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尼崎労基署長(M製菓塚口工場)過労死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 尼崎労基署長(M製菓塚口工場)過労死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成12年(行コ)第9号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 尼崎労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2000年11月21日
- 判決決定区分
- 控訴認容(上告)
- 事件の概要
- T(昭和7年生)は、M製菓の子会社であるMサービスに出向し、塚口工場において給食業務に従事していた。同工場では3交代制勤務が行われていたことから、給食業務は、朝食、昼食、夕食、夜食の4回行われ、管理職を除くTを含む男性社員5人で、5週に1度当番制により夜勤を行っていた。
Tは、昭和63年3月末頃から体調を崩し、休暇を取って受診・治療したが回復せず、同年4月13日、急性気管支炎、急性扁桃腺炎症と診断され、安静にするよう指示されたが、夜勤当番であったことから勤務に従事し、同月15日未明、食堂厨房内において急性肺炎のため死亡した。
Tの妻である控訴人(第1審原告)は、Tの死亡は業務に起因するものであるとして、被控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づき遺族補償給付、葬祭料、遺族特別支給金の支給を請求したが、被控訴人はTの死亡を業務外と認定(本件処分)した。控訴人は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて提訴した。
第1審では、Tの死亡は業務によるものとは認められないとして、控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はその取消しを求めて控訴した。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対して平成元年8月4日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金、葬祭料及び遺族特別支給金を支給しないとする処分を取り消す。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 労災保険法12条の8第2項が引用する労働基準法79条及び80条にいう業務上の死亡とは、当該業務と死亡との間に相当因果関係のあるものをいうところ、労働者災害補償保険は、保険料の主たる原資が事業主の負担する保険料とされている上、責任保険としての性格を有することからすると、当該死亡の原因が業務に内在し、随伴する危険の現実化と見られる場合に業務と死亡との間の相当因果関係が認められるものと解するのが相当である。そして、被災者の死亡等について基礎疾患等や既発の疾病が存在し、業務の遂行が右疾病による症状を、自然の経過を超えて増悪させて死亡などの重篤な結果を招来したような場合には、業務が当該業務に従事する一般労働者を標準として、加重されたものであるか、又はそうでなくても当該業務が職種自体あるいは人員配置などの職場環境から代替性がなく、就業を余儀なくされた結果適切な療養、治療を受けられなかったと認められる事情があるときには、右の業務遂行と死亡などとの間に相当因果関係があるものと認めるのが相当である。
認定された事実のもとでは、Tと同程度の年齢、経験を有する健康な同種業務に従事する労働者を基準とする限り、Tの死亡に至るまでの勤務が過重勤務であるということはできず、この限りにおいて同人の死亡に業務起因性を認めることはできない。
しかしながら、Tの主な死因としては急性肺炎が考えられているところ、P鑑定人は、解剖所見から、約3週間前から肺炎が肋膜炎の併発を繰り返しながら遷延していたものと考えられるとし、肺炎の遷延と死亡との関連性については、右遷延に加えて適切な治療及び休養等の一般的要素も考慮されるべきである旨の所見を述べていること、またQ医師も、解剖所見から、Tが死亡時までにかなりの長期にわたって持続的に呼吸器系の炎症性病変に罹患している者が無理をして業務を続けていれば当然したいに負担がかかり、その病状は徐々に進行し、いずれは重篤な急性肺炎に罹患し死亡しても不合理ではないとの見解を示していること等の事情も存在する。これらの事実に、Tが死亡前に受診したR医師が2回にわたって安静を指示し、最後の4月13日には休業を指示していることをも総合考慮するならば、Tは3月下旬から肺炎に罹患し、以後同年4月8日までの勤務及び同月10日夜から15日明け方の死亡までの連続5夜にわたる夜間勤務が自然的経過を超えて、肺炎等の呼吸器疾患を増悪させたものと推認するに難くないものと認めるのが相当である。
このように、一般に当該労働者の遂行した業務内容が過重な業務とはいえないときでも、その性質や当該時点における具体的遂行状況等から、客観的にみて、発病後直ちに必要な安静を保つことや治療を受けることが困難で、引き続き業務に従事せざるを得ないという状況に置かれていた場合には、その業務によって自然的経過を超えて増悪した疾病の結果による死亡等には、当該業務に内在する危険があるものとして業務起因性を認めるのが相当である。
本件食堂に従事していた従業員は、Aを長として、女性2人及び男性5人であり、男性5人が連続5夜の輪番制で5週間に1回の周期で行っていた。しかしながら、当該週の翌週に当番の者及び前の週及び前の週の当番明けの者は、交代の日によっては10日間ほとんど連続して行わなければならず、更に上司であるAと部下との間においては必ずしも事由に交代を申し出られる雰囲気になかったこともあって、昭和61年にAが本件食堂に赴任して以来、Aが具体的に記憶しているのは、当番予定者の父親の死亡時に母親が体調を崩した折に認めた1件に過ぎず、実際には夜勤の交代を申し出る者は皆無に等しく、当番交代のシステムは有名無実といってよい状況にあった。
以上の事実に、Tの死因と推定される肺炎等の症状が重篤なものであることによれば、その治療には入院・自宅療養を含めて相当の日数を要するものと考えられることなどに鑑みるならば、Tは死亡直前における4月10日以降の5日間の夜勤のk応対を申し出ることが客観的に困難な状況にあったものと認めるのが相当である。
被控訴人は、業務起因性を肯定するための要件として、Tの職種が高度のもので非代替性を有すること、Tによる症状の自覚を挙げるけれども、当該職場における夜勤の具体的遂行状況から、客観的にみて、業務を交代することが困難な状況にあったために発病後直ちに相当期間安静を保ち、かつ治療を受けることが困難で、引き続き業務を遂行せざるを得なかったことをもって、業務に内在する危険というに足りると解されるので、この点に関する被控訴人の主張は失当である。
また被控訴人は、TはR医院に受診していたのであるから治療の機会を喪失していないとか、Tの死亡がR医師の不適切な治療に起因して生じたものであるから業務遂行と死亡との間に相当因果関係がないとか主張するけれども、Tが結果として必ずしも十分な診療・治療を受けられず、相当期間の充実した静養・加療が得られなかったのも、回避が著しく困難な夜勤等の業務遂行の結果にほかならないというべきであるから、この点に関する被控訴人の主張もまた失当に帰する。
右で認定説示したところによれば、Tの死亡について業務起因性を認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 労働基準法79条、80条、労災保険法12条の8、16条、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例800号15頁
- その他特記事項
- 本件は上告された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
神戸地裁 − 平成8年(行ウ)第11号 | 棄却(控訴) | 1999年10月28日 |
大阪高裁 − 平成12年(行コ)第9号 | 控訴認容(上告) | 2000年11月21日 |