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地公災基金京都支部長(M養護学校)頸肩腕症候群等事件
- 事件の分類
- 職業性疾病
- 事件名
- 地公災基金京都支部長(M養護学校)頸肩腕症候群等事件
- 事件番号
- 京都地裁 - 平成7年(行ウ)第11号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金京都府支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1999年07月09日
- 判決決定区分
- 認容(確定)
- 事件の概要
- 原告(昭和25年生)は、昭和48年に京都府に教員として採用され、昭和55年3月まで府立Y養護学校M分校に勤務し、昭和55年4月からは、府立M養護学校に勤務し、重症心身障害児の訪問教育を担当していた女性である。
原告は、概ね昭和55年までは、腰、頸部、肩の異常を訴えることはなかったが、同年10月頃から、肩凝り、背部痛を感じるようになり、定期健康診断で頸椎不安定症と診断された。原告は、昭和56年の定期健康診断で、「これ以上肩凝りや頭痛が強くなるようであれば要注意」との指示を受け、昭和58年4月初めから腰、肩の疲れを感じていたところ、体重42kgの児童を教員2名で抱いて車椅子に乗せようとした際、右上腕部に痛みを覚え、頸肩腕症候群と診断された。原告は、昭和59年1月には起立性低血圧症、緊張性頭痛症と診断され、同年2月、22kgの児童を抱いてベッドに移そうとした際に、背から肩、頸部にかけて痛みを感じ、しびれがひどくなったため受診したところ、頸肩腕障害、背痛症と診断された。原告は、同年4月から休職し、投薬、マッサージ、針治療、水泳療法等の治療を受け、半年後には職場復帰訓練を開始し、昭和61年4月に病弱教育部に復帰した。
原告は、昭和60年5月7日に、被告に対し、本件疾病は公務上の災害に当たるとして、地方公務員災害補償法45条に基づき公務災害認定を請求したところ、被告は平成3年8月14日付けで公務外認定処分(本件処分)をした。そこで原告は、本件処分の取消を求めて地公災基金京都府支部審査会に対し審査請求をしたが棄却され、更に地公災基金審査会に対し再審査請求をしたが、3ヶ月を経過しても裁決がなかったため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。なお、同審査会は、本訴提起後、原告の再審査請求を棄却する旨の裁決をした。 - 主文
- 1 被告が、原告に対し地方公務員災害補償法に基づき平成3年8月14日付けでした公務外認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 頸肩腕症候群からも、めまい、後頭部痛等の自律神経失調症と同様の症状が生じるのであるから、原告が頭痛を訴えていたことを理由に頸肩腕症候群であることを否定することはできないというべきである。また、原告に生じていた肩、頸のしびれ、痛み等の症状は、自律神経失調症に通常伴う症状ではないから、自律神経失調症に起因するものとは考え難い。原告は、一貫して低血圧であったところ、頸肩腕症候群からも低血圧の場合と同様の不定愁訴が生じるのであるから、原告が頭痛やめまい等を訴えていたことを理由に頸肩腕症候群であることを否定することはできない。また、原告に生じていた肩、頸のしびれ、痛み等の症状は、低血圧に通常伴う症状ではないから、低血圧に起因するものとは考え難い。医学的知見に照らせば、原告に生じていた症状は、頸椎不安定に起因するものとは考え難い。原告の本件症状が被告の主張する疾病によるものであることを否定できること、頸肩腕症候群の呈する症状と原告の症状が符合すること及び原告の従事してきた業務の内容等を総合考慮すると、原告は昭和58年5月頃、本件疾病に罹患したものと認めるのが相当である。
地方公務員災害補償法にいう公務上かかった疾病とは、公務を原因として発症した疾病をいい、そのためには公務と疾病との間に相当因果関係があることを要すると解すべきである。平成9年4月に改定された新認定基準による頸肩腕症候群を含む上肢障害の業務起因性の認定要件は、(1)上肢等に負担のかかる作業を主とする業務に相当期間従事した後に発症したものであること、(2)発症前に過重な業務に従事したこと、(3)過重な業務への従事と発症までの経過が医学上妥当なものと認められることのいずれをも満たす場合には、当該上肢障害を業務上の疾病として取り扱うこととされており、「相当期間」とは、原則として6ヶ月程度以上をいうとされている。
ところで、頸肩腕症候群の発生機序は多種多様であり、その医学的解明が十分なされているとはいえないから、新認定基準をそのまま形式的に当てはめて公務起因性を判断することは相当ではないので、これを参考に留め、原告が従事した重症心身障害児教育業務と疾病との関連性、原告の担当した業務の具体的内容・負担の程度等を具体的に検討し、原告の業務と本件疾病との間の相当因果関係の有無を判断することとする。
原告の従事していた重症心身障害児教育の業務は、集団授業、食事・おやつの介助、着替え、おむつ替え、授業の準備・片づけ、会議への参加など多様な労作を含むものであり、長時間にわたって同一の姿勢を維持したり、同一の作業を反復したりする性質のものではないものの、児童を抱き上げたり、抱き下ろしたりする等の腕を使う労作や、児童を支える等の無理な姿勢で中空に保持する労作が多く、上肢、肩、頸部に負担のかかる状態で行う作業であるというべきである。また、養護学校教員の中には頸肩腕症候群や腰痛を発症している者が多いことをも考慮すると、一般的に重症心身障害児教育業務は、上肢等に過度な負担のかかる頸肩腕症候群発症の危険性のある作業を主とするものであると認めるのが相当である。
本件職場では発達障害の程度が高い児童の割合が高かったこと、教員1名当たりの担当児童数が全国及び京都府内の他の養護学校と比して多く、本件職場における業務量及び業務による負荷は他の養護学校に比べて重かったこと、昭和60年度には他の教員2名が頸肩腕症候群により病旧を取得していることを考慮すると、本件職場は頸肩腕症候群の発症する危険性の高い職場であったということができる。原告が昭和58年度に担当した児童は、特に重い障害を持つ児童であり、児童らの平均体重が20.7kg、最高42.1kgであったことを考えると、これが原告の上肢に相当の負担を及ぼしたことは明らかである。これらの事実を総合すると、原告が昭和58年度に従事した業務は、他の養護学校の教員の業務と比較しても負荷の重い業務だったと認めるのが相当である。
原告は、本件職場に配置された約半年後から肩凝り等を訴え始め、夏休み等により一時症状は軽減したものの、業務に伴って症状も増悪し、業務が特に厳しくなった昭和58年度に頸肩腕症候群を発症し、その後の休職により改善しているのであって、右症状と原告の業務による負荷はほぼ対応しており、原告の業務と発症までの経過は医学上妥当なものと認められる。
以上のような、原告の従事した重症心身障害児教育業務の内容、原告の担当した業務の過重性、原告の症状の推移と医師らの所見等を総合すると、原告の従事していた重症心身障害児教育業務と本件疾病の罹患との間に相当因果関係を認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法45条
- 収録文献(出典)
- 労働判例773号39頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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