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M医療生活協同組合(K総合病院)看護師長解任等事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- M医療生活協同組合(K総合病院)看護師長解任等事件
- 事件番号
- 名古屋地裁 - 平成18年(ワ)第1955号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 医療生活協同組合 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2008年02月20日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 被告は、消費生活協同組合法に基づき設立された医療生活協同組合であり、本件病院の外、診療所等を経営している。原告は、高校2年在学中に被告の正職員として採用され、昭和57年1月に一旦退職した後、昭和59年3月に再び被告の正職員として採用され、本件病院で勤務し、平成7年10月に同病棟の師長に昇格した女性である。
原告は、平成7年12月に結婚し、平成8年4月22日から腰痛症及び左股関節痛のため病休し、引き続き6月17日から産休に入り、更に同年9月24日から平成9年6月末日まで育児休業を取得した。
原告は、平成9年7月に平看護師として職場復帰し、平成10年4月から、育児のため、一旦退職した上、パート看護師として外来勤務となったが、平成12年6月頃、原告は総師長と面会し、正職員への採用を希望したところ、3交代勤務ができる条件でしか採用しないといわれ、それが可能になれば3交代勤務に従事する旨回答を受け正職員に復帰した。
被告は、増設する2病棟に必要な看護師を配置するための特別異動として、平成13年8月から9月にかけて数十名の人事異動を行い、同年9月18日、原告に対し病棟勤務となる本件異動命令を内示したところ、原告は夜間に子供の看護の態勢が取れないとして外来勤務を希望したが、上司は、正職員に採用された際病棟勤務で3交代もできると言ったはずであるとして異動を求めた。
原告は、同月29日、育児休業法に基づく深夜業免除対象者である旨指摘し、異動命令の撤回を求める組合名義の書面を交付し、翌30日、組合と協議して、取りあえず病棟で勤務しつつ深夜業制限を求めていくこととし、その後は本件異動に異議を述べることはなかった。原告は、同年10月23日の深夜勤、翌24日の準夜勤につき、いずれも日勤をするとして同日の朝出勤し、勤務の変更を拒否されても所定の勤務をしなかったため、欠勤として取り扱われた。
原告は、同年11月6、7日に深夜勤、準夜勤を行った後、夫の勤務状況を記載した文書を提出したことから、被告は12月の勤務について原告と協議しようとしたが、原告があくまで夜勤に応じようとしないため、11月28日から「夜勤のできる条件ができるまで」自宅待機を命じた。これに対し原告は、直接又は代理人などを通じて復職を求めた。本件組合らと被告は、平成14年2月28日、原告の深夜業制限請求権を確認し、同年4月1日から就労復帰するとの確認書を取り交わし、被告は同日付けで原告を西6号病棟に復帰させた。
原告は、被告が合意なく師長を解任したことは育児休業法に違反し違法であること、産休中に降格や手当の減額を行うことは労基法65条、4条、平成9年改正前の男女雇用機会均等法8条等に違反し無効であること、復職時に師長に復帰させなかったことは旧育児休業法9条に反し違法であること、女性労働者に係る健康配慮義務にも違反することとして、師長解任は債務不履行又は不法行為に該当すると主張した。また、原告は、正職員として働き続けられない状況に陥り、パートへ変更せざるを得なかったことは旧育児休業法10条、11条等に違反し、債務不履行又は不法行為となること、被告は原告が夜勤ができない状況であることを認識しながら、原告の意向を確認せず、かつ多数いる看護師の中から原告に本件異動命令を発したこと、原告は本件組合の組合員として院内保育所の外部委託反対運動の先頭にいた頃、当時の総師長から手を引くように言われた事実に鑑みると、本件異動命令は原告の組合活動を嫌悪して行った報復人事であり不当労働行為に当たること、被告は原告を無理やり夜勤シフトに組み入れ、これを拒否した原告を事実上の無期限自宅待機命令を発したことは債務不履行又は不法行為に当たることを主張し、師長解任による逸失利益663万4000円、被告の行為により被った精神的苦痛に対する慰謝料1000万円を請求した。 - 主文
- 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 師長解任及びパートへの変更について
認定事実によれば、被告は原告に対し、師長解任に先立ってその了解を求め、原告はこれを承諾したものと認めるのが相当である。師長解任のような降格を人事権の行使として裁量的判断で行うことは原則として許容され、強行法規に反したり、人事権の濫用に当たる場合に違法になるにすぎないものというべきである。
原告は、師長解任が旧育児休業法の趣旨及び同法12条に基づく労働大臣の定める指針に反し違法であると主張するが、旧育児休業法が育児休業取得を理由とする解雇のみを禁止していることは明らかであるほか、師長解任が育児休業申請の2ヶ月以上前に行われたこと、原告が産前産後休業を取得する前に2ヶ月近く病休を取得したこと等に照らし、直ちに、これが育児休業取得を理由とするものであると認めるに足りず、また労働者の育児休業の取得を事実上困難ならしめ、ひいては、労働者に権利を保障した法の趣旨を実質的に失わせるものとも認め難い。原告は、産前産後休業中の降格や手当の減額は、労基法65条、4条、旧雇用機会均等法8条、憲法14条、公序良俗に違反するとも主張するが、師長解任が原告の産休取得を理由とするものであると認めるに足りる証拠はないから、同主張も採用できない。
また、原告は、復職時に師長に復帰させなかったことは旧育児休業法9条に反し違法であり、裁量権を逸脱した行為であると主張するが、同法が事業主に原職復帰の義務を課していないことは明らかである。また、認定事実、特に原告が外来勤務の平看護師として復帰しながら勤務を継続できなかったこと、原告が師長就任直後に妊娠し、病休し、その後1年以上職場を離れたこと、師長のポストは限られていること等に照らし、原告を師長に復帰させなかったことが裁量権を逸脱した行為であるとも認められない。
原告は、外来の平看護師としてもフルタイムでの勤務が困難であることが窺われるし、またそのような状況になったことが不本意であったとしても、そのことと上記意思表示が真意に基づくものであるかどうかとは別の問題であるといわざるを得ない。また、原告は、被告に旧育児休業法10条の定める「1歳に満たない子を養育する労働者で育児休業をしない者」に該当した期間は1ヶ月足らずしかなく、かつ、原告が勤務時間短縮等の措置を申し出たという事情は窺えず、11条については事業主に努力義務を負わせるに過ぎない。更に原告は、職場の人事配置が十分でなく、思うように休みが取れないなどと被告の育児支援策の乏しさにつき種々指摘するが、そのような措置を講じなければ、旧育児休業法が労働者に権利を保障した趣旨を実質的に失わせて、違法な状態になるとまでは解されない。
2 本件異動命令の効力、債務不履行又は不法行為の成否
被告の就業規則には、正職員に日直及び宿直勤務の義務があり、また被告以外への出向を命じられることがある旨の定めがあるところ、これらの定めや人事管理の必要に照らし、被告は職員の配置の変更を命じる権限を有するものと解される。原告は、今は3交代勤務が不可能であるとして、本件異動命令は配転権の濫用になると主張するが、証人らの、原告が3交代勤務の条件が整ったとして3交代勤務を条件に正職員に採用したとの証言は信用できる。また、病棟増設のため、病棟での経験が豊富で能力もある看護師を新たに病棟に配置する必要があったこと、原告はこれに該当すること等の事情に照らすと、被告には本件異動命令をなす業務上の必要性があったと認められる。そして、その他被告に不当な意図があったとの事情は認められないし、また、仮に原告が通常通りの3交代勤務が困難な状況にあったとしても、事情によりある程度の調整ができるのであるから、そのことが本件異動命令の合理性を失わせるほどの不利益であるとも認められない。よって、本件異動命令が配転権の濫用に当たるとはいえない。
本件異動命令は、結果として原告の夜勤を免除したとはいえ、当初、被告は原告に3交代勤務をさせようとした点で一応不利益取扱いであるといい得るものの、他方、被告には原告が夜勤のできない状況にあるとの認識はなく、業務上の必要性も認められるなど、合理性が肯定される上、その意思決定をした師長会議においては特段の異論なく承認されていること、本件組合は院内保育の外部委託に同意していること、原告は本件異動命令について、当初不当労働行為との主張はしていなかったことも併せ考慮すると、本件異動命令が労働組合の正当な行為をしたことの故をもって不利益な扱いをしたものと推認するには至らない。
3 深夜業制限請求の拒否の存否と、債務不履行又は不当労働行為の成否
労働者が深夜業制限の請求をするには、事業主に対して、書面により、(1)請求年月日、(2)請求に係る制限の初日、常態として深夜に子を保育できる状態にある16歳以上の同居の家族がいない事実等を記載して提出することにより行わなければならない。しかるに、原告が10月22日に提出した深夜業制限請求書は、上記(1)及び(2)を実際の請求日より1ヶ月以上遡らせたものであり、適式な請求ということはできない。
上記請求は適式でないし、実質的な考慮としても、上記証明書類すら提出されない11月9日以前に被告において制限勤務の準備をしておくべきであるとはいえず、同月9日の時点では、既に勤務表に従った勤務が始まっているのであり、その僅か2週間後から制限勤務を開始することは、被告の事業の正常な運営を妨げるものというべきである。
4 自宅待機命令が債務不履行又は不法行為となるか
職場の人間関係が険悪になったこと、原告が深夜業の制限の外、日曜祝日等の勤務も拒否するに至ったため、原告の希望を聞き容れれば著しい不公平を生じ、これを容れなければ職場が一層混乱することが懸念される状況になったことが推認できる。そして、証人らは、「職場を平穏な状態に戻すため、また原告と冷静に話し合いができる環境を作るための自宅待機を命じた」旨証言するところ、同証言にかかる事実が認められる。これによれば、自宅待機命令は業務上の必要性から発令されたものと認められ、原告が深夜業の制限を請求したこと自体を理由としたものであるとは認め難い。なお、業務命令による自宅待機命令は、賃金を支払う限りは就業規則等の根拠を要せずに行うことができ、上記事情の下ではこれが権利の濫用であるとは認められない。
5 病棟への職場復帰が債務不履行又は不法行為となるか
既に病棟に配置された原告を病棟に配置し続けることが違法であるというには、被告に原告を他の部署に異動させる作為義務があることが前提となり、上記合理的必要性がないというだけでは、被告にそのような作為義務があると解することはできない。また、原告の能力・経験からして、3交代勤務ができないからといって、原告を病棟に配置する合理的必要性がないとまでは認め難い。 - 適用法規・条文
- 育児休業法9条、12条
- 収録文献(出典)
- 労働判例966号65頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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