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福岡東労基署長(長距離トラック運転手)高血圧性脳出血事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 福岡東労基署長(長距離トラック運転手)高血圧性脳出血事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 福岡地裁 - 平成17年(行ウ)第19号
- 当事者
- 原告個人1名
被告福岡東労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2007年10月31日
- 判決決定区分
- 認容
- 事件の概要
- 原告は、大手運送会社S社に雇用され、Tと二人乗務体制で運送業務に従事していた。原告は、平成5年7月からは、東京、仙台、岩手の3便の運送業務に従事することになったが、その運送経路は、福岡、久留米又は熊本から出発し、途中関東地区、東北地区の集配センターに立ち寄り、最終目的地まで運送するというものであった。原告の業務は、10トントラックの遠距離運転業務と出発地・集配センター・目的地での荷積み・荷降ろし作業であり、Tと交代(運転)して又は分担(荷積み・荷降ろし作業)して行っていた。
原告の平成6年8月16日から同年11月15日までの拘束時間は、次の通りであった。
(1)発症1ヶ月前
・トラック乗務時間 271時間30分(原告運転時間 136時間30分)
・荷積み及び荷降ろし作業時間 64時間
・荷積み及び荷降ろし待機時間 7時間30分
・休憩時間 18時間
・合 計 361時間
(2)発症2ヶ月前
・トラック乗務時間 313時間30分(原告運転時間 159時間)
・荷積み荷降ろし作業時間 43時間30分
・荷積み荷降ろし待機時間 6時間
・休憩時間 22時間30分
・合 計 385時間30分
(3)発症3ヶ月前
・トラック乗務時間 219時間30分(原告運転時間 125時間)
・荷積み荷降ろし作業時間 57時間30分
・荷積み荷降ろし待機時間 21時間30分
・休憩時間 16時間
・合 計 314時間30分
また、原告の労働時間及び時間外労働時間は、それぞれ、発症1ヶ月前は275時間と115時間30分、発症2ヶ月前は285時間45分と125時間45分、発症3ヶ月前は251時間15分と75時間15分となっていた。
平成6年11月14日、原告は午後11時30分頃Tとともに、福岡から東京に向けて出発し、翌15日午前8時頃S社東京店に到着して荷降ろし作業を始めたところ、脳出血を発症し、治療を継続したが、後遺症として左不全麻痺の障害が残った。なお原告は、平成3年頃から高血圧を基礎疾患として有し、治療を受けていたが、その後治療を中断し飲酒喫煙習慣を続けていたところ、平成6年11月10日に、血圧が176/104mghgであったため、再び薬の処方を受けていた。
原告は、本件疾病と後遺障害は業務上のものであるとして、被告に対し、労災保険法に基づき障害補償給付、療養補償給付、休業補償給付を請求したが、被告が不支給決定をしたため、これを不服として本訴を提起した。 - 主文
- 判決要旨
- 労災保険法に基づく療養補償、休業補償及び障害補償の保険給付は、労基法75条ないし77条所定の「労働者が業務上疾病にかかった場合」に行われるものであるところ(労災保険法12条の8第2項)、労働者に生じた疾病が上記疾病に当たるというためには、当該疾病が、労基法施行規則別表第一の二第9号の「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当することを要し、業務と当該疾病との間に業務起因性が認められなければならない(労基法75条1項、2項)。
そして、労災保険法に基づく労働者災害補償制度が、業務に内在ないし通常随伴する危険が現実化して労働者に傷病等を負わせた場合には、使用者の過失の有無にかかわらず労働者の損失を補償するのが相当であるという危険責任の法理に基づくものであることに鑑みると、業務起因性を肯定するためには、業務と疾病との間に条件関係が存在するのみならず、社会通念上、疾病が業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものと認められる関係、すなわち相当因果関係があることを要するというべきである。そして、上記にいう相当因果関係があるというためには、必ずしも業務の遂行が疾病発症の唯一の原因であることを要するものではなく、当該被災労働者が有していた病的要因や既存の疾病等が条件又は原因になっている場合であっても、業務の遂行による過重な負荷が上記素因等を自然経過を超えて増悪させ、疾病を発症させた場合には、相当因果関係が肯定されると解するのが相当である。
原告は、平成3年頃から、本件疾病発症の基礎となり得る疾患である高血圧症を有しており、治療により平成4年頃には一度安定したが、治療を中断して飲酒及び喫煙を続け、高血圧に陥ったことが認められるので、原告の治療の中断、飲酒及び喫煙が高血圧症の増悪の一因となったことは否定できず、脳出血の大部分は高血圧が原因となる高血圧性脳出血であることからすれば、原告の治療の中断、飲酒及び喫煙が、本件疾病を発症させる一因となったことは認めざるを得ない。
しかしながら、他方で、原告の業務は、夜間に10トントラックを高速道路で運転する作業、10トントラックの荷台一杯分の荷の積み降ろし作業という肉体的精神的に負担のかかる内容であることに加え、時間外労働時間は、発症1ヶ月前で115時間30分、発症2ヶ月前で125時間45分、発症3ヶ月前で75時間15分と、新認定基準で定める「発症前1ヶ月間に概ね100時間又は発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって、1ヶ月当たり概ね80時間を超える場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる」を優に超えている。また、改善基準で「拘束時間については1箇月について293時間を超えないもの」と定めているところ、原告の拘束時間は、発症1箇月前で361時間、発症2箇月前で385時間30分、発症3箇月前で314時間30分と、基準を優に超えている。更に、1日の拘束時間が20時間を超える日が、それぞれ8日、8日、5日となっており、公休日は不規則で予定が立たない上、頻繁にある出張は目的地での宿泊を伴い、その宿泊は主に狭い部屋で同室者に気を遣いながらの宿泊であって、業務に伴う肉体的精神的疲労を回復するのに十分な睡眠を取ることは難しい環境であったことが認められ、原告は平成5年7月から本件疾病発症までこのような長距離運送業務に従事してきたのであり、このような業務の継続が、原告にとって精神的肉体的に過重な負担となり、慢性的な疲労をもたらしたものと認められる。
そして、慢性的な疲労や過度のストレスの持続は高血圧症の原因となり得るものであること、原告の高血圧症は、平成4年頃一度安定したものの、平成5年7月に長距離運送業務になって1年経過した後に本件疾病の発症に至っていることを併せ考えると、原告の業務遂行による過重な負荷が高血圧症を自然的経過を超えて増悪させ、本件疾病を発症させたとみるのが相当であって、原告の業務と本件疾病の間には相当因果関係が認められるというべきである。 - 適用法規・条文
- 労働基準法75条、76条、77条、
労災保険法12条の8第2項、13条、14条、15条 - 収録文献(出典)
- 平成20年版労働判例命令要旨集165頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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