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H社・S社契約解除解約金支払事件

事件の分類
その他
事件名
H社・S社契約解除解約金支払事件
事件番号
東京地裁 - 平成7年(ワ)第23207号
当事者
原告 H株式会社
被告 S株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1997年11月26日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
原告は、平成5年10月1日、被告との間で、1年間の自動車運行管理請負契約(本件契約)を締結し、被告の提供する自動車について、種々の運行管理業務を行ってきた。そして、本件契約には特約として「被告が、原告の配置した車両運行管理者を被告の従業員として採用する目的で、本件契約を拒絶した場合には、基本管理料(月額43万円)の6ヶ月分の解約金258万円を支払う」旨の条項が存在していた。

 原告は、平成6年1月4日から、従業員であるKを被告に配置し、Kは被告副社長の専属運転手として運行管理業務に従事していたところ、被告は、平成6年5月初旬頃から、Kに対し原告を退職して被告の従業員として働くことを勧誘するようになり、Kは同年11月頃、被告の従業員となることを決意した。本件契約は平成6年10月1日、同一の条件で更新され、Kは引き続き副社長の専属運転手として業務を行っていたが、被告の従業員になることを予定して、平成7年6月30日に原告を退職した。そして、同年7月21日、被告はKを従業員として採用する目的で、原告に対し同年10月1日以後の本件契約を拒絶する旨の意思表示をしたため、本件契約は同年9月30日をもって終了した。
 これについて原告は、被告の行為は本件契約の特約条項に違反するとして、解約金の支払いを催告したが、被告は、運転業務は労働者派遣法4条3項に違反し無効であること、仮に私法上は有効であるとしても、同法33条2項に実質的に違反するものとして無効であることなどを主張して解約金の支払いを拒否したことから、原告は解約金の支払いを請求して本訴を提起した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 本件契約が労働者派遣法4条3項に違反する無効な契約か

 労働者派遣法(以下「法」)は、労働力の需給の適正な調整を図るため労働者派遣事業の適正な運営の確保に関する措置を講ずるとともに、派遣労働者の就業に関する条件の整備等を図り、もって派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進に資することを目的とする。そして、法4条3項は、右の目的を達成するため、同条1項にいう適用対象業務以外の業務について労働者派遣事業を行うことを禁止し、その違反に対しては1年以下の懲役又は20万円以下の罰金という刑事罰を課するものとしている。

 しかしながら、法4条3項の規定は、労働力需給システムとして需給の迅速かつ的確な結合を図るためには、労働大臣の許可等の要件の下で労働者派遣事業という方法により行わせる必要のあるものに限って右事業を行わせることが適当であること、及び雇用慣行に悪影響を及ぼすことの少ない業務分野に限って労働者派遣事業を許すことが適当であることなどに鑑みて、同条1項にいう対象業務以外の業務について労働者派遣事業を行うことを禁止し、もって労働者派遣事業の適正な運営の確保と派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進を図るという政策的若しくは公益的見地から行政上設けられた取締規定にすぎず、その違反行為の民事上の効力まで否定する趣旨の効力規定ではないものと解される。したがって、本件契約に基づいて行っていた労働者派遣事業が、法4条3項に違反していたとしても、これをもって直ちに本件契約が右規定に違反して無効となるものということはできない。

2 労働者派遣法33条2項違反による本件解約条項の無効

 法33条1項は、「派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者との間で、正当な理由なく、その者に係る派遣先である者に当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用されることを禁ずる旨の契約を締結してはならない」旨を規定し、同条2項は、「派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者に係る派遣先である者との間で、正当な理由なく、その者が当該派遣労働者を当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用することを禁ずる旨の契約を締結してはならない」旨を、それぞれ規定している。

 ところで、右の各規定は、派遣元事業主と派遣労働者及び派遣元事業主と派遣先との間で、正当な理由なく、派遣労働者が派遣元事業主との雇用関係の終了後、派遣先であった者に雇用されることを制限する旨の契約を締結することが許されることとなると、憲法22条により保障されている派遣労働者の職業選択の自由を実質的に制限し、派遣労働者の就業の機会を制限する結果となって、法の立法目的が達成されなくなることから、派遣元事業主と派遣労働者の間のみならず、派遣元事業主と派遣先との間においても、右のような契約を締結することを禁止し、もって派遣労働者の職業選択の自由を特に雇用制限の禁止という面から具体的に保障しようという趣旨に基づいて設けられた規定であると解される。したがって、法33条に違反して締結された契約条項は、私法上の効力が否定され、無効なものと解される。

 また、形式的には同条に違反していない契約条項であっても、派遣元事業主が、派遣先との間で、正当な理由なく、派遣先が派遣労働者を派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用することを禁ずる結果となる契約条項を締結することも、実質的に同条に違反するというべきであるから、そのような契約条項も、私法上の効力が否定され、無効なものと解するのが相当である。

 ところで、(1)本件解約条項は、形式的には法33条2項に違反してはいないこと、(2)本件解約条項に基づく解約金支払義務の発生要件は、車両運行管理者を従業員として採用する目的で本件契約の更新を拒絶したことであって、被告が原告の配置した車両運行管理者を被告の従業員として現実に採用したか否かはその要件とはなっていないこと、(3)原告は、新規採用した従業員を顧客へ派遣する以前に、約3ヶ月にわたる教育を実施していること、(4)被告は、本件解約条項に違反することを十分に承知しながら、Kを被告の従業員として採用する目的で、本件契約を拒絶したこと、(5)現にKは自ら希望したとおり、被告に雇用され、安定した雇用条件の下で就業していることが認められる。

 しかしながら、他方、(6)原告は本件契約に基づき、法4条1項にいう適用対象業務以外の業務について労働者派遣事業を行っていたこと、(7)本件解約条項は、形式的には法33条2項に違反してはいないが、被告が原告からの派遣労働者を採用する目的で本件契約の更新を拒絶した場合における解約金支払義務の存在をあらかじめ定めたものであること、(8)解約金は極めて高い額に設定されていること、(9)被告は、解約金を支払わない限り、原告からの派遣労働者を従業員として採用することができない結果となっていること、(10)そのため、右派遣労働者としても、本件解約条項のため、就業の機会が実質的に制限されることを甘受しなければならない結果となっていることなども明らかである。

 したがって、(1)ないし(5)の各事情を考慮に入れても、本件解約条項は、憲法22条により保障されている派遣労働者の職業選択の自由を実質的に制限し、派遣労働者の就業の機会を制限する結果を生じさせ、法の立法目的の達成を著しく阻害するものというべきである。すなわち、本件解約条項は、法33条2項の適用若しくは類推適用を回避することを目的として設けられた約定といわざるを得ないから、同条項に実質的に違反するというべきである。
 以上のとおり、本件解約条項は、形式的には法33条2項に違反するものではないが、実質的に右の規定に違反するものとして、私法上の効力が否定され、無効なものと解される。
適用法規・条文
憲法22条、労働者派遣法4条、33条2項
収録文献(出典)
判例時報1646号106頁
その他特記事項
本件は控訴された。