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横浜南労基署長(T海上横浜支店)運転手くも膜下出血上告事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
横浜南労基署長(T海上横浜支店)運転手くも膜下出血上告事件【過労死・疾病】
事件番号
最高裁 − 平成7年(行ツ)第156号
当事者
上告人 個人1名
被上告人 横浜南労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2000年07月17日
判決決定区分
上告認容(原判決破棄)
事件の概要
上告人(第1審原告・第2審被控訴人)は、T社横浜支店長付きの運転手として勤務していたところ、長期間の拘束、時間外労働時間が続き、特に昭和59年4月13、14日にかけての宿泊勤務によって体調を崩し、その後も長時間労働が続いたことから、同年5月11日、自動車を運転中にくも膜下出血を発症した。

 上告人は、本件くも膜下出血は、過重な業務によるものであり、発症と業務との間には相当因果関係があるとして、被上告人(第1審被告・第2審控訴人)に対して労災保険法に基づき休業補償給付の支給を請求したところ、被上告人は上告人の疾病は業務起因性の要件を欠くとして不支給決定処分としたため、上告人は、処分の取消しを求めて提訴した。
 第1審では、上告人の発症は、長時間労働等による疲労の蓄積により脳動脈瘤が破裂したことによるものであるとして、本件処分を取り消したところ、被上告人はこれを不服として控訴した。第2審では、上告人の疾病は加齢とともに自然増悪した脳動脈瘤が、たまたま運転中に発症したに過ぎないとして、上告人の疾病の発症の業務起因性を否定し、被上告人が行った不支給処分を適法と認めたため、上告人がこれを不服として上告した。
主文
原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
判決要旨
原審の判断は是認することができない。

 上告人の業務は、支店長の乗車する自動車の運転という業務の性質からして精神的緊張を伴うものであった上、支店長の都合に合わせて行われる不規則なものであり、その時間は早朝から深夜に及び場合があって拘束時間が極めて長く、待機時間の存在を考慮しても、その労働密度は決して低くはないというべきである。上告人は、遅くとも昭和58年1月以降本件くも膜下出血の発症に至るまで相当長期間にわたり右業務に従事してきたのであり、とりわけ同年12月以降は1被へ金の時間外労働時間が7時間を上回る非常に長いもので、1日平均の走行距離も長く、所定の休日が全部確保されていたとはいえ、右のような勤務の継続が上告人にとって精神的・身体的にかなりの負担となり慢性的な疲労をもたらしたことは否定し難い。しかも、発症の前月である同59年4月は、1日平均時間外労働時間が7時間を上回っていたことに加えて、1日平均の走行距離が同58年12月以降の各月の中で最高であり、上告人は、同59年4月13日から14日にかけての宿泊を伴う長距離・長時間の運転により体調を崩したというのである。また、その後同月下旬から同年5月初旬にかけて断続的に6日間の休日があったとはいえ、同月1日以降発症の前日までには、勤務の終了が午後12時を過ぎた日が2日、走行距離が260kmを超えた日が2日あったことに加えて、特に発症の前日から当日にかけての上告人の勤務は、僅か3時間30分程度の睡眠の後、午前4時30分頃起床し、午後5時少し前に業務を開始したというものである。右前日から当日にかけての業務は、前日の走行距離が76kmと比較的短いことなどを考慮しても、それ自体従前の業務と比較して決して負担の軽いものであったとはいえず、それまでの長期間にわたる右のような過重な業務の継続と相まって、上告人にかなりの精神的・身体的負荷を与えたものとみるべきである。他方で、上告人はくも膜下出血の発症の基礎となり得る脳動脈瘤を有していた蓋然性が高い上、くも膜下出血の危険因子として挙げられている高血圧症が進行していたが、昭和56年10月及び同57年10月当時はなお血圧が正常と高血圧の境界領域にあり、治療の必要のない程度のものであったというのであり、上告人には健康に悪影響を及ぼすと認められる嗜好はなかったというのである。
 以上、上告人の基礎疾患の内容、程度、上告人が本件くも膜下出血発症前に従事していた業務の内容、態様、遂行状況等に加えて、脳動脈瘤の血管病変は慢性の高血圧症、動脈硬化により増悪するものと考えられており、慢性の疲労や過度のストレスの持続が慢性の高血圧症、動脈硬化の原因の一つとなり得るものであることを併せ考えれば、上告人の右基礎疾患が右発症当時その自然の経過によって一過性の血圧上昇があれば直ちに破裂を来す程度にまで増悪していたとみることは困難というべきであり、他に確たる増悪要因を見いだせない本件においては、上告人が発症前に従事した業務による過重な精神的・身体的負荷が上告人の右起訴し如何をその自然の経過を超えて増悪させ、右発症に至ったものとみるのが相当であって、その間に相当因果関係の存在を肯定することができる。したがって、上告人の発症した本件くも膜下出血は労働基準法施行規則35条別表第1の2第9号にいう「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するというべきである。
適用法規・条文
労働基準法75条、労災保険法12条
収録文献(出典)
労働判例785号6頁
その他特記事項