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S銀行女性行員手根管症候群損害賠償請求事件
- 事件の分類
- 職業性疾病
- 事件名
- S銀行女性行員手根管症候群損害賠償請求事件
- 事件番号
- 東京地裁 - 昭和62年(ワ)第11523号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 金融・保険業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1993年03月25日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 原告は、昭和22年9月、被告の前身銀行に雇用された女性であり、その後銀行が合併等により商号を変更して、平成4年4月から、被告S銀行と商号変更した。
原告は、昭和38年12月頃、S銀行の前々身であるM銀行日本橋支店、昭和46年6月頃M銀行本店人事部に異動し、昭和63年10月31日、M銀行を定年退職した。
原告は、昭和45年8月17日から受診していた医務室整形外科において、手根幹症候群、手母指中手基節間関節変形性関節症等の診断を受け、昭和63年4月現在、(1)右手母指と示指間のピンチ力の著しい減耗、(2)右手母指中心の知覚鈍麻、(3)右手母指及び示指の運動障害等、右手瘢痕の後遺障害及び醜状障害が残った。
原告は、昭和39年10月頃から昭和45年12月頃までの間、(1)株券や債券等の運搬や枚数(1日4000枚から8000枚)を手で数える作業、(2)利付債権の利札(1日約100枚、多い時は約600枚)を和ばさみで切り離す作業、(3)預かり証や通帳等の各種書面の作成作業、(4)証印押捺作業等、過度に指、手、手首、手関節等を使用せざるを得ない業務に従事していたところ、昭和40年頃から、右親指や左手首に痛みを感じ、上司に作業の改善等を訴えたが、上司はこれを聞き入れず、従来通りの作業をせざるを得なかったから、M銀行は原告の症状を発生させ、本件各疾病に罹患させ、更にこれを悪化させたとして、安全配慮義務違反に基づき、休業損害1625万1262円、逸失利益683万8149円、慰謝料1500万円、弁護士費用500万円を請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告に対し、金110万円及びこれに対する昭和62年8月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
4 この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 昭和39年10月頃から昭和46年6月頃までの原告の日本橋支店における業務の内容・形態・程度は、株券等の運搬を除き、いずれも手や手首の動作が比較的単純かつ反復継続するものであり、中でも株券や債券を数える作業は、証券を把持したまま手首を繰り返す動作を必要とするものであって、原告はこれらの作業に従事し、そのため、1日のうち数時間にわたって、手指や上肢、肩に一定の負荷を継続的に受けていたことが窺われるところ、昭和45年8月17日から受診していた医務室整形外科における原告の主訴は日によって異なり、時として軽快して症状が見られなくなった時期があるものの、概ね、両手、両肘、左肩を中心とした痛みであり、他にその原因があったとの客観的証拠がないことからすれば、上記症状(本件各症状)は、原告の右業務に起因していると認めるのが相当である。
手根管症候群とは、正中神経が手根骨隆起と横手根靱帯によって形成される手根管の部位で圧迫を受けるために生ずる正中神経の機能障害であり、普通、夜間突然発症し、痺れを伴った疼痛があり、次第に手首から腕の方へ放散するようになるとされ、その発症原因として、手首を繰り返し曲げ伸ばしするなどの作業で腱や神経自体が摩擦することによって神経が圧迫されると発症するとされ、職種別の愁訴率につき、「物を握って手首を上下方向に繰り返し動かす動作」や「物を持って手首を掌側へ強く曲げる動作」が有意に関連しているとの報告もあるが、他方、手根管症候群は女性ホルモンとの関係が指摘されているほか、日常的に良く見られるとされ、治療法としては、横手根靱帯を切り離して正中神経の減圧を図ると、非可逆的な変化が既に起こっている場合以外は一般に速やかに軽快されるとされている。したがって、原告の罹患した手根管症候群と日本橋支店における業務との間の因果関係を判断するには、その業務の内容・形態・程度と右疾病の発症時期、態様及びその経過等を総合的に観察して判断することが相当である。
ところが、原告は、昭和46年6月頃、M銀行本店人事部に異動してからは、使送、文書整理、コピー作業を中心とした軽作業に従事していたのであり、この頃から手指、上肢への負担は格段に減少していると考えられるところ、証人は、原告の手根管症候群等は専ら原告の加齢によるホルモン代謝異常に基づくものと証言していること、M銀行内で原告のほかに手根管症候群に罹患した者がいたとの証拠もないこと、原告の症状は、本店人事部に異動した後である昭和46年8月に一旦顕著な軽快を見せた後、事務量の軽減とは逆に増悪し、昭和47年2月に至り、手根管症候群と診断されていること等からすると、原告が手根管症候群に罹患したことはもとより、原告が本店人事部に異動してから後の症状についても、原告の業務との間に因果関係を肯定することは困難である。
原告は、昭和45年8月から継続的に医務室整形外科で受診し、本件各症状等を訴えていたところ、M銀行としても右事情を知り得る立場にあり、かつ原告の日本橋支店における業務の内容が、手指や上肢、肩に一定の負荷を継続的に与える性質のものであることは、その業務の態様・性質から容易に窺うことが可能であるところ、M銀行としても原告に過度な負担をかけないようにする安全配慮義務があったというべきであり、それにもかかわらず、原告をして昭和46年6月頃までの間、前記業務に従事させていたのであるから、M銀行は、原告の本件各症状の発生について安全配慮義務があったというべきである。
原告の日本橋支店における業務との間に因果関係が認められるのは、本件各症状の限度であるから、その症状の内容、程度、治療経過その他一切の事情を考慮すると、それによって原告が受けた肉体的・精神的苦痛の慰謝料としては、金100万円と算定するのが相当であり、弁護士費用は金10万円とするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例628号6頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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