判例データベース
アジア航A社女性暴行解雇事件
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- アジア航A社女性暴行解雇事件
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成12年(ワ)第2173号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2001年11月09日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告会社は、航空機による写真撮影等を目的とする株式会社であり、原告(昭和42年生)は平成3年4月に被告会社に雇用され、関西生産技術部地域計画課に勤務していた女性、被告(昭和42年生)は平成7年8月に被告会社に雇用され、平成9年3月には原告と同じ課に勤務していた男性である。
平成9年3月4日、原告は被告に対し印刷機のカートリッジを注文するよう告げたところ、被告は日頃から命令調で口をきく原告に反感を持っていたことから、自分でやれば良いと言い返した。原告は、被告が入社間もないことなどから腹を立て言い返したが、被告は「いつも指図するな」と応じて言い合いになった。両者は別室で話合いをしたところ、被告は「俺は女に指図されるのは嫌いなんや」等と言い、原告は「指図はしていない」と応じ、口論になったところ、激高した被告は右平手で原告の左顔面を1回殴打した。被告は更に原告を殴打しようとしたが、同僚に止められて引き離された。
原告は、被告の暴行によって左目の下あたりが赤く腫れ、痛みがあったが、患部を冷やすなどして仕事を続け、夕刻及び翌日に頭痛がしたものの鎮痛剤で抑えて残業をした。その後原告は医師の診察を受けたところ、顔面挫創、頸部捻挫により1週間の通院治療を要するとの診断を受けた。原告はその後も頭痛を訴えて通院し、頭痛のほか、頸部、顎関節に激しい痛みを感じ、手が震え、呼吸がしにくくなり、時にひきつけ症状を起こすようになった。原告は、その後腰痛も訴えるようになり、顔面挫創、頸部捻挫に加え、頭部外傷、メニエル氏病と診断され、その後腰部捻挫の診断がなされ、平成11年8月には、傷病名を、顔面挫創、頸部捻挫、頸部外傷、腰部捻挫とし、頸部腰部痛、手のしびれ、右顎関節痛、頸のこむら返り、目眩等の症状あるとする診断がなされた。
原告は、事件後の当日、被告が退職したいと言っていることを聞き、穏便な措置を求めたところ、被告会社が中に入って仲直りをすることになり、翌日上司が従業員の前で円満解決を報告した。しかし、原告は暴行等による痛みが続いていたこともあり、被告会社に穏便な措置を求めたことを後悔するようになり、同月8日、被告会社に謝罪を求めた。被告会社は、原告の症状が長期化する可能性があると認識し、原告に対し当面出勤扱いにすることを告げた。
その後、被告会社は、双方で協議すること、欠勤の釈明を求めること等の内容証明郵便を原告に送付し、それ以降事務的な対応をとるようになり、同年7月1日以降は賃金を支払わなくなった。被告会社は、同年12月4日、原告を休職処分とし、原告が正当な理由なく職場離脱をし、以降長期欠勤を続けた等は就業規則の解雇事由に当たるとして、平成11年8月31日をもって原告を解雇した。
これに対し原告は、被告の暴行により長期休業を余儀なくされたとして、被告及び被告会社各自に対し、治療費327万4599円、交通費84万0200円、慰謝料500万円の支払いを求めるとともに、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と判決確定までの賃金の支払いを請求した。 - 主文
- 1 原告と被告アジア航測株式会社との間において、原告が同被告に対する雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告らは原告に対し、各自254万3418円及びこれに対する平成9年3月5日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員の支払をせよ。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用はこれを3分し、その1を被告らの、その余を原告の負担とする。
5 この判決は。2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 原告と被告とは一旦仲直りをしたことが認められるが、その当時、原告自身、傷害については、顔面が赤く腫れていることと痛みがあるという程度の認識であり、治療が長引くという予測はなく、被告らにおいては、原告に傷害が生じたという意識もなかったのであり、仲直りの席でも傷害に対する損害賠償のことは話題になっていなかったものであるから、上記暴行当日の仲直り及びその翌日の解決の報告をもって損害賠償請求を全くしないことを内容とする和解であるとすることはできない。従って、被告は、その暴行により原告に生じた相当因果関係の範囲内の損害については、その賠償責任を免れない。
原告の症状は、頸椎そのものの損傷はなく、MRI検査で椎間板膨隆が見られるだけであるから、被告の暴行によって生じた傷害は顔面挫創と頸部捻挫に止まるというべきで、咬合異常、腰部捻挫はその発症の時期からみても、被告の暴行によるものとはいい難い。そして、頭痛、頸部痛、めまい等の症状については、暴行当日残業したり、翌日出張したりして、医師の治療を受けたのが翌々日になったという経緯から見れば、頸椎捻挫に対する治療の遅れが症状悪化に繋がった可能性は否定できない。ただし、頸椎捻挫が数ヶ月も治癒しないことは稀な例というべきであって、原告の症状については、当初から被告らの対応に不信感を抱き、その過程で被告が原告の神経を逆撫でするような書面を送り、被告会社も事務的な対応に変わり、これらが原告の被害感情を強くしたという経緯によれば、心因的なものが大きく作用しているといわざるを得ず、メニエル氏病もこれに原因するというべきである。心因的な症状に対する治療費の全てを加害者の負担とすることは、損害の公平な分担という理念に沿わないが、本件では、被告が必要もないのに原告の感情を逆撫でするような書面を送り、暴行した事実は明白であるのに、当初の仲直りの後は全く謝罪することもなく、また被告会社も一定の時期以降は事務的な対応に終始したことを考慮すれば、これらが原告の負担を強めたことは容易に推認できるから、以上を総合して、原告に生じた損害は、本訴提起までの損害額から4割を控除したものに限るのを相当とする。
損害額は、323万円9031円の6割に相当する194万3418円を、被告の暴行と相当因果関係のある損害と認めることができる。また、慰謝料としては、症状の程度や治療期間が長期に及んでいること等諸般の事情を考慮し、60万円を相当とする。
被告の原告に対する暴行は、原告が印刷機のカートリッジの注文を命じたことを端緒とし、被告会社の備品管理に密接に関わるもので、原告の被告に対する業務指示のあり方という業務に起因したものであるから、被告の暴行は被告会社の業務の執行につき加えられたものということができる。そうであれば、被告会社は、被告と連帯して、原告に対する損害賠償の責任を負うといわなければならない。
被告会社の上司らが、当初原告の病状を気遣い、十分に治療するように告げ、また出勤扱いにする旨述べていたことが認められるものの、被告会社は、当初は原告の治療が長期化するとの意識は持っていなかったもので、その中で期限を特に告げずに出勤扱いにすると述べたとしても、治療が予想を超えて長期化した場合にも全期間について賃金を支払うとの趣旨を含むものではない。原告の症状が著しい外傷のあるものではなく、他覚症状もないものであったことからすると、出勤扱いにする期間としては、1,2ヶ月を想定したものというのを相当とする。以上によれば、原告の平成9年7月1日以降の賃金請求権は理由がない。
被告会社は、原告が平成9年3月14日以降、正当な理由なく職場離脱をし、以後長期欠勤を続けた旨主張するが、被告会社は原告又は両親に対し、当分の間は出勤扱いをする意向を示して、同年6月30日までは出勤として取り扱ってきたから、この期間を無断欠勤ということはできない。また原告はその後も欠勤したが、診断書等を被告会社に送付し、同年12月4日、被告会社が原告を休職処分としたことが認められるから、同日以降の原告の欠勤は無断欠勤ということはできない。そして、原告には現実に頭痛や頸部痛が存在したことを認めることができ、これに被告会社も被告の使用者として責任があるから、これを原告が訴えたことをもって原告を責めることはできず、原告やその代理人が治療費の支払い手続き等に関して連絡を取ることは何ら違法なことではない。そして、原告が被告を刑事告訴したことも、原告を非難することはできない。そうすると、原告に、就業規則「職務を著しく怠った者」、「その他不都合な行為があったとき」に該当するとはいえないし、「著しく職務怠慢か又は職務成績劣悪でその他会社又は同僚の迷惑となる時」に当たるともいえない。
原告の欠勤は、被告会社の従業員が行った暴行に原因するもので、純粋に私的な病気によるものではなく、その治療費については被告会社にも支払の責任があり、治癒を待って復職させるのが原則であって、治癒の見込みや復職の可能性等を検討せず、直ちに解雇することは信義に反するというべきである。以上によれば、原告に解雇事由はないというべきであって、本件解雇は権利の濫用として無効である。ただし、原告は現時点においても、精神的に不安定な面もあり、原職に復帰できる状況にあるか疑問であって、未だ債務の本旨に従った労務の提供があるとはいえないから、その賃金請求はこれを認めることはできない。 - 適用法規・条文
- 民法709条、715条
- 収録文献(出典)
- 労働判例821号45頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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