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労働者派遣会社(甲事件・乙事件)
- 事件の分類
- その他
- 事件名
- 労働者派遣会社(甲事件・乙事件)
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成13年(ワ)第25160号
- 当事者
- 原告 甲事件原告・乙事件被告(原告) 労働者派遣元株式会社
被告 甲事件被告・乙事件原告(被告) 労働者派遣先株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2003年10月22日
- 判決決定区分
- (甲事件)一部認容・一部棄却、(乙事件)棄却(控訴)
- 事件の概要
- 甲事件原告は、労働者派遣事業等を目的とする会社であり、甲事件被告は、業務代行サービス、情報管理処理サービス等を目的とする会社である。
被告は、平成12年12月頃、NTT東日本千葉支店からマイライン申込獲得業務を委託され、この業務に従事した。原告と被告は、平成13年1月頃、原告の雇用する労働者を被告に派遣し、被告の指揮命令の下に本件マイライン申込獲得業務に従事される旨の労働者派遣基本契約を締結し、同年4月30日頃までの間、本件基本契約に基づき、内容を個別に定めた労働者派遣契約を締結し、原告はこれに基づき、労働者を被告に派遣した。
原告は、同年3月4日から4月30日までの間、本件派遣契約に基づき、その雇用する労働者を被告に派遣し、本件マイライン申込獲得業務に従事させ、その対価を受けた。ところが、同年4月23日、派遣されていたAが、マイライン申込書を偽造していた事実が確認され、更に同年8月末頃、派遣労働者BもAと同様に申込書を偽造していた事実が確認された。そして、被告は、Aによる偽造が原因で、NTT東日本千葉支店から、業務委託を打ち切られた。
原告から派遣された派遣労働者に不正があり、損害を被ったことから、被告は、原告との間で締結された派遣労働者基本契約に基づく派遣料合計532万8373円と、交通費14万8160円の合計547万6533円を支払わなかったところ、原告は被告に対し、同金員と遅延損害金の支払いを求めた(甲事件)。
これに対し被告は、原告から派遣された労働者のうちの2名が、業務を遂行するに当たり不正行為をして被告に損害を与えたとして、原告に対して主位的請求として債務不履行、予備的請求として不法行為による損害賠償請求として、2723万3820円と遅延損害金の支払いを求めた(乙事件)。 - 主文
- 1 被告は、原告に対し、184万2846円及びこれに対する平成13年6月16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 被告の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、甲事件乙事件を通じ、これを10分し、その1を原告の、その余を被告の負担とする。
5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 原告の債務不履行責任の成否
原告から被告に派遣されたAらが、マイライン申込獲得業務(本件業務)を遂行するに当たり、業務内容を本件業務に限定して登録・雇用希望者を募集した上、応募者に学歴等の記載のあるスタッフ登録シートを提出させたこと、応募者と個別に面接をし、勤務条件の希望、職歴、前勤務先の退職理由、営業経験の有無等について説明を求めたことが認められ、これらの事実を併せ考慮すると、原告は派遣労働者の登録・雇用及び被告への派遣に際し、派遣労働者の前勤務先の退職理由、稼働意欲、業務適性を確認する措置を講じたものと認められる。そして、Aらが僅かな派遣期間中に多数の不正行為を行ったことに照らせば、Aらがこれらの適性を欠いていた者であったことは否定し難いところである。しかしながら、本件派遣契約が、被告において急遽大量の人員が必要になったことからT社に派遣を要請し、それでも人数が不足したため原告との間で締結されたものであり、原告においても既登録の者だけでは足りずに新規に登録・雇用した者を派遣したものであることに照らせば、適性を備えた者のみを選別して派遣することまでが債務の内容になっていたものとは認め難い。
なお、不正行為の発覚後に被告がAの前勤務先を調査した結果、Aが勤務態度不良を理由に2ヶ月余りで解雇された事実が判明したことからすれば、Aは原告に提出したスタッフ登録シート等において、退職理由等について虚偽の説明をしたものと認められるが、原告がAの説明が虚偽であると認識し又は認識し得たと認めるに足りる証拠は存しない。被告は、原告はAらの登録・雇用時に前勤務先に問い合わせ、退職理由を確認すべきであったと主張するが、労働者派遣法24条の3や、これを受けた指針等が派遣元事業主に対し、派遣労働者の個人情報を派遣業務の目的達成に必要な範囲内で適正に管理することを義務付けるとともに、社会的差別の原因となるおそれのある事項等についての情報収集を禁止するなどし、派遣労働者の個人情報保護を図っていることを勘案すると、少なくともAらの稼働意欲や業務適性を疑わせる事由があったとは認められない本件諸事情の下では、原告がAらの新規登録・雇用に当たり、同人らの前勤務先に問い合わせてまで、その退職理由を調査すべきであったということはできない。
以上に加え、被告が派遣労働者の技能等について、営業経験のある者又は原告が営業適性があると判断した者とのほかには特段の条件を付していないことも併せ考慮すると、原告が、Aらの選任・派遣に当たり、同人らの前勤務先の退職理由、稼働意欲や業務適性の確認義務を怠ったとまでいうことはできない。したがって、原告は、不正行為を行ったAらを選任し、被告に派遣したことについて、債務不履行責任を負うものではない。
被告は、派遣労働者の就労後、原告がその稼働状況等をほとんど確認せず、この点について原告に債務不履行があった旨主張するが、原告の担当者は、派遣期間中、被告の担当者と3回程度打合せを行うとともに、5回から10回程度架電したこと、派遣労働者が営業職に従事する場合、派遣先の定期的な見回りや監督者の派遣は困難であること、派遣労働者の稼働状況等の確認方法について、原被告間には何ら取り決めが存しなかったことが認められ、これらの諸事実に照らせば、原告に債務不履行があるとまでいうことはできない。
2 原告の不法行為責任の成否
Aらの不正行為は、故意による不法行為を構成し、Aらの不法行為により、被告は損害を受けたものと認められる。確かに、Aらは派遣先である被告の下で事前研修を受けた上、被告から割り当てられた地区を営業訪問していたことが認められるから、Aらは被告の指揮監督の下に被告の業務に従事していた者というべきである。したがって、Aらが不法行為により第三者に損害を与えた場合に、被告がその使用者としての責任を負うべき立場にあることは明らかである。しかしながら、Aらは原告との間で雇用契約を締結して、原告の指揮監督を受ける労働者となったものであり、その雇用関係を維持しつつ、原告の命令によって一時的に被告の下に派遣され、その指揮監督下で労働することになったのであるが、賃金は原告から支給される一方で、原告は被告から派遣料の支払を受けてAらの労働により利益を得ていたものである。このような原告とAらとの関係からすれば、Aらが被告に対し不法行為を行った場合には、原告は民法715条の使用者に当たると解するのが相当である。被告がAらを指揮監督していたことは、原告の使用者責任を否定するものではなく、過失相殺において斟酌されるべきものである。そうすると、Aらが本件業務を遂行する過程においてマイライン申込書を偽造したことは明らかであるから、原告はAらの不法行為により被告が受けた損害を賠償する責任を負うというべきである。3 被告の損害の有無及び額
Aの不正行為が確認されたのは平成13年4月23日以降であったこと、同月末日段階では、被告はAが提出したマイライン申込書について偽造の有無を調査中であり、同年5月以降、偽造申込書において氏名を冒用された者から被告の下に苦情等が寄せられる可能性が少なからず存したこと、そのため被告はフリーダイヤル期間を31日間延長したこと、当該延長期間中に、氏名を冒用された者から苦情が寄せられ、被告の訪問営業員がその自宅を謝罪訪問したことが認められる。
上記事実に照らせば、被告が平成13年4月末日限り閉鎖する予定であったフリーダイヤルの設置期間を31日間延長したことは、Aの偽造に対応するために必要かつ相当な措置であったということができる。したがって、その設置期間の延長に伴い要した受信費用は、社会通念上、Aの不法行為により被告が受けた損害とみるのが相当であり、また被告の訪問営業員が謝罪訪問をしたことに要した費用も、社会通念上、Aの不法行為により被告が受けた損害とみるのが相当である。
被用者であるAの不正行為により対外的信用を失った上に、NTT東日本千葉支店から指示を受けたのであるから、被告が、同指示通りに、Aが提出したマイライン申込書その他の申込書9607件についても、申込みの有無を確認するため電話発信調査を行ったことは必要やむを得ない措置であったということができる。したがって、被告が上記申込書についての調査に要した費用は、社会通念上、Aの不法行為により被告が受けた損害とみるのが相当である。Aらの不法行為により被告が受けた損害額は、フリーダイヤルの受信体制を維持するための費用、謝罪訪問に要した費用、電話発信調査に要した費用等合計721万2700円となる。4 過失相殺
原告は、被告からの労働者派遣要請に応ずるために、Aら労働者を新規に登録・雇用したものであるところ、採用に当たり1人15分から30分程度の面接をし、営業経験の有無等を確認したほかは、特段の研修、教育等をしないまま、労働者の資質をほとんど見極めないで直ちに被告に派遣したということができる。そして、原告の担当者は、派遣期間中、派遣労働者の稼働状況等を確認するため、被告の担当者と3回程度打合せを行い、5回から10回程度架電したものの、その他に定期的な見回りや監督者の派遣、事後的研修等は行わなかったことが認められる。
他方、被告は、Aら派遣労働者全員に対し、約6時間に上る事前研修を行い、マイライン申込書へは必ず本人に自署捺印してもらう必要があることを指導したものの、偽造の有無には注意を払っていなかったことが認められる。しかしながら、派遣労働者がマイライン申込みを獲得した際、被告から報奨金が支給されたこと、被告は本件業務の遂行に当たり、急遽原告とT社を含む数社から相当数の労働者の派遣を受けたことが認められ、これらの諸事実に鑑みれば、被告は、派遣労働者の中には成績を上げるためマイライン申込書を偽造する者が出てくる事態を想定することは、十分可能であったということができる。
そして、被告は、申込書の確認作業を行う際、偽造申込書の発見も目的の一つとして意識し、対策を講じていたならば、偽造された申込書を早期に発見し得たものと考えられる。以上、原告にAらの選任、監督につき過失があることは明らかであるが、派遣期間中は派遣先である被告の指揮監督下にあるため、その動向の確認は容易ではないということができ、派遣先である被告にも相当な不注意があったというべきである。これらの諸点に、Aらの犯した行為は私文書偽造という、単なる服務規律違反に留まらない犯罪行為であったことなどをも勘案すると、被告の損害については5割の過失相殺をするのが相当である。よって、被告の損害のうち、原告において賠償すべき金額は、360万6350円である。5 まとめ
原告は、被告に対し、派遣料及び立替金合計547万6533円及びこれに対する遅延損害金の請求権を有し、他方被告は、原告に対し、損害賠償金360万6350円及びこれに対する遅延損害金の請求権を有する。そうすると、原告の被告に対する請求権と、被告の原告に対する請求権は、相殺状態の生じた平成13年6月16日に遡って、対等額において相殺されたと認められる。そして、同月15日までに発生した上記遅延損害金は、Bの不法行為につき464円、Aの不法行為につき2万6873円であるから、被告の原告に対する反対債権の額は363万3687円となる。したがって、原告は被告に対し、184万2846円及びこれに対する商事法定利率6分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができる。 - 適用法規・条文
- 民法505条、
- 収録文献(出典)
- 労働判例874号71頁
- その他特記事項
- 乙事件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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