判例データベース
菓子職人過労死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 菓子職人過労死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- さいたま地裁 − 平成17年(ワ)第2358号
- 当事者
- 原告個人2名A,B
被告菓子製造会社
被告個人1名C - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2007年12月05日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- D(32歳)は、大学夜間部に通学する傍ら、平成8年4月から平成10年3月まで被告F店で菓子職人として修行し、大学卒業後の同年4月から平成12月までG店で勤務した後、同月から正式採用となり、老舗であるP菓子店で働くようになった。P店では主人である被告Cと従業員Jとの3人で和菓子製造に従事したが、被告Cが外回りが多く、平成14年6月にはJが退職したため、Dの忙しさは倍加した。このため、Dは同年末に椎間板ヘルニアを発症して、平成15年1月に業務上災害の認定を受け、1年間の療養をすることになった。ところが、同年5月に被告Cが交通事故を起こし、11日間逮捕・拘留される事態が発生したことから、Dは出社せざるを得なくなった。
P菓子店では、同年12月14日、協力業者を招待したボーリング大会及び食事会を開催し、Dは夕刻まで普通に作業した後、午後6時からボーリング大会に参加し、その後食事会にも参加して、深夜まで接待に務めた。Dは、翌朝3時50分頃、風呂場浴槽内で死亡しているのを発見された。Dの死因は、心原性突然死と診断された。
Dの両親である原告らは、Dの死亡は過重な労働が原因で、被告には安全配慮義務違反があったとして、被告らに対し損害賠償を請求した。 - 主文
- 判決要旨
- 1 業務と死亡との間の相当因果関係の有無
恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合、疲労の蓄積が生じ、発症の基礎となる血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し、その結果、脳・心臓疾患が発症する場合があることは医学的に広く認知されている。中でも労働時間の長さは、疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられている。長時間労働は、脳血管疾患をはじめ虚血性心疾患、高血圧、血圧上昇などの心血管系への影響が指摘されているところ、これは、長時間労働により睡眠が十分に取れず、疲労の回復が困難となることにより生ずる疲労の蓄積が原因と考えられるからである。そして、業務による疲労やストレスが、疾患の発症に影響を与えたは、労働時間、勤務形態、作業環境、精神的緊張の状態等を具体的かつ客観的に把握、検討し、総合的に判断することが相当である。
これを本件についてみると、Dは死亡前2ヶ月において恒常的に1日10時間以上労働していること、Dの死亡前2ヶ月の時間外労働が月100時間以上にわたっていること、Dはヘルニアの手術後約4ヶ月で、痛みも残る状況で復帰し、10月22,23日の5周年記念行事では、数日連続で午前0時過ぎまで働いていたこと、同月29日には胃痛を訴え、十二指腸潰瘍の疑いがあると診断されていること、所定休日は週1日であったものの、行事前の繁忙期や作品展が重なるとこれを返上して働いていたこと、10月下旬から11月にかけては所定休日を通院日に充てており、十分な休息が取れていないとみられること、死亡前日は朝から通常の業務を行い、協力業者とのボーリング大会、懇親会に参加し、死亡当日の午前2時近くまでこれが続いていたことが認められる。これらを総合考慮すると、Dは、長時間労働などによる疲労及びストレスが蓄積した結果、心臓性の疾患を発症したと推認することができる。よって、Dの疾病の発症は業務に内在する危険が現実化したものというべきであり、業務と本件死亡との間には相当因果関係も認められる。
2 被告らの債務不履行ないし過失の有無
被告会社は、労働者を雇用して自らの管理下に置き、その労働力を利用して企業活動を行っているのであるから、使用者として、労働者との間の雇用契約上の信義則に基づいて、業務に従事させるに当たっては、業務過程において労働者にかかる負担が著しく過重なものとなって、労働者の生命・健康を損なうことのないように、労働時間、休憩時間及び休日等について適正な労働条件を確保し、労働者の安全を確保する安全配慮義務を負うというべきである。具体的には、被告会社は、Dの労働時間を把握し、過度に長い労働を課すことのないよう労働時間を統制し、Dの健康が損なわれることのないよう配慮すべき義務があった。とりわけ、被告会社はDの健康状態を認識していたのであるから、業務の割振りや労働時間についてはなおのこと配慮をし、労働により症状が悪化することにないよう注意すべきであったというべきである。
にもかかわらず、被告会社はDの労働時間を正確に把握し、管理することなく、恒常的に1日10時間以上の勤務をさせ、行事前には休日出勤や午前零時を回る長時間の勤務をさせていたのであるから、被告会社が上記義務を怠ったことは明らかである。そして、被告Cは、被告会社の代表取締役であると同時に菓子職人として作業場において和菓子製造を行い、Dら従業員を直接指導・監督する立場にあったが、Dに適宜休憩を取らせたり、勤務時間を短縮するなどの措置をとったことは認められず、長時間勤務の続く状態を放任していたのであり、上記の義務を怠ったというべきである。したがって、被告会社には、労働契約上の安全配慮義務の不履行があり、被告Cには不法行為上の過失があったというべきである。
3 過失相殺
Dは、浴槽内で死亡しているのを発見されているところ、業務による疲労が蓄積したところへ、更に飲酒後入浴したことにより肉体的疲労がかかったことが、血管病変の悪化に一定程度の影響を与えた可能性を否定し難い。二次会は午前2時30分頃まで行われており、Dはこれに近い時間まで飲酒していたと推認されるところ、そうであれば、長時間の労働や当日の業務とそれに続くボーリング大会等で疲労が蓄積していたDとしては、身体への負担を考え、入浴を控えるべきであったということができる。
以上によれば、Dの損害の全額を被告らに賠償させることは衡平を欠き、相当でないから、民法418条及び同法722条2項を適用し、Dの損害額の8割をもって、被告らが賠償すべき額と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法415条、418条、709条、722条2項
- 収録文献(出典)
- 平成20年版労働判例命令要旨集205頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|