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尼崎労基署長(M製菓塚口工場)過労死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 尼崎労基署長(M製菓塚口工場)過労死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 神戸地裁 − 平成8年(行ウ)第11号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 尼崎労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1999年10月28日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- T(昭和7年生)は、昭和26年8月にM製菓株式会社に入社し、塚口工場で製造業務に従事していたが、昭和55年1月に同工場従業員食堂の給食業務に従事するようになり、昭和62年に食堂業務が子会社に移管されたのに伴い、Tは同年4月、子会社であるMサービス(株)塚口事業所に出向した。
工場では3交代制勤務が取られていることから、本件食堂では、朝食、昼食、夕食、夜食の4食を提供することとなっており、Tを含む5名が輪番で夜勤を行っていた。
Tは、昭和63年3月末頃から咳をよくするようになり、体調が不良となったことから、受診したところ、感冒症候群、肝障害、糖尿病との診断を受け、安静にすること、睡眠を十分に取ること、栄養を十分摂取すること等の指示を受けた。Tは合わせて3日の休暇を取ったが症状は改善せず、体調不良の状態が続いた。その後Tの症状は悪化し、同年4月13日には急性気管支炎、急性扁桃腺炎症と診断され、安静にするよう指示されたが、当番であったことから夜勤を続けた。そして、Tは同月14日午後9時頃工場に出勤し1人で夜勤に従事していたが、翌15日午前6時頃、食堂厨房内で倒れて死亡しているところを同僚に発見された。解剖の結果、死亡推定時刻は同日午前3時頃であり、直接死因は急性肺炎であると検案された。
Tの妻である原告は、昭和63年5月12日、被告に対し労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料並びに遺族特別支給金の各請求を行ったが、被告は平成元年8月4日、右各給付を支給しない旨の処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、労災保険審査官に対する審査請求、更には労働保険審査会に対する再審査請求を行ったが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
労災保険法12条の8第2項が引用する労働基準法79条及び80条にいう業務上の死亡とは、当該業務と死亡との間に相当因果関係が存在することをいうものであるところ、労働者災害補償保険法は、保険料の主たる原資が事業主の負担する保険料とされている上、責任保険としての性格を有すること(労災保険法12条の2の2、労働基準法84条1項)からすると、当該死亡の原因が業務に内在し、随伴する危険の現実化と見られる場合に業務と死亡との間の相当因果関係が認められると解される。
よって、被災者の死亡につき基礎疾患等他の原因が認められる場合に相当因果関係が認められるためには、当該業務が他の原因に比べて相対的に有力な原因となっていたと認められることを要すると解するべきである。すなわち、労働者があらかじめ有していた基礎疾患などが原因となって傷病等を発症させて死亡した場合には、当該業務の遂行により自然経過を超えて基礎疾患などが著しく増悪して傷病等が発症し、死亡したと認められたときに、右の業務の遂行が死の結果に対し相対的に有力な原因となっているとして相当因果関係が認められると解するのが相当である。
2 Tの業務の過重性
原告は、業務の過重性を判断するに際しては被災者の健康状態をも考慮すべきであり、本件ではTが夜勤に従事する前から肺炎に罹患していたことを重視して判断すべきであるとする。しかしながら、業務の過重性を判断する際は、原則として当該労働者と同程度の年齢、経験を有し、日常業務を支障なく遂行できる健康状態にある同僚又は同種労働者を基準とすべきであると解するのが相当であるから、Tが肺炎に罹患していたことを前提として業務の過重性を判断すべきであるとする原告の主張は採用することができない。
夜勤は昼勤と比べて調理の作業がないことなどから業務量が特に多いとはいえないこと、本件食堂の従業員も全員が夜勤を辛いと感じていたわけではないこと、辛いと感じていた者も業務自体よりは、1人きりの仕事であることや夜眠れないことが辛いと感じていたものであることが認められるのであって、これらの事実からすると、夜勤の業務内容自体が過重であったと認めることはできない。
昭和63年4月11日から15日までの夜食提供数は、いずれの日も普通の食事30食、麺食18食であったこと、夜勤食は多いときは100食を超える時もあったこと、夜勤食は1人で十分賄える量であったことなどの同僚の供述が認められる。以上からすれば、Tは発症前1ヶ月間、6ヶ月間のいずれの時期を見ても概ね1ヶ月に7日ないし10日間の所定の休暇を取っていることが認められ、時間外労働もさほど多いとは認められない。また、Tの発症直前の夜勤の業務量も、通常に比べて特に多かったという事情は認められないから、Tの発症前の業務量が通常に比して特に過重であったと認めることはできない。
以上を総合して判断するに、Tは本件発症時に肺炎に罹患しており、医者から休養を取るように指示されていたのであるから、そのような健康状態にあるTが安静にせずに夜勤に従事したことは、夜勤がTの死亡を惹起させる一因となったと考える余地がないわけではない。しかしながら、Tの肺炎がその業務により生じたものとは認められないし、Tの従事していた夜勤が特に過重な業務であったとは認められないことからすると、夜勤がTの肺炎を自然経過を超えて増悪させたとまでは認めることはできない。かえって、鑑定の結果によれば、肝硬変、糖尿病及び高血圧症等の疾患は、肺炎を死因となるまで遷延させる要因となり得ることが認められるのであるから、Tに存した右のような疾患が同人の肺炎を増悪させ、成人型呼吸促進症候群による呼吸不全又は不整脈が発症して死亡するに至ったものと見るのが合理的であると考えられる。そうすると、業務の遂行による過重負荷がTの死亡という結果に対し相対的に有力な原因となったと認めることはできない。
原告は、本件食堂の勤務体制では、夜勤の交代により同僚に大きな負担をかけることになるため、Tが夜勤の交代を申し出ることは事実上困難であったと主張する。しかし、本件食堂で夜勤の交代がなされた事例がないわけではないこと、同僚らの供述からすれば夜勤の交代を申し出にくい状況にあったものとは認め難い。加えて、発症直前のTは、周囲の者からも体調の良くないことを察知され、夜勤の交代を慫慂されていたのであるから、同僚に夜勤の交代を申し出ることにつき特段の支障はなかったというべきである。また原告は、Tの上司であるAが強圧的で、夜勤の交代を申し出ることができなかった徒手長するが、TはAに体調不良の旨連絡し年休を取っていること、AがTに対し食堂の連絡簿において「休日出勤があります。風邪ひいて大変ですがもう1日お願いします。異常なときは連絡ください」と記載していることが認められる。そうすると、TはAに対し事情を説明して夜勤の交代を申し出ることは十分可能であったと認められる。したがって、夜勤の交代が事実上困難であったことを前提に、適切な治療を受ける機会を喪失したことによりTが死亡したとする原告の主張は採用することができない。
以上のとおり、業務の遂行による過重負荷がTの死亡という結果に対し相対的に有力な原因となったものと認めることはできず、また治療機会の喪失によりTが死亡したと認めることもできないから、Tの死亡が業務に起因するものであるということはできない。したがって、Tの死亡について業務起因性は認められないとした本件処分に何ら違法はない。 - 適用法規・条文
- 労働基準法84条、労災保険法12条の8
- 収録文献(出典)
- 労働判例800号21頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
神戸地裁 − 平成8年(行ウ)第11号 | 棄却(控訴) | 1999年10月28日 |
大阪高裁 − 平成12年(行コ)第9号 | 控訴認容(上告) | 2000年11月21日 |