午後9時頃まで就業していた日が多く認められると推認されること及びタイムカード上は休日とされているが就業している日が多くあることを考慮すれば、それらの労働時間数を加えると、発症前6ヶ月間において、非常に長時間の時間外労働時間数があったことを十分に推認することができる。

 Kは、休日自体少ないばかりか、連休が少なく、連続勤務が多く、休日の取得は不規則であった。発症前6ヶ月の休日の取得状況は、年末年始やゴールデンウィークを挟んでいたのに、1ヶ月当たり3〜5日であり、連休は3回だけで、いずれも2連休に留まっていた。しかも7日間を超える連続勤務は、14日間、9日間、11日間、13日間、14日間、8日間、12日間の7回に及んでおり、休日においても得意先から連絡があれば携帯電話等で対応できるようにしていたことからすれば、Kの休日の状況は、疲労を十分に回復できるだけのものでなかったといわなければならない。

 疲労の蓄積を評価するに当たっては、発症前6ヶ月より前の就労実態も付加的に評価の対象となり得るという観点からすれば、Kが課長に昇進した平成11年6月以降、特段の変化が認められず、約1年間同様の状況であったと認められ、この事情も付加的に評価すべきである。以上によれば、労働時間と休日取得という面からみると、Kの業務は非常に過重であったと認めることができる。

 KがA社に入社してから死亡するまで従事していた業務は、葬儀社への営業活動等であって、その業務の内容には基本的に変化はないし、A社では営業担当者にノルマやペナルティーを課していないのであって、このような観点から見れば、Kにとって業務の内容それ自体が特に困難であったとまでは認められない。しかし、KはA社入社後約10ヶ月後に課長に昇進して営業部の責任者的立場となったのであり、その後は得意先のクレーム対応等気を遣う業務に従事し、更にKはA社から専用の自動車を貸し与えられ、熱心に営業活動を行っていたし、A社も当然にそれを期待していたことが認められる。加えて、Kが早朝に出勤していたり、通夜や告別式がある夜は深夜まで対応し、葬儀社との関係で極めて熱心な対応をしていたものであり、営業担当者の態勢が必ずしも十分に整っていなかったことから、業績を上げるためKが上記のような勤務形態をとることを余儀なくされたと評価することが可能であり、時間数という形では確定し難い面はあるものの、過重な時間外労働をし、休日取得が不十分であったことはKの業務に内在した問題なのであって、相当に過重な業務実態は、A社における業務に内在する危険であると評価することができる。

 Kの就労状況は、本件疾病の発症の直前から前日において、業務に関連する突発的ないし予測困難な異常事態に遭遇した事実は認められないし、本件発症前1週間において、特に過重な業務に就労したとは認められない。しかしながら、Kの従事していた業務は、一定以上の心労を与え得るものであって、本件発症前6ヶ月間における業務量を考慮すれば、相当程度に過重な業務に就労していたと考えることができる。しかも、遅くともKが課長に昇進した後は、死亡に至るまでの約1年間にわたってその状態が一貫して続いているものと認められ、発症前概ね6ヶ月より前の業務についても、疲労の蓄積に係る業務の過重性を評価するに当たり、付加的要因として考慮すべきであるし、休日のない連続勤務が長く続いたのであって、その間の疲労を回復するだけの休日を取ることが困難であったことは、業務と本件疾病の発症との関連性をより強めることができる。そうすると、Kは相当な過重な業務に従事したことにより、血管病変等をその自然経過を超えて増悪させ、本件疾病を発症したとの評価が可能であるといわなければならない。
 以上によれば、本件疾病の発症は、Kの業務に内在する危険が現実化したものと評価することができ、Kの死亡は業務に起因すると認められるところ、Kの死亡が業務に起因するものでないことを前提にして行われた本件処分は違法であり、取消を免れない。
適用法規・条文
労災保険法7条1項、16条、17条
収録文献(出典)
労働判例962号14頁
その他特記事項