判例データベース
N社(帰化嘱託従業員)雇止事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- N社(帰化嘱託従業員)雇止事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成18年(ワ)第7863号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2008年06月17日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、電気機械器具の製造・販売等を業とする株式会社であり、原告(昭和24年生)は、中国で生まれ、大学卒業後被告が中国で設立した合弁会社に入社して通訳として勤務し、来日後の平成3年4月に被告に雇用された女性である。
原告が合弁会社に勤務していた当時、被告の専務(後の副社長)と面識を持ち、同副社長から日本に来たら連絡するように言われたことから、原告は日本に留学した際副社長に連絡をとり、被告への入社を希望した。これを受けた副社長は人事担当者に原告を紹介し、人事担当者は原告と面接をしたが、正社員のレベルではないことから、雇用期間1年間の嘱託として原告を採用した。
原告と被告は、その後1年単位の嘱託契約を13回更新し、その間原告は平成10年3月に、家族と共に帰化して日本国籍を取得した。平成12年8月以降、原告が所属する国際事業本部の業務の縮小に伴って原告の担当業務が縮小したこと、原告は協調性に欠け、日本語のレベルも低く、勤務態度も良好でないなどの問題があることから、原告を雇止めをすることとなり、被告は、平成16年3月29日、業務上の都合から原告との契約更新の必要性はないが、激変緩和措置として1年間の契約更新を行うとの決定を伝え、この方針を記載した書面(平成16年契約)を提示した。原告はこれに納得できないとして、4月中に3回の面談が行われ、結局原告は4月22日にこれを受け容れると意思表示をしたが、同月26日になってこの契約を撤回した。そして、被告は、平成16年契約の期間が満了になる平成17年4月30日をもって委嘱契約を終了する旨の通知を行った。
これに対し原告は、被告の正社員として雇用されたものであり、本件更新拒否は正当な理由のない解雇であること、また平成16年契約は、被告の脅迫又は欺罔行為により錯誤によって署名・押印したものであることから同契約の無効を主張し、雇用契約上の地位確認と賃金の支払いを請求した外、本件解雇により家族の破壊も招き、著しい精神的苦痛を受けたとして、慰謝料1000万円の支払いを請求した。 - 主文
- 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 原告は被告の正社員か期間雇用の従業員か
原告・被告間の労働契約の期間が1年であることは否定する余地がないが、14年に及んだ原告・被告間の労働関係の中で、これを見直し、期間の定めのない契約に切り替えようという動きのないまま、毎年労働契約が更新されてきたことは事実である。
原告が被告に採用される前の時点で、原告と面識を持っていた副社長が、正社員になれる期待を抱かせるような甘い話を原告にした可能性は否定できず、原告が正社員になれるような趣旨(「転正」「中採」)を手帳に書き付けたのは、原告が自己に都合の良いように受け取った可能性もある。しかし、いずれにせよ、副社長がしたのは原告を採用担当者に紹介したことまでであり、その後は採用担当者の手に委ねられ、その結果雇用期間1年の従業員として採用することが決まり、原告もこれを受け容れ、そのような雇用期間の定めで契約を続けてきたのであるから、それ以前の副社長との会話や、励ましの手紙等は結論に影響しないというべきである。
原告は、正社員になる約束だから来日し、帰化もしたと主張するところ、確かに雇用期間1年の不安定な身分で来日し、家族も呼び寄せるという行動に出ることは考えにくい。この点、副社長が正社員の期待を抱かせるような甘い話を原告にしたり、原告が都合良くこの言葉を解した可能性もあり、更に更新が暗黙のうちに予定されており、このため原告が家族を呼び寄せたと考える余地もある。ただし、帰化はその一連の行為とも解し得ないでもないが、極めて個人的な意思決定であるので、被告の働きかけは考えにくい。
そして、原告は雇用期間1年の従業員として採用され、その後も1年毎に契約書を作成してきており、原告が正社員にしてくれるよう被告に再三働きかけていたことは被告も認めるところであるから、少なくとも当初は原告に正社員になる途が存在したことも考えられる。しかし結局そうならず、1年間の雇用期間の更新を重ねてきたことは、被告が原告の働きぶりなどを評価して、当初の期待に応えるほどでないとの判断に至ったと解し得るから、契約の更新が全く形式的なものとは解されない。
原告の身分は、社会保険、社宅、財形貯蓄、社内預金等の福利厚生等を享受できた点及び月額賃金も最高35万円と低くなく、賞与もあったという点では、正社員的な部分もある。しかし、原告の主張からは、正社員の要素として、期間の定めのない雇用契約であり解雇が制限されているという点が最も重視されていると思われるところ、これが該当しないことは前記のとおりであるから、原告が正社員であるとの主張は成り立たないといわざるを得ない。
2 原告と被告との間の雇用契約は終了しているか
原告と被告の担当者等は、複数回の面談を経て、その中で被告は労働契約を更新しない明確な方針を伝え、これに対し原告も、会社の状況を理解しつつも、自己の生活を考えれば当然とも思われる要望を述べているもので、事態をよく理解して任意に意思決定しているといえる。また、複数回の面談が持たれていることから、原告としては納得のいかない提案が示されたところで、次回までに検討したり、相談できる者に相談することができ、原告が他者に相談していた様子が認められる。したがって、そこに被告が契約を締結させるよう脅迫したとか、欺罔により原告が何らかの錯誤に陥ったなどの事情を認めることはできない。原告は、これ以上契約が更新されないことを理解して16年契約の契約書に署名・押印をしているもので、一種の合意による契約の終了ともいうべきものである。
更に、合意による終了とまでは考えられないとしても、契約を更新しなかった事由は、委嘱する業務の減少と、原告の業務態度が芳しくないというもので、全く理由のない恣意的なものとはいえない。したがって、いずれにせよ原告・被告間の契約は16年契約も期間が満了していることにより終了したというべきである。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例969号47頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|