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M学苑教諭雇止事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- M学苑教諭雇止事件
- 事件番号
- 横浜地裁横須賀支部 − 昭和62年(ワ)第87号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 学校法人M学苑 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1992年04月10日
- 判決決定区分
- 認容
- 事件の概要
- 被告はM高校・中学を設置する学校法人であり、原告(当時25歳)は、昭和58年12月、大学就職課に掲示していたM高校の教員求人を見てこれに応募し、面接を受け、遅くとも昭和59年4月7日、M高校校長から昭和60年3月24日までの非常勤講師として採用する旨明記した辞令の交付を受けて教職員として採用された。
原告は、非常勤の数学科講師として勤務していたところ、昭和60年3月12日、被告から、大学時代2年留年した上成績に「可」が多いこと、血圧が高く健康問題を抱えていること、授業がうるさく他のクラスの授業に支障があるとの苦情が出たこと、人格が傲慢で同僚に対して挨拶すらしなかったことなどの理由から、専任教諭にしないと告げられ、同月24日の任期を過ぎても雇用されず、雇止めとなった。
これに対し原告は、本態性高血圧ではあるが就業への支障はないこと、実兄の結婚式による欠勤以外は無遅刻無欠勤であること、被告は面接の際「健康上の問題がなければ」、「よほどのことがなければ」専任教諭にする旨明言していること、大学での成績は採用するか否かの時点で考慮されるべきであって解雇するにつき成績を問題にするのは禁反言の原則に反することなどを挙げ、被告との間の雇用関係の存在確認と、解雇されて以降の賃金2744万3830円等を請求した。 - 主文
- 1 原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は原告に対し、金2744万3830円及びこれに対する平成3年10月21日以降支払済まで年5分の割合による金員並びに平成3年11月以降毎月20日限り金27万1200円を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決の第2項は仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 原告が採用された昭和59年頃、M高校では専任教諭として採用する場合に、初年度は非常勤講師として採用し、翌年度は専任教諭となる採用方式が存在し、そのように適用されてきたこと、次年度以降専任教諭になる非常勤講師は、実質的にも臨時的な教育職員としての非常勤講師とは異なる面を持っていたことが認められる。被告は、非常勤講師はあくまでも雇用期間を1年として採用された臨時的な教育職員で、次年度以降専任教諭となるべく雇用されるものではないと主張する。しかし、M高校では雇用期間を明確に1年間に限定して雇用された非常勤講師のほかに、初年度は非常勤講師としての身分で勤務するが、次年度以降は専任教諭となる雇用の形態が存し、その旨現に求人申込みを含め雇用の現状において適用されてきたものである。もっとも、初年度は非常勤講師で次年度以降専任教諭となる雇用の方式についてその契約関係を規律する就業規程はなく、その契約関係に整合性を欠く面があって不安定な要素があることが一応肯定できるが、だからといってこれまで検討してきた雇用の実態と運用を無視し、単純に臨時的教職員としての非常勤講師として、1年の雇用期間経過後は当然に失職すると結論することはできない。特に、大学新卒ないしこれに準ずる者を採用する場合、雇用者及び被雇用者のいずれもが、特段の事情がない限り、長期間にわたる安定した就職を望み、かつこれを想定して労働契約を締結することが我が国における一般的傾向であり、M高校で初年度非常勤講師、次年度以降専任教諭として大学に求人申込みをし、これを雇用の形式として採用してきた理由も右雇用の一般的実情に沿い、これに適合する形式として採用してきたものとみるのが正当である。
被告が、新規教育職員を初年度非常勤講師、次年度以降専任教諭として雇用する場合、初年度の雇用条件は非常勤講師勤務規程に、次年度以降のそれは専任教諭として就業規程にそれぞれ従う。そして被告は、初年度の非常勤講師として勤務する1年間を、次年度以降専任教諭として引き続き就業させることが相当であるか否か、その適性を判断するための期間としても利用し、運用していた。この雇用形態は規程上は明確なものではないが、非常勤講師の場合とは画然とした相違点を示す。してみると、かかる雇用形態の法的性質は、初年度は非常勤講師の地位にあるが、次年度以降は専任教諭としての教育職員として適性において不相当であると認めるべき事由の存しないことを停止条件として専任教諭として雇用する旨の教育職員雇用契約であると解するのが相当である。
前記雇用形態のもとに、被告が原告を専任教諭とせず、雇止めをするについては、その雇用の性質からして通常の場合の解雇よりもより広い範囲の雇止めが許されると解して妨げないが、それは決して恣意的なものであってはならず、客観的に合理的理由があり、社会通念上相当として是認されるものでなければならない。
原告は、既往症として本態性高血圧があり、現在も高血圧症のため通院治療を続けているが、血圧以外はすべて正常であり、M高校に勤務した1年間に、実兄の結婚式に出席するため1度欠勤したほか、病気等で欠勤や授業に支障を来したことはない。原告は非常勤講師として勤務した1年間に、他の専任教諭と比較して、教師として必要な教育姿勢ないし熱意に特に欠けるところはなかったが、授業の進め方や教室運営においては時に喧噪があり教頭から注意を受けるなど改善すべき余地を残した。もっとも、かかる側面について、校長、教頭、教科主任が原告に対し格別の指導をしたことはなかった。以上認定した事実関係によれば、以下のとおり認められる。
原告は、M高校での1年間の勤務を通じて、一応健康で通常の教育職員としての学校生活を送ってきたものといえる。その人格態度は普通であって、数学科教諭としての授業能力なども改善の余地は少なくないとしても、高校教諭としての適性・能力において欠けるというような程度の学問的能力の欠如を認めることはできない。したがって、原告については、次年度以降は専任教諭としての教育職員として適性において不相当であると認めるべき事由は存在しないことを認めることができる。かくして右雇用契約における停止条件が成就したと認められるので、原告は昭和60年4月1日以降被告のM高校における専任教諭として雇用されている契約上の地位にあるものというべきである。
そうすると、原告は被告に対し、昭和60年4月分から平成3年10月分までの給与分合計2744万3830円とこれに対する遅延損害金及び同年11月分以降の給与として毎月20日限り27万1200円の支払いを受ける権利を有するというべきである。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例606号10頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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