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中央労基署長(D社)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 中央労基署長(D社)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成7年(行ウ)第293号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 中央労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2001年05月30日
- 判決決定区分
- 認容(確定)
- 事件の概要
- T(昭和16年生)は、昭和40年4月、総合広告代理業を営むD社に採用され、昭和49年2月、D社が米国に設立した100%出資子会社であるE社に出向し、それ以降妻である原告と共に現地に居住して、同社の広告企画制作業務に従事し、昭和61年には同部門の責任者になった者である。
Tは、昭和63年1月から広告関係の新たな顧客と仕事の開拓を目的として新設されたスペシャルプロジェクト部門の責任者に異動したが、E社が業績不振に陥ったこともあって、スペシャルプロジェクト部門の閉鎖のおそれが生じたことから、その対策のため、平成元年11月15日から同月25日までの予定で東京に出張した。Tはその間都内のホテルに宿泊し、連日D社を訪れ、多数のビジネス関係者と会見していたが、同月25日朝ホテルの客室内で死亡しているのが発見された。死因はくも膜下出血の発症によるものであり、死亡推定時刻は前日午後10時頃と認められた。
原告は、本件発症は業務に起因するものであるとして、平成2年2月28日、被告に対し労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが、平成5年7月29日付けでこれを不支給とする本件処分を受けた。原告は本件処分を不服として東京労災補償審査官に対し審査請求をしたが、これを棄却する旨の裁決を受けた。そこで原告は、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が、労働者災害補償保険法に基づき、平成5年7月29日付けで原告に対してした遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 労災保険法に基づく保険給付は、労働者の「業務上」の死亡について行われるが(同法7条1項1号)、労働者が業務上死亡したといえるためには、業務と死亡との間に相当因果関係のあることが必要である。くも膜下出血は、基礎疾患である動脈瘤ないし血管病変が存在し、これが種々の危険因子の集積によって増悪し発症に至るものであるが、ある業務に従事していた者の、業務とくも膜下出血の発症との間における相当因果関係を肯定するためには、当該業務が、基礎疾患である動脈瘤ないし血管病変を自然経過を超えて増悪させるに足りる程度の加重負荷になっていたものであることを要し、かつそれで足りるものと解するのが相当である。なぜなら、このような場合には、当該業務に内在する危険が現実化することによってくも膜下出血が発症したものと評価することができるからである。
そこで、本件についてみると、Tの就労時間は、従前から所定労働時間を大きく超え、休日も就労することが少なくなく、昭和63年1月のスペシャルプロジェクト部門への異動からこの傾向は更に強まっていたこと、Tは本件発症前の1年間で6回海外出張し、その日数も、うち3回は30日間、24日間、24日間と長期にわたったこと、海外出張帰りの極度の睡眠不足と時差ぼけの状態での東京出張では、長時間、多数回にわたって業務関係者と面談、会食等を繰り返し、夜間遅く時間に及んだこともしばしばであったこと等が認められる。
以上のようなTの就労状況、東京出張の経過等の事実関係に、くも膜下出血の発生機序等に関する事実関係を併せ考えると、Tが本件発症前に従事していた業務は、くも膜下出血の基礎疾患である解離性動脈瘤又は紡錘状動脈瘤を自然経過を超えて増悪させるに足りる程度の過重負荷になったものと認めることができる。
Tは、1日20本ないし25本程度の喫煙をし、ウィスキー1日3杯程度の飲酒をしていたところ、長期間大量にアルコールを摂取し続けると高血圧を促進されるとされていること、喫煙者におけるくも膜下出血の発症率が非喫煙者よりも高いという疫学的調査の結果に基づく報告があることから、くも膜下出血の危険因子とされている。しかし、本件発症時のTには高血圧が存在していたことは事実であるものの、その程度・内容は明らかでないから、Tの飲酒が高血圧の促進を通じて本件発症にどの程度寄与したのかを判定することは困難といわざるを得ない。加えてTは、営業活動に従事するに当たっては飲酒を伴う会食をすることが有益であったため、飲酒する機会が多くなることになったというのであるから、仮に飲酒が本件発症にある程度は寄与したものとしても、これを業務に内在する危険と無関係なものとは必ずしもいいきれないものがある。また、Tの喫煙がくも膜下出血の危険因子とされているが、それが本件発症にどの程度寄与したのかを判定することもまた、疫学的調査の結果だけではいまだ困難といわざるを得ない。
以上によれば、Tの業務と本件発症との間には相当因果関係があるものということができる。したがって、本件発症には業務起因性が認められるから、本件処分は違法なものとして取消しを免れない。 - 適用法規・条文
- 労災保険法7条1項、16条、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例813号42頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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