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横浜南署長(T社横浜支店)運転手くも膜下出血控訴事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 横浜南署長(T社横浜支店)運転手くも膜下出血控訴事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 東京高裁 − 平成5年(行コ)第71号
- 当事者
- 控訴人 横浜南労働基準監督署長
被控訴人 個人1名 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1995年05月30日
- 判決決定区分
- 控訴認容(原判決取消)
- 事件の概要
- 被控訴人(第1審原告)は、T社横浜支店長付きの運転手として勤務していたところ、長期間の拘束、時間外労働時間が続き、特に昭和59年4月13、14日にかけての宿泊勤務によって体調を崩し、その後も長時間労働が続いたことから、同年5月11日、自動車を運転中にくも膜下出血を発症した。
被控訴人は、本件くも膜下出血は、過重な業務によるものであり、発症と業務との間には相当因果関係があるとして、控訴人(第1審被告)に対して労災保険法に基づき休業補償給付の支給を請求したところ、被告は原告の疾病は業務起因性の要件を欠くとして不支給決定処分とした。そこで被控訴人は、処分の取消しを求めて提訴した。
第1審では、被控訴人の発症は、長時間労働等による疲労の蓄積により脳動脈瘤が破裂したことによるものであるとして、本件処分を取り消したところ、控訴人はこれを不服として控訴した。 - 主文
- 原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第1,第2審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 労災保険法による保険給付の制度は、使用者の労働者に対する労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであるから、被災労働者の疾病が労災給付の対象となるといえるためには、労働基準法75条1項所定の業務上の疾病に該当すること、具体的には同条2項、労働基準法施行規則35条に基づく別表第1の2の各号のいずれかに該当することを要するものというべきである。本件疾病が労災保険法による保険給付の対象となるといえるためには、右別表第1の2第9号にいう「業務に起因することの明らかな疾病」に該当することを要するものというべきである。そして、当該疾病が業務に起因して発症したもの(業務起因性)と認めるためには、右業務の遂行が必ずしも当該疾病の唯一の原因ないし競合する原因の仲で相対的に有力な原因であることまで必要ではなく、当該労働者の素因や基礎疾患が原因となって発症した場合においては、業務の遂行が労働者にとって精神的又は肉体的に過重な負担となり、基礎疾患をその自然的経過を超えて急激に増悪させて発症させるなど基礎疾患と共慟原因となって当該疾病を発症させたと認められるときには、右疾病を「業務に起因することの明らかな疾病」であると認めるのが相当である。
被控訴人の業務は、精神的緊張や長時間の拘束を伴う支店長付きの車両の運行とそれに付随する作業であり、その勤務は拘束時間が極めて長いほか、時間外労働が非常に長く、昭和58年12月以降の1日平均時間外労働時間が7時間を上回っており、この中には深夜労働も含まれている上、昭和59年4月13日、14日は早朝の出庫と深夜の帰庫が続いたものであり、このような勤務が被控訴人に疲労と睡眠不足をもたらしたこと、待機中にも気を遣っていたことや休息場所が整備されていなかったことなどの事情が精神的な負担の一因となったことは首肯できないわけではない。しかし、他方出勤日数は、日曜日のほか土曜日が毎月2日休日となっており、所定の休日がすべて確保されているため、労働日数が必ずしも多いとはいえないこと、拘束時間が平均して12時間を超えているが、勤務開始から勤務終了まで終始連続して運転業務に従事しているわけではないばかりでなく、待機時間中にワックスかけをしたことを考慮しても、必ずしも被控訴人の労働密度が格段に高いとは認められず、また運転に当たって通常伴う精神的緊張の域を超えて格別な精神的緊張を伴うものであったとは認め難い上、被控訴人は血圧が正常値と高血圧の境界領域にあり、高血圧を増悪させる因子として、過度の精神的緊張、ストレスの持続が挙げられていることを考慮しても、高血圧を増悪させる因子として他に年齢、寒冷曝露、栄養摂取の不均衡などが挙げられていることに照らすと、業務が被控訴人の高血圧症を自然的経過を超えて増悪させたものとは認め難いばかりでなく、本件疾病が脳動脈瘤の破裂によって発症した蓋然性が高く、過度の精神的緊張、ストレスの持続が高血圧を増悪させる因子として挙げられていることを考慮しても、被控訴人の脳動脈瘤の発症が先天的なものか後天的なものかは解明されていない上、高血圧を増悪させる因子として、他に年齢、寒冷曝露、栄養摂取の不均衡などが挙げられていることに照らすと、被控訴人の基礎疾患である脳動脈瘤の発生、増悪に被控訴人の業務が原因となったものと直ちに認めることができるわけではない。加えて脳動脈瘤は、加齢とともに自然増悪し、血管の脆弱化が進行して、その限界に達した段階で、最後の要因として血圧上昇が加わって破裂に至るものであって、被控訴人の脳動脈瘤の破裂は、自動車運転業務に限らず日常生活上のあらゆる機会に発生してもおかしくない状態にあったといわざるを得ない上、被控訴人が本件疾病発症前に従事していた業務は、昭和59年5月1日から同月10日までに、勤務の終了が午後12時を過ぎた日は2日、走行距離が260kmを超えた日が2日あったが、同年4月下旬から5月上旬にかけては断続的に6日間の休日があった上、本件疾病発症前日の5月10日は、走行距離76km、時間外労働時間5時間10分で、従前と比較するとかなり負担の軽い勤務であったものであり、被控訴人の発症直前の業務が格別過重なものであったとはいえず、本件発症の日もこれまで例のない午前4時50分の出庫ではあるが、従前からの業務と格別異なる運行に従事したというべきものではないのであって、ことさら被控訴人の業務が過重負荷となって急激な血圧上昇を招いたものとは認め難いといわざるを得ない。
そうすると、被控訴人の本件疾病は、加齢とともに自然増悪した脳動脈瘤破裂が、たまたま自動車運転業務の遂行過程において発症したものではあるが、脳動脈瘤の発生増悪に自動車運転業務による血圧上昇が共慟原因となったとは認め難い上、自動車運転業務の遂行が精神的・肉体的に過重負荷となって高血圧症を急激に増悪させて本件疾病を発症させるなど高血圧症と自動車運転業務とが共慟原因となって本件疾病が発症したとも認め難いといわざるを得ない。
したがって、本件疾病は労働基準法施行規則35条に基づく別表第1の2第9号にいう「業務に起因することの明らかな疾病」に当たるとは認めることができないから、これと同旨の理由に基づいてされた本件不支給決定に違法はない。 - 適用法規・条文
- 労働基準法75条
- 収録文献(出典)
- 労働判例683号73頁
- その他特記事項
- 本件は上告された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
横浜地裁 − 平成元年(行ウ)第24号 | 認容(処分取消) | 1993年03月23日 |
東京高裁 − 平成5年(行コ)第71号 | 控訴認容(原判決取消)第 | 1995年05月30日 |
最高裁 − 平成7年(行ツ)第156号 | 上告認容(原判決破棄) | 2000年07月17日 |