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S社パワハラ事件

事件の分類
解雇
事件名
S社パワハラ事件
事件番号
東京地裁 − 平成18年(ワ)第29969号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
被告 個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年10月21日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 被告(反訴原告)会社は、主として親会社であるS社の依頼を受けて、自動車事故の原因調査、損害額の査定及び交渉を行うことを業とする会社、被告はその従業員兼務役員、原告(反訴被告)は、平成9年4月被告会社に雇用され、常勤の正規従業員として技術アジャスター等の職に就いて勤務していた者である。

 原告は、最初に能力開発第一部に配属され、平成10年4月に柏サービスセンター(柏SC)に、平成12年4月に東京車両技術調査室に異動し、平成14年4月には、大阪にある従業員の研修を扱う部署である能開南港に異動になった後、同年8月に堺SCへの異動の内示を受けた。

 原告が柏SCに勤務していた平成11年8月頃、原告は修理工場との間で査定が折り合わなかったため、同工場は柏SCに対して、原告を担当から外すよう要請した。そこで、原告が当時の事業部長であった被告に事情を説明したところ、被告は相当上級の地位にあり通常は直接話をする機会の少ない立場にあったが、日頃から原告がしばしば対人トラブルを起こすと聞いていたため、直接原告に注意を与えた。

 原告は、入社試験の学力面の成績は非常に高得点で、自尊心、正義感が強いが、激昂しやすく、言葉遣いは乱暴で、協調性に欠けるとの評価を受けているところ、査定をめぐるトラブルの際、被告から「てめー、一体何様のつもりだ。責任を取れ」「親父にも迷惑がかかるぞ」などと恫喝され退職を強要されたこと、原告が能開南港に異動してからも、「俺が拾ってやったんだから感謝しろ」などと恫喝し、仕事を与えず、原告の作成した資料を闇に葬り、消防法違反の内部告発を妨害し、ランクアップ試験の受験を妨害し、嫌がらせのため、能開南港異動後僅か数ヶ月で堺SCへの異動を命じ、その異動に絡めて、原告を誹謗中傷をするなど、被告は原告に対し一連のパワハラ行為を行い、原告はそれによってPTSDに罹患して休職を余儀なくされ、休職期間満了により平成18年12月1日をもって被告会社を退職させられたとして、被告会社との雇用関係の存在の確認と賃金等2053万9240円、治療費39万5600円、慰謝料500万円、弁護士費用220万円を請求した。
 これに対し、被告及び被告会社は、パワハラによる不法行為については全面的に否定するとともに、原告は休職期間満了により退職になったから、貸与していた社宅を返還すべき義務があるところ、退職から明け渡すまでの間の損害105万2903円を請求した。
主文
1 本訴原告の請求をいずれも棄却する。

2 反訴被告は、反訴原告に対し、105万2903円を支払え。

3 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、本訴原告(反訴被告)の負担とする。

4 この判決の第2項は、仮に執行することができる。
判決要旨
 平成11年8月頃、原告が修理工場との間で査定に関して対立し、始末書を提出することになった事実は当事者間に争いがないところ、原告は当時、対人トラブルを多数起こしており、柏地区のディーラーや修理工場に嫌われてほとんど仕事が出来ない状態になっていたことが認められる。原告は、修理工場とのトラブルに際して、被告が「てめー、一体何様のつもりだ。責任を取れ。自分から辞めると言え」等と恫喝しながら退職を強要し、「てめーの親父にも迷惑がかかるぞ」と脅迫的言辞を弄したと主張するが、その当時の原告は入社2年目であり、その前年の原告に対する評価で、被告は「良いものを持っており時間をかけて教育したい」とコメントしていることなどから考えて、被告会社が原告を退職させようとすることは考えにくい。したがって、原告が主張するような被告の行為は認められない。

 平成14年4月、原告は能開南港に配属され、被告が直属上司になったが、被告は上司とはいえ新宿本社で勤務しており、大阪勤務の原告と顔を合わせるのは精々月1回程度あったと認められることなどからすれば、被告が原告に対し、「俺が拾ってやったんだから感謝しろ」「現場で使い物にならないからここに置いてやっている」などと言うことはあり得ないといえる。

 原告は、定期面談において、被告が「お前は何もしなくて結構」と告げて原告に全く業務を与えなかったと主張する。確かに、原告の能開南港への異動が、対人折衝のない部署への異動を図ったことが明らかであるから、現地での明確な業務目標が課せられていたとはいえないにせよ、それなりの課題は与えられており、原告もその達成に努力していることが認められるので、被告の上記言辞は考え難い。また、原告は、努力して作成した資料を被告らが闇に葬り、活用しなかったとも主張するが、原告作成の資料を社内で活用したことが認められるし、原告の自尊心の強い性格からか、原告作成の資料を課長が他の従業員に手を入れさせようとしたところ、原告がそれに応じなかった事実が認められ、資料が十分に活用されなかったとすれば、その辺りに理由があるものと考えられ、原告作成の資料を被告らが闇に葬ったという状況とは認められない。

 消防法違反となる量の塗料が能開南港に保管されていた事実、原告が直ちに上司に改善を進言した事実、原告が被告にも同様の進言をした事実、原告が率先して余剰塗料の廃棄作業と在庫のデータ化を進め、半年以上かけて作業を完了した事実は、いずれも当事者間に争いがない。そして、原告が上記違反の事実や同作業の結果を報告書にまとめ、コンプライアンス違反を告発する趣旨で、被告会社や損保ジャパン等に送付したこと、これに対し唯一被告会社社長が、直接原告に電話をかけて精神疾患に罹患していると思われる原告の病状を気遣った事実が認められる。被告会社では、業務方針を決定するなどして、業務として原告に上記作業を行わせていると認められ、握りつぶそうとした等の事実は認められないから、原告に対する不法行為等となるような被告らの行為は存しない。

 ランクアップ試験は、8割近くの受験者が不合格となるような難関であること、そのため当時の社長と被告らが協議して模擬試験を行うことを決定したことが認められ、原告が受験予定であったことは上司や被告は知っていたが、模擬試験の受験に関して特に原告にだけ不合理な差別的取扱を行ったものとは認められない。

 原告は、被告らが嫌がらせないしパワハラにより、平成15年の夏季休暇明けに原告を堺SCに異動させ、ランクアップ試験の受験勉強をする機会を敢えて奪ったと主張するが、この主張も根拠がない。この異動は不定期ではあったが、堺SCでは退職者が出たため早急に人員を補充する必要があり、そのために原告に異動を命じたものであること、そのような場合の補充要因の優先順位としては、能開南港のような直接の業務に就いていない者を充てるのが通常であること、これまでも通常の時期と異なる短期間で異動した者があったこと、能開南港では上司の次長が原告への対応に参っており、同次長のためにも原告を異動させてやる必要があると人事部で考えたもので、原告に対する懲罰的な意味は一切存しなかったこと、もっとも、原告は精神疾患に罹患したということで赴任しなかったことの事実が認められる。

 更に原告は、メールにより被告がパワハラをしていたことや、被告の粗野な性格が窺われる旨主張する。原告の堺SCへの内示は、被告が能開南港へ出向き、原告に直接伝えたが、その際原告は、椅子にあぐらをかき、飲み物を飲みながら被告の話を聞き、内示に怒って被告と次長に対し、消防法違反の件を内部告発することを匂わせる捨てぜりふを残すといったおよそ上司に対する態度ではなかったこと、被告もこれには腹立ちを抑えかね、翌日メールを発信したこと、メールの内容は、原告の内部告発に備えるように次長に伝えたもの、今回の異動の経緯や原告のこれまでの状況、被告の原告に対する評価等を簡単に伝えたものであり、メールの表現が穏当でないのは、被告が上記の原告の態度に怒ったため、事情を知る次長に対しては原告のことを「あの馬鹿」「あんなチンピラ」といった表現になっていること、堺SCで原告の上司になる部長代理に対しては前日の経過を踏まえ、原告の状況を説明している事実が認められる。これによれば、メールの表現は穏当ではないが、原告を特に陥れようとする内容は含まれておらず、嫌がらせないしパワハラを窺わせる事実は認められない。堺SCの部長代理に対するメールにある「次長がノイローゼになりそうなので、異動を早めた経緯にある」などはその文脈で理解すべきもので、被告が原告に対する嫌がらせないしパワハラのために異動を決定したものとは認められない。

 したがって、上記異動には、人事上の措置として十分合理的な理由が認められ、原告から受験勉強の機会を奪うために、不合理な差別的取扱いを行ったとは認められず、そのほかこの異動が原告に対する不法行為を構成するような事実は認められない。
(反訴請求の成否 略)
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2029号11頁
その他特記事項